第35話 蛇男を探せ①

 宇佐美はスプーンを置いたまま、雑炊の入った器を見つめた。

 嫌な話を聞いてしまった。

 しばらく食欲が戻りそうにない。


 無抵抗な若い女性が複数の男たちに暴行された。

 その中には警察官もいた可能性がある。そしてその『チュウザイサン』と呼ばれた男は、犯行を目撃した六歳の子どもを崖から突き落とそうとした——。

 

「あのテープを寄越した奴に心当たりはあるか?」

 石黒が低い声で尋ねる。


「……いえ。ただ水無瀬さんの話が本当なら、誰でも通用口から駐在所に入れることは分かりました」


 宇佐美はのろのろと顔を上げ、駐在所の通用口のドアノブに鍵がぶら下がっていた話をした。


「水無瀬さんは村の慣習だと言っていましたが、昨日僕が調べた時、鍵は下がっていませんでした」

「調べたのか」

「ええ。田所さんの遺体を運ぶなら通用口からだろうと思ったので念入りに調べました——土がならされていて、足跡一つありませんでした」


 石黒の目が光った。


「警官が関わっているとなると厄介だな」

「下手に痕跡は残しませんよね」

「田所の奥さんは、おまえが駐在所に来たのは田所の過去を暴くためだって信じてるぞ」

「どうしてでしょう?(田所から田所に変わったな)」

「田所を悪徳警官だって罵るハガキが来ても、あの女は鼻で笑ってたのに、おまえが来た途端、急に慌てだした」

「……そうですか」

「そうなのか? 何か特別な任務を受けているのか?」


 いいえと答えながら宇佐美は考えた。

 もしかして犯人たちは、始末しそこねた子どもが二十年経って警察庁の警視になっていることを知ったのかもしれない。

 九我の部下である自分が村に派遣されたのは、その捜査だと勘違いされたのか?

 田所は口封じのために消されたのか?


「二十年前に崖から落とされかけた子どもに、うちの署で面通しさせることはできるか?」

「……さあ、どうでしょう。記憶が残っているか、どうか……彼に訊いてみます……」

「俺が直接、話しを聞く」

「わかりました。言っておきます。許可なく個人的な話をして怒られたくないので、今は身元を明かせませんが、警察には必ず協力する人です」


 石黒が不機嫌そうに吐き捨てる。

「槐省吾を見つけて吐かせるのが一番だが、あいつも胸糞悪い蛇祭りに参加してたんなら、正直に話すとは思えねえ」

「……そうですね」


 偶然にあの崖に居合わせるなど、タイミングが良すぎる。

 槐省吾も犯行に加担していたのか。それとも――。

 お堂の中で行われた淫らな行為は、村の儀式で、省吾にとっては通過儀礼のようなものだったのか?

 急に寒気がした。

 妙恵から聞いた人柱の伝承を思い出す。

 ――蛇神村は、昔から女性を騙して連れてきては、崖から突き落としてきた村だった——。


 省吾から暴行を受けたと訴えた少女の資料と取り寄せられないか——宇佐美は考えた。

 不起訴処分になった少年犯罪の資料だが、九我の力を借りれば早いだろう。


「そいつがまだ警官で、うちの署にいると思うだけで、吐き気がしてくる!」


 苛立たしげに、石黒は時間を見た。


「早く食え! そろそろ行くぞ」

「どちらへ?」

「『歌姫』だ。田所の愛人に聞き込みに行く。延寿署の奴らの報告が信用出来なくなったんだ。俺達で再捜査する」


「分かりましたと」宇佐美が立ち上がろうとすると、石黒が止めた。


「無理でも食っとけ! 今から田所の足取りを追うんだ。長い夜になるぞ!」


 


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