第1話
侍になることが存在意義であり、なることが出来なかったら僕は生きる存在理由を見失ってしまう。侍を目指しているから生かされている。
酷い
心がいくら折れそうになっても……。
**
僕がなりたい侍の語源は、さぶらうから来ている。
さぶらうとは、身分の高い者の側に控え、お仕えすることを言う。
全ての武士を侍と呼ぶわけではない。主君に仕えてなければ侍ではないし、下級の武士もまた侍とは呼べないのである。
大和国の侍は戦闘職の国家資格である。
学校での好成績、高い戦闘能力と判断能力を有する者たち――およそ上位一割を才能アリと判断――だけが、高校卒業から三年間の間に試験を受けられる。一年に一回、
階級制度があり貴族のように
そのため大和国で生まれた者、留学で大和国に来た者は幼い頃から自分の中にあるマナを鍛え、闘気を発眼し、レベルを上げて自己を鍛えるのである。
侍という資格を得るために。
そのためだけに。
**
「よ、色狂い」
背中の衝撃で体がよろめく。なんとなく気配を感じてはいたのに避けることが出来なかったのが悔しい。
「おい無視すんなよ」
「久々に見たから遊んでやってるのによ」
「今日も朝から励んできたんだろ?」
おそらく気配や声の種類から複数人いるのだろうが、登校時の朝の学校の廊下なんて腐るほど人がいる。
「何に励んできたんだ?」
「そりゃ、ナニってオカズ探しだよな?」
僕は自己防衛のために目隠しをしている。生まれて物心が付いた時から今まで欠かさずに。
亡くなった母がまだ僕が幼い頃に黒い布に遮断の術式をかけてくれたので、それを巻いて目を隠くして生活している。
「はは、朝からヤバい奴」
「昨日も休んだのってシコりすぎが原因だろ?」
マナによる視覚過敏症、だけど実際にはそんな病名は無い。何故なら病気とは目が悪くなった時に判断される。目が良く見え過ぎるのは病気では無いのだ。
目を開ければ見えるのは無数の色。
空気、光、音、生き物、自然、人の感情……。
情報過多で脳は膨らみすぎて
高速や音速なんて人間の脳で処理出来る訳がない。ぐちゃぐちゃに書き殴った絵を一秒間に何万枚も見せられるようなもので、それが無意識に頭に入り込んでは次々に情報処理を求めてくる。空気は常に押し合って動いている。生き物も人も揺らめいて動いているから何者かなんて分からない。
顔が見えないから。
姿形もゆらゆらしているだけだし。
全部が化け物にしか見えない。同じなんだ、きっと。
だから僕は常に目を閉じる。
灰色の世界に白い線が立体、そして黒い
「お前みたいなのが女と付き合えるわけないし」
「痴漢でもしてきたんじゃねえの」
「言える」
「おまわりさーん」
こいつらはきっと僕が我慢出来ずに暴れ出すのを待っているのだ。直接的に殴ったり蹴ったりの暴力はしてこない。精神的に追い込むように言葉責めを繰り返す。
僕が視界で見える色に狂ったように苦しんでいるのは事実ではあるのだけれど、色狂いの本当の意味と僕はかけ離れている。
色狂いとは狂ったように女遊びをすること。放蕩野郎と周りにイメージを植え付けてるのだ。実際この学校の殆どはそう思っているはず。言い返しもしなければ認めると同義。
だが、声の主と黒の靄共が完全に一致していない状況で手を出してしまえば、無関係な周りに被害が出る。そうなってしまえば停学か退学。
少しでも成長に繋げる。
僕が生きるにはこの道しか無いのだ。ただひたすら耐え忍んで、耐えて耐えて……。
いつまで?
弟の夢だった侍になるまで。
教室も聞こえてくるのはヒソヒソとした悪口。
教師陣からも爪弾きされている。
授業も集中出来ない。聞こえてくるのは悪口がヒソヒソガヤガヤ。耳に集中しないといけないのに……、
白い線が歪んで見えてくる……。
『イログルイキテルヤン』『ナンデキタンダロ?』『サッサトヤメテクレレバイイノニ』『オンナノテキ』『メカクシキモチワル』『シンデクレナイカナ』
四時限終了のチャイムと同時に僕は逃げるように駆け出した。心が折れるのを必死に我慢して走った。まだ負けてない。まだ負けてない。
唯一落ち着ける場所のダンジョンへ。
戦闘職学校というだけあって迷宮化した施設をいくつか持っていて、入学したての者でも入れる初級ダンジョンがある。
一階部分は魔物も出ない。ようは雰囲気に慣れる為の準備体操の役割を持つダンジョンである。
それでも集中を増して気配察知の精度を上げる。地下施設のように整備されているわけではないから、躓きでもして転けて怪我をしたら笑い者になるのは目に見えている。
白い線で立体を形作り、頭の中で地図を創る。
「あれ?」
思わず声が出た。今まで何回も逃げてきたこの場所に気付かなかった狭い部屋がひとつ出来ていたのだ。
「隠し部屋かなにかかな?」
入口付近、数歩歩いたその先に、通路の左手、壁の向こう側。道と繋がっていない独立した四角部屋。
「うわっ」
手が壁に触れた瞬間僕は喰われた。壁が大きく口を開けて飲み込むように。
「はじめまして~」
僕はそこで運命的な出会いを果たす。
この時は訳も分からず固まって四つん這いで声の聞こえる方を見上げていたから、これからずっとワンちゃん呼ばわりされるのだけれど。
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