第6話5 大聖女は好々爺に質問します

「ラ、ライル団長さまがお見えに?」


 突然の訪問を告げられ、セレスティアは動揺した。二度と会うことはないと思っていた相手が平然と戻って来たからだ。今、彼女の脳内では様々な憶測が飛び交っている。


(この一年、死神皇帝に会いに行くと言って、大聖堂へ祈りを捧げに来た者達は悉く消されたのに何故、彼だけが無事に生還出来たの?もしかして、皇帝が気に入るような何かを献上したとか?それとも、何か弱みでも握っているの?うーん、どうして???)

 

 セレスティアは知らない。消されたのは単純に悪事を働いてた輩たちだということを・・・。死神皇帝は理由もなく、人を殺したりしないということも。


「大聖女セレスティア!!ぼーっとするではない。しっかり、加護のおかげだと献金をむしり取ってこい!!」


 大神官ユーティスは、相変わらず口が悪かった。


(――――恩を着せて、金をむしり取れっていうような教団は絶対に信じてはいけないわ。でも、そんな教団に所属してしまっているのよね、私。しかも、広告塔のトップである大聖女という肩書・・・。――――はぁ、最悪だわ)


「大聖女セレスティア、今回こそナディアさまを私の部屋へ」


(うっとりとした口調が気持ち悪っ。こいつとは目も合わせたくないわ・・・)


 大神官アマルは本日も女性のことしか頭にないようだ。ライルの部下ナディアと言えば、お色気満点のナイスボディを持つお姉さんである。彼女を部屋に連れ込んで、この男は何をするつもりなのか・・・、想像したくもない。


「はぁ・・・・」


 セレスティアはため息を漏らす。


「大聖女セレスティア!!貴方は大聖女なのですから、ため息など吐いてはいけませんよ。さあ、急いで下さい。ライルさまをお待たせしています。本日も沢山のご加護を与えて、ご寄付を稼いで下さいね」


(この男、口調は優しくても、心が下衆なのよね~)


 一見物腰が柔らかくて、善良そうに見える大神官ナイルが、三大神官の中で一番厄介だとセレスティアは知っている。


 急かされて仕方なく、セレスティアはライルの待つ部屋へと向かった。


―――――


「――――お待たせいたしました。ライル団長さま」


「いえ、僕が突然お伺いしたので、お気になさらず・・・」


 ライルは首を左右に振る。そして一度、背筋を伸ばし直してから、真剣な面持ちで口を開いた。


「大聖女セレスティアさま、無事にフレドリック皇帝陛下との面談を終えることが出来ました。強力なご加護を掛けて下さり、ありがとうございました」


「――――そうですか。無事にお戻りになり安心いたしました」


 セレスティアは心の中の焦りを表に出さないよう、営業用スマイルを浮かべてゆっくりと言葉を紡いだ。


(先日の話題が出ませんように・・・。願わくば永遠に忘れておいて欲しいわ。あの相談は私ではなく、聖女仲間の悩みだということにしているから、大丈夫だとは思うけど)


 ところがライルは彼女が一番出して欲しくない話題を、あっさりと切り出す。


「大聖女セレスティアさま、お仲間の聖女様に僕のアドバイスをお伝えになられましたか?」


(えっ?そ、その話題からなの!?どうして!!出来れば、死神皇帝の話をして欲しいのだけど・・・)


「え、ええ、伝えました。彼女はそういう選択肢もあるのですねと申しておりました。良きアドバイスをありがとうございました」


「そうですか。ところで、大聖女セレスティアさまはご結婚をどうお考えですか?」


 ライルは前髪を後ろにかき上げながら、ストレートな質問を投げかける。整った顔が露わになり、セレスティアは一瞬ドキッとしてしまう。


(艶々の黒髪をかき上げたら、こんなにハンサムなお顔だったのね。だけど、私はやっぱりフレドの顔の方が好き。あ、いや、そう意味じゃなくてーって、んんんっ何!?えっ、そういう意味なのかな?)


 頭の中に広がるのは優しく彼女の名を呼ぶフレドの顔だった。


(――――認めよう。私はフレドの顔、あの優しい瞳が大好きなのよ。ああ、あんな人だったら結・・・って、バカね。実現出来ないことを考えるのは止めよう。虚しくなるだけだわ・・・)


「――――そうですね、大聖女というお役目を女神さまに授けていただきましたので、人々のために祈りを捧げていくことが私の使命だと考えております。結婚をする予定はありません」


「それでは、あなたの幸せはどこにあるのですか?」


「私の幸せは、人々の笑顔と健康を守ることです。なので、ライル団長さまがお怪我もなさらず、無事に皇帝陛下との謁見を終えられたとお聞きして、私は幸せな気持ちになりました」


(よし!今のところは上手く逃げられているわよね。これ以上、追及しないで欲しいわ!)


「そんな・・・、僕はあなたも幸せになるべきだと思います!」


「ライル団長さま、私は今、この瞬間も幸せを感じておりますので大丈夫です。お心遣いありがとうございます」


 ライルは違和感を持った。先日は少し私的なことを口にしてくれたセレスティアが、今日は大聖女としての言葉しか口にしてくれないからだ。しかし、これ以上、ここで押し問答をしても仕方がない。ここは一旦引いて祖国へ戻り、父であるガルシア王国の国王に彼女へ求婚する許可を貰うことが先決だと考えた。


 根回しは上手い方である。先に周りを固めてから彼女を迎えに来ればいい。ここに来る商人や貴族の信者は彼女を娶れるほどの財力など持ってないのだから。――――焦る必要ないと自分に言い聞かせる。


