第五十話 推し移される
熊谷の到着を神楽坂探偵事務所で待機していた神楽坂と鬼塚の元に突然訪れたのは、悟の手紙で身動きが取れないと記載されていた筈の大鳳 遥だった。
神楽坂たちは大鳳から此処に訪れる迄の経緯を聞き取り、無意識の内に話し込んでしまっていた。
会話が一段落した後、大鳳は事務所の壁に掛けてある時計が目に留まり、何処か焦る様子で不意にソファから立ち上がる。
「あまり長居すると峰松 悟に嗅ぎ付かれるかも知れないので……私は、そろそろ他の場所に身を隠そうと思います。」
大鳳が口を開き、遠慮がちに続ける。
「神楽坂さんたちに、これ以上、ご迷惑をお掛けする訳にもいきませんので……。」
「いえ、迷惑が掛かっているとは思っていませんよ。……悟に目を付けられている今、無闇に動く方が危険かも知れません。」
追って立ち上がった神楽坂は諭す様に言葉を返し、続け様に腰を持ち上げた鬼塚も提案を申し出る。
「保護という形で、何処か場所を確保して何処かへ避難するということも出来ますが……。」
「その何処かに、鬼神に太刀打ち出来る方は居られるんですか……?」
「「!…………。」」
ぐうの音も出ない大鳳の発言に神楽坂と鬼塚は互いに顔を目を見合わせ、難しい表情を見せる。すると、大鳳は「すみません、失礼します。」と出て行ってしまった。
「大鳳さん!」
その直後、玄関のドアノブに手を掛けて立ち去ろうとした大鳳に神楽坂は呼び止める。
「もし、また何かあった時は……私の携帯に電話を下さい。……鬼神に太刀打ちすることが出来ると言う訳では無いですが、少しでも大鳳さんの力になりたいんです。」
以前に愛咲から受けた依頼の完遂後から2人は電話番号を知っていたのだが、互いに状況が状況だっただけに連絡を取り合えずに今日まで過ごしていたようだ。
「ありがとうございます、神楽坂さん。」
神楽坂が選ぶ様に絞り出した気遣う言葉に、大鳳はドアノブを下げながら振り向くと穏やかそうな横顔を見せて神楽坂探偵事務所を後にした。
そうして事務所から遠のいていく間、アーカシプは何故か不意に神楽坂が別れ際に掛けた言葉を思い出す。
「『……鬼神に太刀打ちすることが出来ると言う訳では無いですが、少しでも大鳳さんの力になりたいんです。』…………か。」
丁度、神楽坂探偵事務所が見えなくなった距離の所で立ち止まると、忍び笑いを浮かべて呟いた。
「全く、彼奴とは比べ物にならん程にお人好しだな。〝神楽〟は————…………?」
アーカシプは自身の発言に疑問を抱きながらも、再び歩みを進めた。
「……思っていたより、時間が経ってしまったな。この前と同様に、熊谷の店に迎えに行ってみるか?」
大鳳が去った後、立ち上がったままの鬼塚が神楽坂に問い掛ける。
「そうですね……。」
鬼塚の問いに神楽坂は少し考える素振りを見せた後、改まる様にソファに腰掛けて口を開いた。
「けどその前に少し……、鬼塚さんには先に情報を共有させて下さい。」
「あぁ、分かった。」
そうして神楽坂が話したのは、屋根裏部屋にある本や研究記録、日誌の洗い出しを進めて知った情報とその時起きた様々な出来事だった。
都雲沢の纏めた資料と悟の寄越してきた手紙のシーリングスタンプを照らし合わせた結果、悟の連れている鬼神の名前が推測出来たこと。
そして、その彼の日記から異常について研究している人物の存在を確認でき、その人物の研究と熊谷の過去の話に関係性を見出せたこと。
テーブルの上に資料・手紙・日記を広げ、神楽坂は掻い摘みながら伝えた後に耳を疑うことを口にした。
「屋根裏の書斎で、禎公さん会いました。……いえ、会ったというか……日記を読んでいる時、突然に声が聞こえて……。どういうことか、話すことが出来たんです。」
「消息不明になっている筈の都雲沢 禎公さんと話した……?」
鬼塚は、俄に信じ難いと言いたげな難しい顔で復唱すると、神楽坂は頷き言葉を返す。
「私も何が起こっていたかは理解出来ていませんが……話し掛けてきた声は、確かに禎公さんだったんです。」
「声に聞き覚えが有っても、声を模倣した誰かかもしれないだろ?」
「そう、ですね……。だけど、資料を作った本人しか知り得ないことを伝えてきたとしたら、その線は無くなると思います。」
