第五十二話 隠れ顕れる

 不慮の事故により利用されることも管理されることも無く廃れてしまったビルの中、積み上がった瓦礫の上に座り込んでいる影が一つ。

“ 明日は……、ぼくたちの、誕生日だね……。 ”

 その影の隣から、何処からとも無く声が響いた。声の主は、峰枩だ。

「くくく、誕生日だからって特に何もすること無いけどね?やることは、いつも通り。峰枩家の家系の人間たちを潰すだけだよ。」

 瓦礫の上に座り込む影、もとい、悟は峰枩の言葉に微笑を浮かべると残虐な言葉を返した。

 そう、熊谷の店から立ち去った〝彼ら〟が向かったそこは、峰枩 悟と峰松 悟の母親である峰松 明悝が飛び降りて自死を遂げたビルだった。

 お互い遠くを眺めながら言葉を交わしていると、悟は彼女がビルから身を投げる前までに過ごした時間を思い返して不意に呟く。

「身勝手だけど、嫌いじゃない母親だったよ。

“ ………………。 ”

 哀愁が漂うと同時に憂いを帯びている様に見える悟の横顔を見つめた峰枩は、穏やかな声色で言葉を続けた。

“ 悟は、お母さんに……似てるんだね。 ”

「へぇ……、いつの間にか口が上手くなったみたいだね。」

“ ……変な、意味じゃ……ないんだよ? ”

 そうしてまた悟たちは何をするでも無く、遠くを眺める悟が居た。……突然の来訪者が来るまでは。


 コツ……コツ……。


 曰く付きの建物という事も有り、物好きでもよっぽどの事が無いと誰も訪れない場所に何者かの足音が聞こえた。

 音の方を振り返ると、何処か上の空で歩を進める神楽坂が居た。

「ぁ……、神楽坂君……。どう、し、たの?こんな……所に……。」

 誰かに声を掛けられ、神楽坂は我に返った様子で言葉を溢す。

「さ……峰、枩……?」

 無意識の内に立ち尽くして居たそこは、以前、自身が巳越の実家に赴いている時に悟から電話で呼び出された廃ビルだった。そして、神楽坂は熊谷の調査により、此処が峰枩 悟と峰松 悟の母親である峰松 明悝が飛び降りて自ら命を絶ったとされるビルだと知っている。



「「………………。」」

 多少の会話の後、互いは再び無言になり静寂に包まれていた。のだが、未だ瓦礫の上に座り込んでいる悟は、その体勢のまま神楽坂の方に向き直って無邪気に笑い掛ける。

「そういえば。わたし、手紙に〝事件を追わないで〟ってお願いしてた筈なんだけど……。そっか、神楽坂君はそんなに大鳳君を殺したいんだね。」

「何を言ってるんだ?俺は〝無差別連続失踪事件〟のことは追ってない。ただ————……。」

 悟の言葉を否定し返答しようとするが、神楽坂は言葉を詰まらせる。何故なら、自分が此処に来ている理由は愚か、どうしてこんな状況になっているのかすら理解が出来ていなかったからだ。

 しかし、悟の出した手紙の内容と、大鳳が言っていた悟から逃れる為に身を隠しているという状況の矛盾について違和感を思い出した神楽坂は問い掛ける。

「なぁ。大鳳さんが今、どこに居るか分かるか?」

「どこに居るか分かるか……?どうしたの⁇急にそんなこと聞いて。」

 演技なのか正気なのか驚いた様子で聞き返す悟に、神楽坂は身動きが取れないようになっている筈の大鳳 遥が今朝、神楽坂探偵事務所に訪れたという状況の矛盾を説明した。彼が姿を消している間に起きた出来事の話も含めて。

