Stars IV——星(4)

 次の日、朝から町は祭の準備で大賑わいだった。

 町のそこかしこに花が生けられ、大通りの店も住宅も全て、軒先や街路に伝統の飾りが飾られる。光を照り返す明るい色の若葉と、鮮やかでありながら優しい色の花を合わせて作られ、リボンを巻いた蔓を細かく編み込んで仕上げた飾りはララナの家が営む店の扉にも掛けられた。そこに薄桃色のサルスベリが差してある。街路樹は淡い色彩のビーズを縫いつけたリボンで繋がれ、常緑樹の深緑の葉によく映えて、道を歩くだけでいつもの毎日から抜け出した気分になる。

 学校でも生徒と教師が授業時間を潰して校舎内に飾り付けをし、教室も廊下も隅々まで明るい色でいっぱいになった。祭りの前とあっては皆が皆、活気づいてきて、羽目を外す無法者に風紀委員は大忙しのようだったけれど。

 生徒のはしゃぐ原因は華やかな装飾ではなく、慣習として祭りの当日に行われるダンス・パーティーのほうだ。この機に両想いになろうともくろむ若者は多く、彼らの熱意のせいで、陽射しから逃れた校舎内でも、外気さながらの尋常ではない暑さと思ってしまうほどだ。

 ララナも例外ではない。友人達が騒いでいるのを何度も耳にしては、自分を誘ってくれる人はいるのだろうかと、不安がちらちら顔を出すのをどうにも防げなかった。

 ——私だけ踊ってなかったら、かなり恥ずかしいな。

 そう思いながらぼーっとしていると、いきなり級友に肩をがっちり捕まえられた。

「ララナ! ちょっと!」

 耳横で叫ばれながら思い切り激しく身体を揺すぶられ、「待って」と止めようと思った矢先、ララナの周りを女子生徒が数人、ぐるりと囲んだ。

「ララナ! トゥレット、誰と踊るのっ⁉︎」

「わ、わたしまだ……っ……聞いてないっ……てばっ」

 頭が揺れてぐわんぐわんしながらも必死で言うやいなや、今度はいきなり手を離され、支えを失ってよろける。

 そんなララナに構わず、並んだ女子生徒は揃いも揃って全員、ほうっと安堵のため息を吐いた。

「まだ決まってないんだね、よかったぁ」

「でも誰なんだろうね」

「いーい? みんな、誰がトゥレットの相手になっても恨みっこなし! その時は速やかに他のパートナーを探すだけだからね!」

「誰がなるのか楽しみー。トゥレットの相手の子」

「自分がなりたいと思ってるくせにぃ」

「やだ、そんな当たり前じゃない」

「抜け駆けはなしよ」

 ララナは掴まれてしわが寄った制服を伸ばしながら、がやがやと騒がしく去っていく集団を複雑な気分で見送った。

「おおぅ災難とはこのこと」

 いつの間に来たのか、ララナの横に立っていたティナが呟く。しばらく二人で沈黙していたが、呆然と集団を見送るララナとは違って窓枠に肘をついて外を眺めつつ、ティナは不意に口を開いた。

「ララナかもねー、トゥレットが選ぶ子」

「は?」

「だってなんか、トゥレットもそんな気がありそうじゃない? 幼馴染だし、見ててほんとに仲が良いじゃない」

「いや、別に普通……」

「いい?」

 ティナは窓の外から目を離して、いきなりキッとララナを睨めつけた。

「他の子ならどうかわからないけど、ララナだったら応援するからねっ! と言うより断ったら怒るからね!」

 元気娘ティナとはいえ、通常を上回る剣幕にララナは思わず身を引いた。しかしティナの方が身を乗り出して迫ってくる。

「あれだけお似合いなんだから誰にも文句は言わせないわよ。それよりララナ、トゥレットの誘いを断ったら可哀想でしょ!」

「わ、私、まだ誘われてもいないんだけど…」

 そう言ったが喋り出したら聞くようなティナではない。困惑の声に耳も傾けず延々といかにトゥレットが女子生徒にモテようが一向に誰の告白を受けようともしない、これはララナ目当てに違いない、と自説を語り続ける。

 ただ、その内容といえばさながら一部の間で流行っている二番煎じ三番煎じの恋愛小説さながらで全く真実味がなく薄っぺらい。そうした小説の場面にときめくこともあるけれど、非現実すぎて逆に冷めてしまう。

 ララナはしまいにうんざりしてきて、止まりそうにないティナの大長編語りを右から左に聞き流しながら、生返事だけ返していた。

 外からはもう蝉の鳴き声が聞こえていた。照りつける太陽が眩しい。




 ******




 トゥレットはおびただしい人数の女子生徒に囲まれていた。ざっと二十人はいるだろう。同学年のみならず先輩、そしてその先輩方に睨まれながらも諦めずにとどまる後輩、それらの異常な気迫の女子らに廊下を塞がれて、職員室に行きたいのに前に進めない。

「あの、俺、急いでるんですが」

「大丈夫、すぐ済むから!」

 見事に揃った発声で、つい「なんだか面白そうだ」と思ってしまう。好奇心というやつである。それに通り抜ける隙もなく行く手を阻まれてしまったし、女子相手に強行突破するのも気が乗らない。

 そうすると逆に被害者ぶって面倒くさそうなのが女子というやつな気がする。とりあえず黙っていることにした。

「あのね、トゥレット君。君はもうお祭りの時のダンスの相手は決まっているの?」

 ひときわ高飛車そうな先輩に問われ、トゥレットは拍子抜けした。「なんだ、そんなことかよ」とがっくりしながら答える。

「まだですけど」

「そ、そう?」

 期待を込めて見るいくつもの瞳と群れから漏れる安堵のため息。

「と言うわけで俺、急ぐんで。失礼します」

 特に面白いことでもなかったなぁと残念がりながら、わずかに緩んだ女子の群れの間をすり抜け風紀委員にどやされない程度に小走りになろうとしたところで、すぐ前方にいた友人にすれ違いざま声をかけられる。

「お前、いいよな。そのへん困らなそうで」

 何のことだかよく理解できない。

「どのへん……?」

 友人はかなり驚いた様子で口を開け、そしてすぐに随分とあからさまな呆れ顔をしたけれど、トゥレットには彼に構っている暇は無かった。祭りのせいで騒がしく混み合った校内を抜けるのは少々骨が折れる。 急がないと教師の機嫌を損ねるだろう。

 こんな暑い日に叱られるのはまっぴらごめんだ。さっさと終わらせて帰って料理の研究でもしたい。

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