第2話 親戚の妹分が絡んできて困るんだが

■晴臣の部屋

 

 朝、殺気を感じて俺は目を覚ます。

 布団を蹴りあげて相手にかぶせ、距離をとった。

 手には腰から抜いたクナイを持ち、いつでも迎撃できる用意はしている。


「まって、お兄ちゃん、ストップ! ストーォォォッップ!」


 布団からごそごそと顔を見せたのは親戚の娘であり、俺を兄と慕う風間静香だった。

 おでこの出ているショートヘアの頭にはいわゆるアホ毛が揺れている。

 服装は休日だが、動きやすい忍び装束を付けているので修行でもするつもりだろうか?

 なんにしても、新年はじめの親父の挨拶を忘れようと寝ていたのに、殺気で起こされてはかなわない。


「シズ……殺気をだしながら朝から来るのはやめろと何度も言っているだろうが」

「だって、それは欲望が抑えられずに……ごにょごにょ」


 俺はクナイを腰のベルトあたりにしまい、腕を組んでシズの前に立った。

 シズはごにょごにょと言っているが、悪気が合ったわけではないので頭を撫でて宥めておく。

 もう16になると思ったが、まだまだ子供らしさが抜けないのは俺が若干甘やかしているのかもしれなかった。

 

「それで、何の用だ? うちは初詣などはやらない仕来りなのは知っているだろう?」

「要件はあれ! おじさまから通達が来たけど、お兄ちゃんのお嫁さんに【はるまきちゃん】って何なの!?」


 口から言葉が出そうになるのをグッと俺はこらえる。

 ここで何かを言ったり、顔にだしたらシズに感づかれる……。

 それだけは避けたかった。


「何なのだろうな……俺には親父が何を考えているのかわからん」

「そりゃあ、お兄ちゃんは20歳で、現ヤタガラスでしょ? この風魔ふうま忍軍の隠れ里では一番じゃん! だから、忍者として優秀な人を嫁にして、強い子孫を作るっていうのもわかる! わかるけども! 理性と感情は別なの!! アンダスタァァァァン!?」


 ヒートアップしているシズは最後に謎の英語を吐き捨てながら俺を見上げて来た。

 発音がよくないので、今度しっかり教えておかなければならないだろう。


「言いたいことはわかった、親父にもシズが嫁に立候補したいと伝えておく」

「えっ、ひゃぁっ!? それは、ちょ、や、うれしひけどっ!?」


 いやいやと顔を赤くしながら悶えるシズを背中に俺は部屋を後にした。

 この程度の甘言で揺らぐとは修行が足らないぞ、シズ。


■小田原 Bar Hanafuda


 開店準備中と書かれた看板のある戸を一定のリズムでノックする。

 そうすると、中から開き俺は店へと入っていった。

 薄暗い店内には照明がたかれていて、いい雰囲気のバーであることを示している。

 新年早々にこんな場所へ酒を飲みにきたわけじゃない。

 来た理由は俺の相棒に会うためだ。


「あけましておめでとう、ハル」

「ああ、無事にあえて何よりだ。ヨウ」


 愛称は短く、シンプルに……それが風間の流儀だ。


「俺ッチのとこにも来たんだよねぇ、【はるまきちゃん】の行方探し。しかも報酬がいいってなんの。普段の人探しの5倍だよ、5倍!」

「ほう、それは何よりだが……貴様の命の値段にふさわしいか?」

 

 俺の方へスマホを向けてアピールしてくるチャラい男——神崎陽一かんざきよういち——に俺は鋭い視線でもって返す。

 今、この瞬間から1分でもあれば100通りの殺し方はできる状態だ。


「ハルってばぁ、冗談だよ。冗談、はるまきちゃんのことは墓場まで持ってく情報にしてるよ」


 そう、このヨウは俺=はるまきちゃんと知る人間の一人だ。

 リスクだとも思ったが、どうにも相談できる相手が皆無で、ネットに情報を広げる危険性と天秤にかけてヨウに明かして、いろいろ手伝ってもらっている。


「もっとも、はるまきちゃんの偽情報でたくさん儲けさせてもらってます、はい」

 

 いい笑顔で俺を見てくるヨウだが、この現金なところが俺も買っている部分だ。

 情よりもシビアにネタを扱うこいつだからこそ、俺のネタを明かしている。


「とにかく、親父には困った……俺は普通に遊んでいただけなんだがな……」

「普通に遊ぶ奴は年間ルーキーランキングトップを3か月でとりゃしないってばよ」


 俺はカウンターに体を預けながら、ぼやくとハルはケラケラ笑っていた。

 そう、3か月前のあの日、俺ははるまきちゃんに会ったのである。

 暗殺予定だったターゲットが、遊びで殺した女。

 彼女が持っていたデバイスに残っていたのが【はるまきちゃんのデータ】だったのである。

 ターゲット周りを整理するためには女も処理する必要があったのだが、日記と共に遊ぶ予定だったゲームとはるまきちゃんのアバター情報が俺は忘れられずに奪取して、ヨウに足がつかないようにしてもらって今に至るという訳だ。


「思い返してみれば、らしくないことをした……」

「そうだとしてもよ、今のハルは昔に比べれば人生楽しそうだぜ?」

 

 ヨウにいわれた通り、はるまきちゃんとしてシャドマセを遊んでいるのが楽しい。

 仕事をして食事をして、寝るだけだった俺の人生に彩りを与えてくれているのが【はるまきちゃん】なのだ。


「この人生捨てるわけにはいかないな……何か情報があったらいつも通り頼む。金は払う」

「毎度、一杯飲んでいくか?」

「いや、これからシャドマセでクランの新年会なんだ。未成年は飲まないので、また今度な」

「さよか」


 ヨウがまたなーと手を振って俺を見送る。

 昼飯を食べた後で、隠し部屋に戻って新年会だ。

 あとでヨウから聞いたんだが、俺の顔が珍しく緩んでいたらしい……。

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