第二十九話【救出】

 ◆


 最初は緩やかに、次に早足で、最後は颶風ぐふうの様に。


 片倉はうねる闇に鋭い手刀を打ち込んだ。


 湿ったぬるりという感触──ここの闇は質量を持っている。


 片倉はかき混ぜるように闇をミキサーし、ややあって指先に感を覚えた。


 ──沖島さん、か? 


 思うがいなや闇の塊を引き剥がし、ちぎり捨てた。


 やがて現れたのは、顔色を蒼褪めさせた沖島瑞樹である。


 脈を取るが反応はない。


 瞳孔は開きっぱなしで、端的に言えば死んでいる。


 大して付き合いのない、その場だけの仲間が運悪く死んでしまったというだけの事だ。


 まあ外傷はないし、さらわれてから時間もそこまで経っていない以上、蘇生措置を施せば生き返るかもしれない。


 しかしこの闇の中で危険を犯す意味があるかと言うと疑問だった。


 蘇生措置は集中力も使うし、少なからず時間もかかる。


 奇襲でもされれば笑い話にならない。


 しかし片倉は数えあげればいくつもあるデメリットを全て無視して、その場へかがみこんだ。


 瑞樹のボディアーマーを外して、胸を露出させる。


 そして瑞樹の唇へ自身のそれを触れさせ、胸骨をへし折らんばかりに強く押す。


 それを繰り返す。


 片倉の脳裏には6つの人影があった。


 それを7つにしたくないという思いが片倉にはある。


 そして──


 ・

 ・


「うっ……は、ごほッ!! は、はあ、はあ……」


 瑞樹の頬に赤味が差し、呼吸が戻る。


 そして暫時ぼうっとして自身の体を見て、片倉にじとっとした視線を向けてから俯いた。


「なんだか不可抗力だって言うと変に誤解されそうですが、不可抗力ですよ」


 片倉はいつもの不愛想ヅラだ。


 この男は失ってしまったものが多すぎて、いくつかの感情の発露が鈍くなっている。


「知っていますけど……助けてくれてありがとうございました」


 そういって瑞樹はいそいそと胸を隠す。


 片倉が後ろを向いて周囲を警戒をしていると──


「なんで、助けてくれたんですか?」


「仲間だから。助けられるかもしれなかったから。それだけです」


 片倉の返事はつれない。


「……ありがとうございます」


 瑞樹がもう一度礼を言い、二人はその場を立ち去った。


 ◆


「あの、折角助けに来てくれて嬉しかったんですが、どっちにいけばいいか分かりますか……? ウォーカーのマップ、ここら辺は範囲外みたいで……未踏査領域です。踏破の進捗が進むのは嬉しいですけど、無事に帰れないと意味がないですから。赤い街灯は……近くにはないのかな、見渡しても真っ暗ですね……」


 ウォーカーは"協会"が配布するダンジョン探索支援端末だ。


 そして"踏破"とはダンジョン内の未知を既知にすることである。


 "踏破"はほんの僅かでも進捗が進めば、数十万円単位でボーナスが出る。


 そうして既知になった数々の情報は協会所属の探索者のウォーカーに共有される。


「来た方向は概ね分かります。そっちに行ってみましょう。沖島さん、離れないでくださいね。毎回助けられるとは限らないので」


「はい!」


 瑞樹は元気よく返事をして、何を思ったか片倉の手を繋いだ。


 片倉が無機質な視線を向けると、瑞樹は「うっ」とひるむが手は離さない。


「確かに離れるなとはいいましたが。ああ、でもこの辺の霧も、なにやらただの霧じゃないですしね……。でもモンスターが出たらすぐに離してくださいよ」


「っ……はい!」


 再び元気よく返事──今度は少し嬉しそうに。


 それはまるで、自分の居場所を見つけた様にも見えた。

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