第4話


 *


 金銀財宝を目にしても、目がくらむこともなく守り抜く清廉さ。さらに国内外の美術品の流通にも目を光らせる、気高き役職。


 ランフォートこそ、王家の誠実な臣下だと人々は称える。


 ココたちは、国民から畏敬の念を集める場所、『ランフォート城』に向かっていた。


「……遅くなってごめんね、ココ。準備に手間取ってしまって」


 ノアは切なそうに目を細めた。


「七年ぶりね」


 ココとノアは、十年前一緒に育った。


 メルゾの死の際に離れ離れになったものの、こうしてまた巡り逢えた。


「ノアが助けてくれると信じていたわ」


 彼の銀灰色の瞳には、深い慈愛が溢れている。ココの髪の毛を手櫛で整えながら撫でた。


「ココを使用人みたいに扱うなんて、あいつら絶対に許さない。やっぱり、今から戻って殺してもいい?」


 ノアの声は穏やかだが目は笑っていない。


「千回くらい切り刻みたい」


 本当にやりかねないほどの殺気を感じ取り、ココは苦笑いをかみ殺した。


「だめよ。きちんと手順を踏まないと」


「それはそうなんだけど」


 二人は、復讐を胸に今日まで生きてきた。二人が合流した時にやることはたった一つ――世界を転覆させることだ。


「順番が大事よ。そうじゃないと、上手くいくことも空回りしてしまう。だから私は、今から天使様に謁見するわ」


 ココは口の端を持ち上げる。


「御意。もちろん、準備はできているよ」


 ノアと一緒に微笑みあっていたところで、馬車はロイデンハウンの城壁を抜けた。


 すると、一気に開放感の溢れる草原が広がる。ここは城壁外でも景勝地が続く、美しい場所だ。


 たなびく風に揺れる木々の間の道を抜け、馬車は湖に向かっている。


 湖の中央には誰もがため息をつくほどの美しい教会風の城、『ランフォート城』が建っていた。


 湖畔に近づくにつれ、風が強くなっていく。


 そして城の目前まで来て、そこがただの城ではないと気が付く。


 居住目的で作られたような外観かと思えるが、木々に隠れて見えていなかっただけで、強固な鋸歯型の幕壁カーテンウォールが視界に入ってくる。


 さらに、教会の鐘塔ベルタワーのように見えていたのは主塔キープだ。


 ランフォート城は、明らかに城塞フォートレスとして建立されている。


 理由は至極簡単。


 主塔の一番上に、この国の『守護天使様』が眠っているからだ。


 実はランフォート伯爵が守っているのは、国王の金銀財宝だけではない。


 悪魔との戦いで負傷した『守護天使様』の見張りも兼ねており、むしろそれが本命ともいえる。


 湖の手前まで馬車は速度を落として進んでいく。


 周りに木々が生い茂っているせいか、ロイデンハウンの城壁内よりも少々寒く感じた。


「もう少しで到着するよ」


 馬車がゆるゆると停まったかと思うと、御者が扉を開けに来る。


 先に降りたノアに手を引かれ、タラップを使い地面に降り立つとすぐ近くに城がそびえたっていた。


 御者は馬をいったん桟橋の脇につなぎ、湖の天然のお堀を挟んで向こう側の門塔ゲートハウスになにか合図を送ったようだ。


 すると湖の向こうから、鉄で補強された樫の木素材でできた巨大な跳ね橋が、こちらに向かって降りてきた。


「すばらしいわ」


 ココが感動していると、跳ね橋が桟橋にぴったり合致する。


 あっという間に城へ続く道ができた。


「行こう、ココ」


 のばされたノアの手を掴む前に、ココは御者にお礼を伝えようと振り返る。


 だがなんと、御者は黒い影のような姿をしていて目も鼻も口もなかった。


 ハンチング帽を持ち上げてココに礼をすると、影の御者はくるりと振り返って馬の手入れをし始めてしまう。


 その馬も、よく見るとたてがみが黒いもやでできている。


 それらの動きを見ていると、橋を先に歩いていたノアに呼ばれた。ココは急いで彼の高い背を追う。


 隣に並びながら見上げると、ノアがちらっとココを見下ろしてきた。


「驚いた?」


「まさか。この私が?」


「だよね。ココこそ、骨董遺物アンティークジェムを作った偉人たちの末裔だもの」


 骨董遺物は天使様の恵みであると聖典に書かれているが、実際は違う。


 悪魔との戦いによって負傷した天使様の傷を癒すために、秘密裏に民たちから『信仰心』を集める道具だ。


 今でこそ守護天使様の存在は身近になったが、建国当時、宗教観念がなかった人々から『信仰心』を集めるのは容易ではなかった。


 そこで、人々が使う道具に天使の黄金の涙で細工を施し、使った人々から効率よく『信仰心』を収集できるようにした。


 道具が人々から『信仰心』を吸い取り、天使様を治癒していることは国家秘密である。


 なぜなら、『信仰心』とはつまり人間の『生命力』を奪うことに等しいからだ。


「……骨董遺物を正しく使えるかどうかは、今も昔も持ち主次第なのよね」


 骨董遺物による弊害が出たのは、道具は道具であり、使う人によって変わるという理由だ。


 正しく使えばナイフは調理の道具だが、間違えば凶器にもなる。それと同じ原理が骨董遺物にも常に働く。


 つまり、よこしまな心を持って使えば骨董遺物は悪い道具となり、正しい使いかたをすれば人々から必要なものを集められる。


「私はもちろん、正しく使うわ」


「ある意味、本当に正しい使いかたかもしれないね」


 二人が語りながら橋を渡り終えた瞬間。


 跳ね上げるための鎖が誰もいないのに、渡ってきた橋が勝手に巻き上がっていく。金具の一部に、天使様の涙が使われているのだ。


 この城はそういう場所で、一般人は危険すぎて不用意に立ち入ることができない。


 骨董遺物は所持者の『信仰心』を奪うと同時に、周りにいる人にまで影響を及ぼすものもあるのだ。


 だからこうして、専用の城で専用の役割を持った人物によって、厳重な管理が必要だった。


 道具を決して、間違って使わせないためにも。

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