第11話



 *



 ココを抱き上げて馬車に乗り込んだまま、ノアは彼女の身体を抱きしめ続けていた。


「ノア、もう放していいわ」


「せっかくだから、もう少しこうしていたいんだけど」


 昔からココのことを溺愛していたが、離れている間にどうやらずいぶん、ココに対する愛情をこじらせたようだ。


「いいから放して」


 彼の美しい顔を手のひらで押しやると「わかったわかった」と名残惜しそうに解放する。


 先ほどまでの素晴らしい高貴なランフォート伯爵はどこへ行ったのか、ココを見つめてくるまなざしは異常な熱を持っているようにも見える。


 それは愛情と呼ぶにはあまりにも重たいものだ。


「いい演技だったわ、ノア」


「褒められるなんて嬉しいな」


 ココが微笑むと、ノアは嘆息して両手で顔を覆い隠した。


「……君の笑顔を独り占めできるなんて。しかも、こんな間近で」


 感極まっているのか、ノアの身体はわなわなと震えている。


 やっぱりちょっと、こじらせすぎている気がしてならない。


 そんなノアの大げさすぎるリアクションにため息をつきながら、ココは本来の姿の両手を伸ばした。


 長く、そして美しく、さらに皺もシミも一つもない。


 加えて、痛みがないのが一番うれしかった。


 ココは自身の身体に満足すると、馬車の窓を開けて空気を入れ替える。


「ノア、まだまだ始まったばかりよ」


「うん、わかっている。なにがあってもわたしはココを守るよ。ココがわたしを生かしてくれたから」


 彼がココに異常に執着するのには理由がある。


 そしてそれは、ココにとって都合がいいことでもあった。


「全員地獄に叩き落してやりましょう」


「もちろん」


 ノアの灰銀色の瞳の奥に、暗く光る闇が宿っているのをココは知っていた。


「それにしても、ステイシーの暴れっぷりはすごかったわ」


 ステイシーが、想像を超える反応をしてくれたのはココにとって嬉しいことだ。


「お誕生日プレゼントを、発狂するほど喜んでくれるなんて」


 自分をいじめていた者の悲鳴によって、復讐がスタートする。


 最高の出だしでしかない。


「あのステイシーは、いい声で叫んだわね」


 ココにとって、彼女たちの苦悶の表情は安らぎに、醜い叫び声は子守歌に代わる。

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