第28話 神谷右京のスカウト
東京・NDSラボ本部の一室、薄暗い書斎のようなオフィスには、日差しが窓のブラインド越しに斜めに差し込んでいた。静寂を破るように、机に積まれた書類の山を前に、田島玲奈は深く考え込んでいた。机の上には、何枚もの写真と資料が広げられており、その中にはある一人の男性の詳細な経歴が記されていた。
「神谷右京……」田島は、その名前を口にしながら、資料に目を落とした。彼の経歴は申し分ないどころか、異端的とも言えるほどの輝かしいものだった。だが、その名と共に語られる噂もまた、彼女の心に一抹の不安をもたらしていた。
その時、ドアが軽くノックされ、前田奈緒美が入室した。彼女もまた、神谷右京の資料を手にしていた。「田島さん、例の神谷右京のことですが……本当にスカウトするおつもりですか?」
田島は無言で頷き、視線を資料から離さずにいた。「ええ、彼の能力は今のNDSラボにとって必要不可欠だと思っています。だが、彼の性格や行動が我々のチームにどのような影響を与えるか、それが唯一の懸念材料です。」
前田は一瞬黙り込んだ後、慎重に言葉を選びながら返答した。「彼は確かに優秀ですが、扱いが難しい人物としても有名です。警視庁時代も、その鋭い推理力と徹底した正義感で多くの事件を解決しましたが、その反面、上層部との軋轢も絶えませんでした。」
田島は静かにため息をつき、目を閉じた。「それが、彼の魅力でもあり、危険でもあるのよね……」
前田はその様子を見守りながら、さらに続けた。「もし彼を迎え入れるなら、NDSラボの内部にも少なからず波紋を呼ぶことになるでしょう。彼の独自の捜査スタイルと倫理観が、我々のチームにどのような影響を与えるか……それを覚悟する必要があります。」
田島はゆっくりと目を開き、決然とした表情で前田を見た。「だからこそ、彼が必要なのよ。私たちが今直面している脅威に対抗するためには、彼のような独自の視点と能力が必要不可欠だと思うわ。神谷右京を迎え入れることで、我々のチームは一層強力なものになるはずよ。」
前田はその言葉に一瞬考え込んだが、やがて小さく頷いた。「分かりました。それでは、彼に直接会いに行くべきですね。」
「そうしましょう。彼が私たちの申し出を受け入れてくれるかどうかはわからないけれど、まずは私たちの意図を伝えるべきだと思います。」田島は席を立ち、決意を込めた目で前田に微笑んだ。
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東京の喧騒を離れた静かな一角にある古い喫茶店。店内はクラシック音楽が静かに流れ、重厚な木製の家具と、アンティークな調度品が並ぶ、時代を超越したような空間だ。その一角で、神谷右京は紅茶を静かに味わっていた。
彼の前には、一冊の古びた洋書が開かれており、視線はそのページに注がれていた。しかし、その眼差しは書物の文字を追いながらも、どこか遠くを見つめているように感じられた。
「紅茶は、やはりこの時間が最も美味しいものですね……」右京は小さな声で呟き、カップをゆっくりとテーブルに置いた。
その時、店の入り口でベルが鳴り、田島玲奈が店内に入ってきた。彼女は一瞬、店内を見渡し、すぐに右京を見つけた。右京は、田島が自分に向かってくることに気づいているようだったが、特に目を上げることなく、ただ静かに待っていた。
田島は静かに右京の前に座り、礼儀正しく挨拶をした。「神谷右京さん、突然の訪問をお許しください。私はNDSラボの田島玲奈です。」
右京はその言葉を聞き、ようやく視線を上げて田島を見た。「おや、これは珍しいお客さまですね。NDSラボの田島玲奈さん……お話は伺っております。」彼の声は穏やかで、しかしどこか鋭い響きを持っていた。
田島は緊張を隠しつつ、微笑みを浮かべた。「ありがとうございます。実は、あなたの力をNDSラボでお借りしたいと思っております。」
右京は微笑みを返し、静かに頭を傾けた。「ふむ、なるほど……しかし、私がそのような組織に加わることで、何かお役に立てることがあるのでしょうか?」
田島は真剣な表情で答えた。「神谷さんの鋭い洞察力と推理力は、私たちが直面している複雑な問題を解決するために、どうしても必要です。あなたが加わっていただければ、NDSラボはさらに強力な組織となり、より多くの真実に辿り着けると信じています。」
右京はしばらく田島を見つめ、やがて静かに微笑んだ。「真実……それはとても興味深い言葉ですね。私が追い求めてきたものも、まさにその真実です。ならば、そのお誘いをお受けしましょうか。」
田島はほっと息をつき、再び微笑んだ。「ありがとうございます、神谷さん。これから一緒に、NDSラボで新たな挑戦に挑んでいただけることを、心から感謝します。」
右京は軽く頷き、再び紅茶に手を伸ばした。「さて、それでは私の好きな紅茶をもう一杯、いただきましょうか。それが終わりましたら、NDSラボにお伺いしましょう。」
田島はその言葉に、今後の大きな変化を予感しながらも、心の中で確信を深めた。NDSラボは、今新たな力を得たのだと。
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