第六話【待ち受けるは】

 ◆


「よう、小堺! よく来てくれた!」


 水川鉱山ダンジョン探索の前線基地、『水川第一探索拠点』で4人を迎えてくれたのは、小堺と同期の探索者の原田だった。


 原田はここに配属されて1年で、小堺と同様に自分のチームを率いている。探索者稼業に手を付ける前は林業に携わっており、周辺環境に対する観察力や、自前の体力に優れていた。実に探索者向けの男と言えるだろう。


 六道建設側からも信頼が厚く、配属前は別の拠点でもそれなりの立場にいた。


「嬢ちゃんらも兄さんも久しぶりだな、今ちょっと手が足りなくてよ」


「穴埋め業務だよねー? この拠点に配属されてる探索者も結構いるはずだけど?」


 海鈴が原田にそんなことを言うと、原田は重々しく頷いて同意する。


「まあな、1チームが未帰還になったくらいなら別にそこまで支障はない。そのチームがやるはずだった仕事を別のチームに振って、救出部隊を編成してってな。そこまでしても仕事に遅れは出ないと思う。でもウチのお偉いさんが贔屓してるチームでな、そこのリーダーが役員の親族らしくて、仕事が多少遅れてもいいから救出に注力してくれって話だ。お前たちだけじゃなくて、別エリアに配属されてる連中も何チームか来ているよ」


「でも小堺さんが聞いたのは、通常業務の穴埋めって話……ああ、話が広がらないように建前上は、って話なんですね」


 沙耶がそういうと、原田は再び頷いた。


「まあそういうわけだ! それで早速なんだが、潜る準備ができ次第ダンジョンに向かってくれないか? ただ無理はしないでくれ、二次遭難なんてことになったら目も当てられないからな! お前たちのチームは、ええと、第6採掘層の北側だな。踏破エリアと未踏破エリアがある。後者はもちろんだが、前者でも油断するなよ!」


 言うなり忙しそうに駆け出していった。原田が向かった方向には複数の人影が見える。


「随分なお大尽様が遭難しちゃったってわけね」


 沙耶が呟くと、ふと小堺の様子がおかしい……というか、落ち着きがないように見えた。


 小堺は片倉を見ているのだが、どこか気遣わし気な目つきをしているのだ。


 片倉はと言えば、やはり普段とは様子が違う。


 いつも我関せずといった風にその場にいるだけだった片倉だが、今の様子ときたら──


 ──片倉さん、少し怖い


 沙耶は我知らず少し後ずさった。気迫とも違う、鬼気のようなものが片倉の全身からゆらりと立ち上っている様に見える。


「お、おーいカタさん~? どうした~?」


 海鈴が恐る恐る声をかけると、片倉は一言「行きましょう」とだけ答えた。


 ◆


 第6採掘層へ向かう道中、片倉の脳裏には「あの事」がリフレインしていた。


 成功の見込みを持って行われた探索がアクシデントによって失敗する──探索者にとってはよくあることだが、片倉はそれによって不可逆的な喪失を被ったのだ。


「ていうかさ~、第6採掘層にまわされるってことは、私たちにそれなりの成果を期待してるのかもしれないけど、それって私たちからしたらいい迷惑だよね~」


 足元の石ころを飛ばしながら海鈴がボヤく。


 第6採掘層は現在探索中の階層であり、踏破エリアと未踏破エリアが混在する危険が大きいエリアだ。


 当然の話だが、そのエリアにおける未踏破率が高ければ高いほど、探索者にとっては危険な環境となる。


 というのも、ダンジョンは基本的に形成された元環境に準じる形で形作られるが、単純に形を変えるだけではなく、そこには悪意のスパイスがふりかけられていることがままあるからだ。


