第21話 作戦展開 索敵はいつも単独行

 村から続く道は今のところ一本道だ。

 ルシアとイルバは並んで歩いている。

 目的はそれぞれ沼と洞窟の偵察。

 ルシアは沼で、イルバが洞窟を担当する。

 これはそれぞれの特徴からの判断だった。

「しかし、ラファの言葉じゃ無いが珍しいな。」

 それまで無言で歩いていたイルバが声をかけてきた。

「なにが?」

 俺は少し嫌な予感がしたが、興味なさげに答える。

 なんて言われたら、あの話しかない。

「お前が妙に積極的だってことだ。 ?」

「……別に、……何が言いたいの?」

 極力、普段のルシアが答えそうな口調で返す。

 セッション中は「何々と言う」で済ましていたから、実際の口調が合っているのか不安ではあったが。

「本当にこの件に墜落者おちしものは関わってないのかと思ってな。」

 ああ、なるほど。

 ルシアが日々の仕事裏稼業以外で積極的に関わってくる事から、イルバは墜落者が関わっているのかと思っているのか。

「……まだ分からない。 でもただの魔物狩りで終らなさそうな予感はしてるわ。」

 俺はそう答えた。

 間違いではないが正しい事も言っていない。

 俺のやるべき事は墜落者の討伐でも、地獄からの脱出でも無い。

 この世界に入り込んだ異分士アウターサイズ・インベーションの討伐だ。

 前回は墜落者のグラシャが異分士だったので皆と目的が一致していたが、毎回そうである保証は無い。

 ルシアが力を貸してくれる以上、星片に導かれた者に異分士がいるとは思えないが、関係者にいたら面倒だ。

 さっきは早めに話しても良いかなとも思っていたが、改めて考えるとまだ黙っていたほうがよさそうだ。


「蛇の道は蛇ではないが、その手の良からぬことへのカンはあてにしている。」

「珍しいのね、褒めてくれるなんて。」

 口少なく皮肉屋なところがあるイルバだけに、素直に返して良いか分からず、少しおどけてみる。

「……褒めてはいない、事実を言っただけだ。」

 ぶっきらぼうにそう言ったイルバに、ルシアはクスリと笑う。


 ―ピン!


 その時だった。

 俺の中で甲高い警戒音が鳴り響いた感じがした。

 ルシアはとっさに周囲を見回す。

 イルバも何か感じたのか肩に背負った弓を手に取っていた。

「いるわね。」

「ああ。」

 お互いに短い言葉で確認を取る。

 何がと言う問いは不要だ。

 俺はすぐに思考を戦闘モードへ切り替える。

 心の中にキャラシートとコントローラが浮かぶ。

 イメージの中で俺はコントローラを握りしめる。

 そして思考の左端に表示されたレーダー画面には洞窟方向から来る集団が映る。

 普段、洞窟側へ行く村人はいない。

 そこから考えると村人の集団が戻ってきたとは考えづらい。

 第一、それであれば警戒音が響くのはおかしい。

 恐らく、殺気や闘争心もしくは、それらの興奮状態故に発する臭いに反応したのだから。

 ルシアも素早く愛用の長剣を引き抜く。

 イルバに向かい目で合図を送る。

 同時に俺たちは左右に分かれて道の脇の木陰に身を潜める。

 ルシアの位置から、わずかにイルバの姿が見える。

 恐らく向こうも同じだろう。

 イルバが手早く手を動かしサインを送ってくる。

 俺には理解できないはずのサインだが、ルシアの意識を通すことで内容を理解できた。

『タイミング、合わせろ。』

 こちらもハンドサインで『了解』を伝え姿勢を低くする。

 少しでも身を隠し、そしていつでも飛び出せるように構えるため。

 程なくして曲がりくねる道の先から体長1メートルくらいの痩せた人型の魔物が姿を現す。

 豚と人を掛け合わせて醜く歪ませたような顔。

 鼻を詰まらせているのか「フゴフゴ」と言う音が響く。

 その数は5。

 前衛が3後衛が2。

 目の端に捉えているイルバが弓を引き絞るのが見えた。

 弓矢ならとうに有効射程だが、確実に倒すためこちらの距離まで待っているようだ。

 ルシアのいる位置から5メートル程まで近づいた時、わずかな音を立てイルバの矢が放たれた。

 イルバの技量なら完全に音を消すことも可能だが、こちらへの合図のため、わざと音を立てたのだ。

 しかし小鬼たちはその音に気がつくことも無ない。

 なぜなら気がついた時、すでに矢は前衛の1体の頭に突き刺さっていたからだ。

 一瞬遅れて俺はダッシュをかける。

 草むらから飛び出したルシアは小鬼の群れへと迫り、愛用の長剣を横薙ぎに振るう。

 前衛の1体が首を切り裂かれ倒れる。

 そのまま返す一振りで前衛最後の1体の胴を切り裂く。

 一瞬の間に前衛が倒された事に後衛の小鬼たちは動揺し一目散に逃げ出す。

 ルシアはおもむろに転がっていた棍棒を蹴り上げる。

 空中で回転する棍棒をつかみ、逃げる小鬼に投げつけた。

 その一投は狙い過たず逃げる小鬼の頭を打ち砕く。

 並走して逃げていた仲間が倒れた事に驚く最後の小鬼だが、すぐに同じ運命を辿った。

 狙いを定めたイルバにとって、一直線に遠ざかる存在など止まっているに等しかった。


 倒れた小鬼たちの死体はすぐに黒い霧状となり消える。

 本来、辺獄に生物は存在しない。

 多くの魔物は地獄に堕ちた魂が地獄の瘴気を集めて変質した存在であり、厳密には実体を持たないのだ。

 魔物を倒すのも魂の供養の一種と教会の教義には記されているが事実は知りたくもない。(ルールブックの記載もボヤかされている)

「さっそくのおもてなしだったが、正直なところいくら雑魚相手でも消耗戦になったら、俺はお手あげだぞ。」

 道へと姿を現したイルバは落ちている矢を確認しながら言う。

「そうね、できる限り雑魚の掃討はわたしかマハトがやるのがいいと思う。」

 ルシアも頷きつつ答えた。

 マハトは無言でこちらを見る。

 了承の合図だった。


 再び道を歩く俺たちの前で道は2つに分かれていた。

 洞窟への道と沼に続く枝道。

「洞窟から魔物が出てきたら合図を送りながら誘導して。」

 ルシアはそれだけ伝えると枝道へと足を向ける。

 イルバは音もなく姿を消した。

 恐らく潜伏したまま見張るつもりだろう。

 ルシアが取る手段も同じだ。

 周囲の雰囲気に身を委ねる。

 そこにいるのが自然であると認識させる事が野外で身を潜めるためには重要なのだ。

 数回の深呼吸と共に周囲に溶け込む。

 イルバより時間がかかるのは、ルシアは都市部での潜伏が専門のためだ。

 とは言え十分と判断したルシアはゆっくりと歩き始める。

 目的地の沼はすぐ近くだった。

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