よるのむすび
秋犬
第1話 よるのむすび
僕がその祭りを知ったのは、社会科資料室にあった古新聞だった。新聞と言ってもきちんと束になっているものではなく、備品を包むためにくしゃくしゃになったものだ。
『やむすび祭開催される』
高校教師になってこの地域のことを調べていたつもりだけど、「やむすび祭」なんて祭りは聞いたことがない。記事を読むと、山間部の
夏休みの消化試合であるこの空白期間に、少しでも自分の研究をしたいと僕は考えていた。学校が始まれば一気に文化祭モードになるだろう。顧問をしている史学部の生徒たちもこのネタに喜んでくれるだろう。
そもそも、発端の渡霧村は現在統廃合でなくなっている。現在は
旧渡霧村の県道は舗装されてはいるが、ほとんど車通りもないようで荒れに荒れていた。人家がなければ、商店もない。生活に不便な場所なので、若者は里に下りたまま帰ってこなかったのだろう。残った老人も生活がままならなくなって施設暮らしを余儀なくされ、渡霧村という伝統は失われようとしていた。事前に調べてきたところによると、現在この地域に居を構えているのは3軒だけだという。
「こんにちは、以前渡霧村の歴史について調査をしていると電話した者です」
「はいはい、こんな山の中までよく来たねエ」
大きな昔ながらの家から老婆が出てくる。取材の依頼をして、快く承諾してくれたのはこの老婆だけだった。他の2軒には電話が通じなかった。
「渡霧村ねエ、懐かしいわ。昔はこの辺も賑やかだったんだよオ」
老婆は湯呑に茶を入れ、菓子入れを持ってくる。菓子入れに盛られている個別包装のクッキーやゼリーには、うっすらと埃が積もっている。
「お祭りなんかもやっていたんですか?」
「秋祭りには神輿なんかも出て、村の男たちが競って力自慢をしたものだけどねエ」
老婆は何故か「やむすび祭」には触れようとしなかった。それからどの男がよくて、どこの娘と付き合っていたという話が延々と続いた。
「やむすび祭もそのように行っていたんですか?」
単刀直入に切り込む。老婆の余計な昔話に長々付き合うほど僕は暇ではなかった。
「やむすび祭? 何だっけねエ、それは」
とぼける老婆に僕は古新聞を見せた。
「ここに渡霧村でやむすび祭が開催されたという記事があります。でも七年に一度、お盆の終わりに行われるとしか記載されていないんです。よかったら詳しいことを教えていただけませんか?」
老婆は僕から古新聞をひったくると、目を皿のようにして記事を読んだ。それから古新聞を僕に押し付けて、埃だらけの菓子入れを引っ込める。そのとき、「よるのむすび」と小さく漏らしたことを僕は聞き逃さなかった。
「悪いことは言わない、今すぐ帰りなさい」
「そんなにひどいことなんですか?」
「今ならまだ引き返せる、止めなさい」
それまで飄々としていた老婆が急に心を閉ざしたことで、僕は「やむすび祭」に俄然興味がわいた。それに老婆の「よるのむすび」という言葉が気になった。
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