疑念が消えていない鬼塚に神楽坂は、都雲沢の作った資料の中にある黒塗りのページを開く。そして、この資料を作った本人しか知り得ない情報だという証拠を開示した。
それは、彼から教わった鬼神の名前と異常についての情報だ。
「以前、私が北公園で記憶を操作することの出来る鬼神と出会ったのは話しましたよね?」
「あぁ、神楽坂の持つ都雲沢 禎公さんとの記憶を捻じ曲げていた鬼神の事だな。」
「はい。あの鬼神は〝スェドムサ〟と呼ばれていて、他者の記憶を自由に弄れる異常を持つ鬼神だと禎公さんが教えてくれました。」
「他者の記憶を自由に弄れる異常————っ!」
神楽坂が伝えた都雲沢の情報に身に覚えが有ったのを想起した鬼塚は、思わず自身の口に左手を当てた。
「そうか……、あの鬼神はスェドムサという名前だったのか……。」
眉間に皺を寄せながら鬼塚は、ポツリと呟く。
目だけ見ても明らかに顔を顰めているであろう表情を見せた鬼塚に、話が読めていない様子の神楽坂は気遣わしげな目を向ける。
鬼塚は神楽坂の視線に気が付き、とある鬼神に接触したことを打ち明けた。
「破天荒警察署で、悟から受け取った手紙について話し合っただろ?俺が神楽坂と熊谷を送り届けた後、署に戻って暫く後藤さんと話していたんだ。」
それから話し終えた鬼塚が破天荒警察署から出た後で、何者かから声を掛けられたらしい。
元よりその人物が鬼神だとは思っていなかったのだが、言葉を交えるに連れて鬼神であると気付かされたようだ。そして、その会話の中、神楽坂が破天荒町立病院に入院している間、峰松 悟と接触する切っ掛けを作ったのはスェドムサであると種明かしして来たと告げた。
「そうか……前に聞いた悟との接触は、スェドムサから仕組まれた出来事だったんですね……。」
鬼塚と悟が衝突した原因を知ったことで疑問が解消された神楽坂は、声を漏らす。
「あぁ。だいたい、〝会った記憶すら操作出来る鬼神〟なんだ、身に覚えのないメモ紙を仕込むのも容易だったろうな。」
屋根裏部屋の書斎で都雲沢が放った言葉と似たような事を聞いた神楽坂は目を見開くと、彼がその後に発した言葉を続けた。
「禎公さんから聞いたことですが、スェドムサは退屈が嫌いで引っ掻き回すのが好きな鬼神みたいです。」
「全く、迷惑極まりないな……。」
----------------------
「ぁ……、神楽坂君……。どう、し、たの?こんな……所に……。」
鬼塚と共に熊谷の店へと向かっていた筈の神楽坂が立ち尽くしていたのは、以前、悟に呼び出された廃ビルだった。
「さ……峰、枩……?」
「…………。」
すると、どういう事かそこには瓦礫の山の上で何をするでも無く遠くを眺めて佇む悟が居たのだ。だが、対面している悟は何処か峰枩を思わせる様な雰囲気を纏っており殺意や敵意を感じさせない様子で座り込んでいる。
「(……何で、俺はここに……?……確か、廃ビルに行けば何かが分かるかもしれないと思って調べに来て……。っいや、……何か、おかしい……。)」
自身に何が起こったかを思考しながらも混乱が解けていない神楽坂だったが、悟から事件を追うなと釘を刺されている今、遭遇しては不味いということだけは理解していた。しかし、出会ってしまった以上どうしようも無く、思うように動けないまま膠着する。
「「…………。」」
対して、峰枩もただ神楽坂の方に顔を向けているだけで動く気配は微塵も無かった。
「……こんな所に一人で来ちゃってどうしたの?あぁ!もしかして、また病院送りにされたくて来たとか⁇」
途端、峰枩も神楽坂も言葉を発することが無い状況に飽き飽きしたらしく、気付くと峰枩は悟の様な雰囲気に戻っていた。そして、彼女が小さく溜息を吐き薄ら笑いを浮かべながら話し掛けている。
冗談にしても趣味が悪く、神楽坂は呆れたように言葉を返す。
「違うに決まってるだろ。」
「じゃあ、改めて此処に来れば、わたしたちのことが何か分かるかも……、とか思ったりしたのかな?」
「っ………………。」
「くくく……、当たらずも遠からずって感じかな?」
悟の言葉に図星であったかもしれない神楽坂は黙って目を逸らし、悟はその様子に嘲りと純粋さを混ぜ合わせたような笑みを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます