第四十九話【S駅の怪①】
◆
『エクスプローラーJP』の朝のニュースは、静岡県で発見された新種のダンジョンを報じていた。
「静岡県S駅で、新たにダンジョンの発生が確認されました」
ニュースキャスターの声が静かに響く。画面には駅の外観が映し出されている。
「特徴的なのは、駅そのものがダンジョン化しているわけではないという点です。特定の手順を踏むことで、駅のどこかに出現するダンジョンの入り口から潜入する──これは従来の形態とは大きく異なります」
発見の経緯について、キャスターは続ける。
「発見のきっかけは、一般の方々の遭遇事故でした。数名がダンジョンに迷い込み、そのうちの一人だけが生還。この方の証言により、ダンジョンの存在が明らかになりました」
画面は次第に暗転し、探索者たちの活動記録が映し出される。
「複数の民間探索者団体が調査チームを送り込みましたが、現時点で全員が未帰還となっています。さらに、国家探索者で構成された調査チームも、同様に帰還できていない状況が続いています」
キャスターの声はやや硬いか。
「しかし、一般の方が生還できた事実は重要です。これは、このダンジョンが決して探索者の手に負えないものではないことを示唆しているのです」
画面は静岡県庁に切り替わる。
「この状況を受け、元丙-1級認定探索者でもある静岡県知事は、調査継続を決定。同時に、県外の大手探索者団体への協力要請も行っています」
映像は再びS駅の外観に戻る。
「なお、一般の方々の安全を考慮し、現在S駅構内では監視員が24時間態勢で警戒に当たっています。県は引き続き、ダンジョンの性質解明に向けた取り組みを続けていく方針です」
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──静岡か。そういえばこれまではずっと都内のダンジョンばかりだったな
片倉はテレビに映るS駅の映像を眺めながら、ふと思った。
視野を広げる時期なのかもしれない、と。
都内にこだわる必要はないのかもしれない──そんな思いが頭をよぎる。
確かに東京は探索者にとって便利な土地柄だ。
ダンジョンが密集し、装備の調達も容易。
何より協会本部があるという安心感がある。
だが、その利便性に甘えすぎていたのではないか。
新たな試練を求めるなら、活動範囲を広げるのも一つの選択肢だろう。
ただ、静岡となると話は簡単ではない。
協会の動きがどうなるかまだ不透明な部分が多い。
確かに協会は関東一円で最大の探索者団体ではあるが、静岡は中部地方に分類される。
支部は存在するものの、どこまでのサポート体制が整っているのか片倉には見当もつかない。
さらに厄介なのは地域の探索者団体との関係だ。
各地方には歴史ある探索者団体が根を張っている。
勝手に他所の探索者が入り込めば、軋轢を生む可能性も高い。
特に静岡というと、指定暴力団【六代目川口組】の影響力が強い土地柄だ。
かつての暴力団とは様相が異なり、今の暴力団はダンジョン探索を主な収入源としている。
もともと暴力団に入るような人間は渇望の度合いが強く、暴力への躊躇も少ないため、探索者として優れた素質を持つことが多い。
現在の暴力団は探索者中心の組織となっており、川口組も例外ではない。
ダンジョン探索自体は違法ではないものの、彼らが今なお指定暴力団とされているのは、ダンジョンから得た資源を国外の犯罪組織に横流ししているためだ。
ダンジョン素材を使用した違法薬物の製造と売買は、当局が最も警戒している分野の一つとなっている。
探索者の世界で法の外側に立つ彼らは、自分たちのテリトリーに無断で入り込もうとする者には容赦しない。
片倉はその現実も踏まえた上で、行動を決めなければならなかった。
──とはいえ
どうにも退かれる部分があるというのは事実だった。
さらにいえば、サポート体制がどうとか地元の探索者の関係がこうとか、そういった事にかかずらって探索を避けるというのは、それはそれでなんだか "違う" ような気もする。
どの程度危険なのかもわからないダンジョンに、率先してもぐりこむというのは "試練" としてうってつけなのではないか?
「静岡か……」
片倉は低く呟き、画面に映る駅の映像をじっと見つめ続けた。
◆◆◆
時は遡る。
血走った目をした男が、線路沿いを疾走していた。
迷彩服のような服装から一見すると自衛隊員のようにも見えるが、男の素性は六代目川口組の構成員だ。
木下 平吉、25歳。
目元に傷の跡があり、暴の気配を色濃く発しているごんたくれ(乱暴者の意)である。
気風も見た目通りで、17歳の時にちょっとした諍いから父親を殺した。
少年院から釈放された後も転がり落ちる岩の如く大小さまざまな犯罪に明け暮れ、やがてその反社会性に目を留めたとある暴力団員にスカウトされて今に至る。
「畜生、みんなやられちまった……佐藤のアニキも、みんなみんな!」
木下は息を切らせながら呟く。
焦りながらも、走る速さは大したもので、オリンピックの金メダリストレベルの速度で地面を蹴っていた。
だが、どれだけ走っても線路に終わりが見えない。
「寄生型か? それとも……」
木下は最近の上納金の高騰に頭を悩ませていた。
そんな折、とある探索者団体から依頼を受けた。
S駅の調査──新規ダンジョンの踏破データ収集である。
踏破データとは、ダンジョンの未確認要素を解明することだ。
特に新規ダンジョンのデータは高値で取引され、国や他団体からの評価も高い。
しかしその分リスクも大きく、多くの団体は所属探索者を失うリスクを避けるため外注する事も珍しくはない。
問題は外注を受ける個人、あるいは組織だ。
まっとうに探索者稼業をしている者ならば良いが、残念な事に行き場のない者たちを集めて、最低限の装備などを渡したうえでダンジョンに放り込んだりする者たちがいる。
それが暴力団をはじめとする犯罪者組織であり、こういった経緯で探索することを俗に "闇バイト" と言ったりする。
ともかくも依頼を受けた木下ら数名の暴力団員は、このダンジョンで何かに遭遇したらしい。
それがトラップかモンスターなのかは分からないが、次々と数を減らしていまや木下一人が何かから必死に逃げている。
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不意に木下が足を止めた。
耳にどん、どんという重低音が届く。
まるで祭りばやしの様な──。
音はどんどん大きくなっていく。
木下は両手で耳を塞いだ。
しかし、どん、どんという音は容赦なく頭蓋の中に響き渡る。
「音は、だめだ、聴いちゃだめだ! くそ、くっそおおおお!」
叫びながら木下は腰のドスを引き抜いた。
目は爛々と輝き、手に握られた刃がぎらりと鈍く光る。
木下はその刃をじっと見つめ、そして──
ガチンと歯を噛みしめ、涙を流しながら自らの右耳に刃を当てた。
一気に切り落とす。
夥しい血が噴き出すが、木下は激痛に耐えながら今度は左耳へと刃を向け、一息に切断。
激痛で頭さえも痛くなるがしかし、いまはそんな痛みよりも重要な事がある。
「聴こえない……助かったか?」
血まみれになった木下は、わずかに安堵の表情を浮かべた。
そうしてゆっくりと歩き出そうとした、その時。
どん、どん──。
「あ、あああ……」
木下はその場に座り込み、股間から生暖かい液体が流れ出た。
暴に生き、人を殺めた事さえある男の何とも情けない姿。
だが今の木下にはそんな事を考える余裕などない。
ふと自分の手を見ると、血管が倍するほどに太くなり、盛り上がっていた。
その色は不自然なほどにどす黒い。
「ひっ」
乙女のような甲高い悲鳴を上げる木下だが、血管はぼこりぼこりと盛り上がり続け──そして。
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月、木の週2更新です。
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