「……へぇ、そんなことがあったんだ。」

「悟の手紙は、全部デタラメだったってことか?」

 困惑を隠せていない神楽坂に、悟は白々しく答えを述べる。

「くくく……、神楽坂君は大鳳君の言葉が全て真実だと思ってるってことなんだね。まぁ、どっちにしろ、神楽坂君が信じたい方が答えだよ。」

「……真面目に答える気は無いんだな。」

「今更じゃない?」

 眉を顰める神楽坂に悟は笑い掛け、他の話題は特に無い様子で、また辺りは静寂に包まれる。

「なら「こんな……、所、まで……来て……、ぼくたち、に……質問、責めしに……来た、の……?」!……〝悟たち〟が何を考えてるかが分からないからだろ。」

 神楽坂が違う疑問を投げ掛けようとした時、峰枩が割って入り発言を遮った。

「なぁ、お前は————……。」

 対面している悟が再び何処か峰枩を思わせる様な雰囲気を纏っており、神楽坂は負けじと聞き返そうとしたのだが口を噤んだ。

「?…………もしかして、悟と峰枩、どっちなのかって聞こうとしてた⁇」

「…………。」

 悟の発言が図星だったのか、神楽坂は言葉を詰まらせている。

「………………どっち、……なん、だ、ろうね……?」

 峰枩のような雰囲気を纏った悟が自嘲気味な笑みを向けるが、神楽坂は言葉を選ぶような様子で無言のままでいた。そして、いつも通り人を小馬鹿にするような笑みに戻った悟は続ける。

「なんかさ、もう分かんなくなっちゃって。まぁ結局、どっちだとしても峰枩家の人間を恨んでいることには変わり無いし。そんなの、今更どうでも良いと思ってるんだ。……くくく。」

 そう言葉を並べている悟に対して神楽坂は憂いの帯びた眼差しでそれを静かに聞いており、彼女が話し終えた後で問い掛けた。

「じゃあ何で……、会う度会う度そんな悲しく見える顔で笑ってるんだ?」

「え……?」

 自分の表情を自覚していない悟は、今まで見せたことの無いような意表を突かれた顔をして声を零す。

 少々考えた後で、何かを認識した風に薄ら笑いで溜め息を漏らすと、両手で顔の下半分を覆って半眼になった。

「はぁ……嫌だ嫌だ、本当に。神楽坂と長く話してると調子が狂うし、何でも全部話しちゃうなぁ……。」

 半眼のまま見つめる悟に、神楽坂は目を逸らさずそれをじっと見据えている。

 そんな彼の様子に悟は堪え兼ねたのか、悟は睨めっこに負けた子供の様に無邪気な笑い声を発した。

「っくく……、あははは……っ!」

「⁉︎」

 突然の出来事に神楽坂は動揺を見せ、悟は息を整えながらも笑い泣きして涙を拭う。

「はは……っ、神楽坂君は本当に面白いね。」

 腹の底が読めない悟の様々な言動に、神楽坂は少しばかり眉間に皺を寄せる。が、悟はそんな彼には目も呉れずに手を叩いて別の話題を持ち掛ける。

「そうだ。神楽坂君、明日また此処においでよ。〝面白いモノ〟見せてあげるから。」

「〝面白いモノ〟って「ね?藥士院君。」(藥士院……?)……‼︎」

 急に話題を変えた悟に神楽坂は聞き返そうとするが、彼女の言葉に遮られた。そして、聞き馴染みの無い名前に一瞬の戸惑いを見せた神楽坂だが、都雲沢の日記に度々出ていた名前の心当たりを思い出し、悟の視線を追って振り返る。

 だが、向き直った自身の背後には誰の姿も見当たらなかった。聞いたことの無い何者かの声を除いては。

「明日の午刻、〝他の二人〟も連れてこの場所に来ると良い。」

「(〝他の二人〟って、鬼塚と熊谷のことか……?)」

 何者かが発した言葉に神楽坂は少しばかり考え、その間に悟は声を掛ける。

「それじゃあね、神楽坂君。わたしは一緒には来られないけど、楽しんで来ると良いよ。」

「!」

 声に反応して再び振り返ると、遠くの方に去って行く悟の後ろ姿が見えた。

「待て‼︎————……っ。」

 反射的に体は動いた。だが、彼女を追い掛けようにも、側に鬼神が居るかも知れない状況に有ることを理解していた理性が神楽坂の動きを止める。

 只々、遠退く背中を傍観するとこしか出来ないで居た神楽坂は、鬼神に対抗する術を知らない無力感に苛まれながら自身の拳を強く握った。

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