『前方30m、毒霧湧出地帯ニ、注意シテクダサイ……』


 小堺が装着しているヘッドセットから、カーナビのナビゲーション音声にも似た声が響いてきた。


 その声は他の3人が片耳に装着しているイヤホン型の受信機にも同時に届く。


 それだけではなく、4人が先を進んでいくと次々と


『前方30m、暗黒地帯ニ、注意シテクダサイ……』


『前方10m、針罠ニ、注意シテクダサイ……』


 とナビゲーションが続く。これは六道建設が開発したナビだ。


 ちなみに、暗黒地帯とはどういう原理か、あらゆる光源が役立たずになる空間で、針罠とはその名の通り地面から足の甲を貫く程度の針が飛び出してくる罠だ。


 このように、ダンジョンには様々な罠が張り巡らされていて、それらを明らかにしていくことで踏破率を上げることができる。


 踏破率を上げるためには、他にもそのエリアに出没するモンスターの種類や生態を明らかにすることもあり、最終的に踏破率を一定以上まで上げれば「踏破」とみなされる。


「何度も同じことを言ってしまって恐縮なんですけど、踏破エリアだからといって油断をしないでくださいね」


 小堺が注意を促すと、沙耶と片倉は頷き、海鈴は親指を立てて応えた。


 チームのリーダーが慎重であることに越したことはない。3人も特に口応えなどはせず、小堺の注意を受けて改めて周囲へ気を配る。


 結局のところ、踏破されたエリアなら安全だなどという考えは探索者側の都合なのだ。


 今や世界中に広がるこのダンジョン発生現象のいわゆる主犯というものがいるかどうかは定かではないが、もし存在するならば、それは悪辣な意図を持っているのだろう。


 探索者たちの涙ぐましい努力を嘲笑うように、時折ダンジョンではアクシデントが起こる。


 例えば、何度も何度も探索されて踏破率が100%になったエリアで、これまで一度も確認されたことがないモンスターと出遭ってしまったりだとか。


 ◆


 4人は順調に探索を進めていく。


 モンスターも出現したが、4人は手際よく処理していった。いずれも探索に十分な力量を有しており、少なくともこの浅い階層で不覚を取るような未熟な探索者ではない。


 また、各々は自分に合った得物を用意してきている。


 小堺は鉈、沙耶は小太刀に似た斬撃武器、海鈴はパチンコ、そして片倉は短刀である。


 銃は使わない。なぜならそんなものではモンスターが倒せないからだ。


 これは探索者の共通認識なのだが、ダンジョン領域は特異な性質を有しており、自分の力が伝導しない得物は大きく弱体化されるのである。


 例えば銃だ。これは引き金を引くだけで相手を傷つけることができる。女でも子供でも老人でも、屈強な男でも弾丸の威力は変わらない。


 しかし、こういった得物はダンジョン領域内では役立たずの代物に成り下がる。


 発射された弾丸は、ダンジョンの最も弱いモンスターの皮膚を破ることもできないだろう。


 なお、パチンコはセーフだ。子供がゴムを引くのと力自慢がゴムを引くのとでは、発射される弾の威力は大きく異なる。


 どういった理屈でそんなことになるのか、いまだ解明されてはいないが、そうなっているのだから仕方がない。


 ちなみに、とある国が以前ダンジョン内で戦術核を使用したことがあったが、その際にはせいぜいが手榴弾程度の威力に減じてしまった。


 故に探索者は皆、前時代的な得物を持ってダンジョンを探索する。


 ・

 ・

 ・


 事は始まりは第6採掘層に足を踏み入れた時に起こった。


「血ね、遅かったかしら。──いや、でももしかしたら間に合うかもね」


 沙耶が地面にぶちまけられていた赤黒い液体を指で拭い取り、匂いを嗅いだり親指と擦り付けて粘りを確認したりしながらそんなことを言った。


 救助対象が時既に遅く、死亡していたということなど珍しくもない。


「死体を確認するまでは探索を続けたい」


 ここで片倉が発言した。


 それを珍しく思いながら沙耶も頷く。


「うん、私も賛成。助けられるものなら助けたいしね」


「それはいいけど、私はいや~な予感がするんだよね~」


 海鈴が言うと、小堺も同意する。


「僕もです」


 そしてなんとなく3人の視線が片倉へ注がれると、片倉も少し戸惑いながら頷いて言った。


「俺もです。遭難した探索者チームも第6採掘層を担当するだけの実力はあったわけですから。注意して進みましょう」


 さすがに嫌な予感だけでは探索を切り上げる理由にはならない。4人はある程度の危険を覚悟した上で進むことにした。


 その判断自体はごくごく一般的なものだったが、問題は覚悟した危険の総量が4人の予測を大きく上回った点である。

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