「分かりました。大聖女セレスティアさまがお幸せならば、僕も幸せです。また、会いに来ます」


「はい。お待ちしております」


 彼女はライルの前に一歩近寄る。彼は片膝を折り、頭を垂れた。セレスティアは慣れた手つきで彼の黒髪を両手で覆うと、神聖力を使って加護を付与する。


「――――魔物除けの加護を施しておきました。どうぞ、これからの旅路もお気を付けて・・・」


「ありがとうございます。感謝いたします」


 ライルは胸に手を当て、感謝の意を伝える。セレスティアはにこやかな笑みを崩さず、堂々としていた。



――――――


 「大聖女様、上手く儲ける秘訣その一は、人材を大切にすること。我が社のチョコレート工房では修業中の若者をサポートするため、新人一人に二人の指導員を付けています。また、仕事に達成感を持たせるため、個人目標を月ごとに決めて、その目標を達成したら、月給に銀貨五枚の上乗せをしてあげるとい・・・」


「――――銀貨五枚!?」


 ロドニー翁が話している途中で、セレスティアはつい驚きの声を上げてしまう。


(銀貨五枚なんて、私、一度も貰ったことがないのだけど・・・)


 午後から常連のロドニー伯爵こと、好々爺のロドニー翁が大聖堂へやって来た。ロドニー翁は伯爵領地の経営だけではなく、高級チョコレート店や皇家御用達のレストラン、そして、食品の輸入業などを手掛ける有名な実業家だ。


 いつもは商売繁盛を二人で祈り、簡単な雑談を交わして終わるのだが、目下、ベリル教団から上手く逃げる方法を模索しているセレスティアは今回、彼の専門分野である商売についての話を聞いてみることにした。


(大聖女の職を辞したら、私も何かしらの仕事をしないと生きて行けないわ。何かを学びながら、見習いで働いたらどれくらいの報酬が手に入るのかを聞きたかったのだけど・・・。まさか、チョコレート職人の修行をしている新人の月給が金貨一枚と銀貨五枚で、プラス目標を達成したら銀貨五枚の上乗せですって!?――――ショック!ええ、かなりショックだわ・・・)


 現在、大聖女セレスティアの報酬は月に銀貨三枚。しかし、教団の部屋と食事を使っているということで銀貨二枚が差し引かれ、手元に入って来るのは銀貨一枚だ。これは手作りお菓子用の材料を買ったら終わる程度の金額である。当然、セレスに貯えなど一切ない。というかこの給金でそんなこと出来るわけがない。


「大聖女様が銀貨五枚で驚かれるとは・・・。あの、―――――いや、これは大聖女様に聞いてはならない話題でしょうね」


 ロドニー翁は歯に何か詰まったかのような顔をしている。聞きたいが聞いてはダメだと心の中で葛藤しているようだ。彼が悩んでいる間にセレスティアは神聖力を放ち、部屋に防音の結界を張った。


「ロドニー伯爵さま、大丈夫です。部屋に防音の結界を張りました。ご質問をどうぞ」


「いやはや、大聖女様が防音結界まで御出来になるとは・・・。大変申し訳ないのですが、私が聞きたいのはとても非常識なことかもしれません」


「遠慮なくどうぞ」


「では、遠慮なく。――――大聖女様の報酬とはおいくらなのでしょう?差し支えなければお聞かせください」


「―――――毎月、私の手元に届くのは銀貨一枚です」


「なっ!!!大聖女様の働きに対して、銀貨一枚だと!!!!これは詐欺だ!!まごうことなき不正だ!!皇帝陛下にお伝えしなければ!!!!!」


 急に敬語も何もかもをすっ飛ばし、憤慨するロドニー翁。


「大聖女様、この教団は問題がある。この爺にお任せください。少し調べてみます故・・・」


「いえ、そんなことをしたらロドニー伯爵さまにご迷惑が・・・。どうぞ今日、私から聞いたことはお忘れになって下さいませ。――――きっと、私の元へお金が届かないのは、孤児院や救済院へ回しているからでしょう。いつも沢山のご寄付をいただきありがとうございます」


 セレスティアは出来るだけロドニー翁を宥めるため、ゆっくり優しい口調で語り掛けた。すると、最初は興奮していた好々爺だったが、徐々に落ち着きを取り戻して行く。


「―――――分かりました。大聖女様がそうおっしゃられるのでしたら、ここでお聞きしたことは胸に閉まっておきます。それから、大した足しにはなりませんが、またチョコレートなどの差し入れを持ってまいります。お菓子ならば、没収されることもないでしょうから」


「はい、ありがとうございます。ロドニー伯爵さまのチョコレートはとても美味しくて大好きなので嬉しいです」


 先日、フレドリックが美味しいと言っていた時の顔がセレスティアの脳裏を掠める。


(フレドはあのチョコレートを気に入っていたみたいだから・・・。また、ロドニー伯爵から貰った時は、イーリスの泉に持っていこう・・・)


「ええ、ええ、そうやって大聖女様に喜んでもらえるのなら、私も嬉しいです」


 ロドニー翁はまだ何か言いたげな雰囲気だったが、セレスティアが上手く話題を逸らしたので、口には出さず帰って行った。


(これは失敗したかもしれない。明らかにロドニー伯爵さまは私のことを心配している顔をしていたもの・・・)


 セレスは次は誰からアドバイスを貰えばいいのだろうと頭を悩ます。今日のように何の策も立てず下手な会話をしたら、この教団が悪徳教団であるという悪い評判が世の中に知れ渡ってしまいそうだと思ったからだ。


(悪評なんかが立ったら、いよいよ、ここから逃げられなくなってしまうわ。この泥船と一緒に沈む?そんなの絶対に嫌・・・)



――――後日、セレスティアはこの好々爺の行動力を甘く見ていたと反省することになった。

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