03.誕生日のプレゼント

「十五歳の誕生日、おめでとうフィオ」


 そう言って渡されたのは、かわいいクマのぬいぐるみだった。

 去年は犬のぬいぐるみ。一昨年は猫のぬいぐるみ。その前は鳥のぬいぐるみ。さらにその前はネズミのぬいぐるみ。


 毎年ちょっとずつ大きくなっていて、今年は私の上半身くらいあるサイズのぬいぐるみだったわ。


「わぁ、ありがとう! 嬉しいっ!」


 ぎゅうっと抱きしめると、ふかふかしてあったかい。

 エリオス様を見上げてえへへと笑うと、エリオスもふんわりと頬を緩めて私の頭をよしよししてくれる。

 七歳の頃から、ずーっと変わっていない、このやりとり。

 今もエリオス様の中では、私は七歳の少女のままなのかな。


 けど私は今日、十五歳になった。

 七歳のおバカだった私とは……決別とまではいかなくても、成長したと思ってるの。

 相変わらず、王宮の人たちや周りに変って言われているのも知ってるけど。


 休みとあらば、嬉々としてエリオス様を連れ出して、庶民にまじって城下を堪能しているんだもの。

 奇異な目を向けられることだって、慣れてる。私を疎ましく思う人がいることも、知ってる。


 そんな私をずっと変わらず温かい瞳で見守ってくれている、エリオス様。


 でもプレゼントは、一般的には少女にあげるものとされている、ぬいぐるみだった。

 もちろん嬉しい。誕生日を覚えていてくれる、それだけで涙が出そうなほど。

 だけど私は、そんなに変化がないの?

 昔侍女に言われた、〝変かわいい〟まま?


 背は伸びた。

 胸だって大きくなってる。

 淡い栗色の髪も、腰まで伸ばした。

 エリオス様の長い銀髪がきれいで、私もあんなふうになりたいと思ったから。

 私の髪は伸ばすたび、ゆるくウェーブがかってしまったから、エリオス様のようなストレートの美しさは出なかったけど。


 出会った時から、エリオス様はかっこよかった。

 深い銀色の髪と、太陽のようにキラキラした琥珀色の瞳。

 今はさらに、男の人らしい色気と力強さも備わっている。

 それでいてお茶目で、懐がどーんと大きくて、なにがあってもとにかく笑顔!

 エリオス様の嫌な顔をしているところなんて、今まで見たことがない。

 私の奇抜な行動にも、「わお」とだけ言ってぜーんぶ受け入れてくれる、底抜けに優しい人。

 第二王子という身分でいつも忙しくしているのに、毎日会いたいという私の約束を五年間守り続けている、すごい人。


 いつもかわいいって頭を撫でてくれるのは……私が、七つも年下だから?

 だって、エリオス様が他の女の人にそんなことをしてる姿なんて、見たことがない。


 エリオス様がくれた、大きなクマのぬいぐるみ。

 それは私を……子どもだと思っているからに他ならないのよね……。


「今年は、デビュタントになる年だね」


 エリオス様が目を細ませながら言った。

 この国での社交界デビューは、十五歳からということになってる。

 成人は十六歳で、結婚できるのもそれからだけど。

 それでも十五歳っていうのは特別で、大人に踏み出すための第一歩としての年齢とも言われてる。


「フィオ。一ヶ月後のデビュタントボールには、誰と行くか決めたかい?」

「いいえ。でも私はお父様とじゃなく、エリオス様と行きたいわ」


 通常、婚約者のいない者は、兄や父や叔父なんかがエスコートする。

 なのに私は婚約者でもない、この国の第二王子にエスコートしてもらいたいと思ってしまっているの。

 私の願いをだめだと言ったことのないエリオス様だけど、さすがに断られるかもしれない。

 そう思って覚悟しながら言ったのに。


「もちろん。決まってないなら僕と行ってほしいと言うつもりだったんだよ」

「ほんと?」

「本当」


 エリオス様は跪いたかと思うと、私の手を取って、甲にキスをしてくれた。

 と言っても、キスは真似るだけで本当に触れるわけじゃない。それが紳士の嗜みだから。

 それでもエリオス様が初めてこんな行動をとってくれたことに、心の中はたくさんのお花を咲かせたみたいに浮かれてしまう。


「……フィオ? 嫌だった?」

「う、ううん! そうじゃないの。そうじゃなくて……っ」


 どうしよう。なにか伝えたいのに、上手く気持ちを言い表せない。

 銀色の髪を靡かせて立ち上がったエリオス様は、私より頭ひとつ分高くて。

 私は抱きしめているクマのぬいぐるみを、エリオス様へと突き出した。


「ん!?」


 クマの鼻を、エリオス様の唇へと押しつける。

 第二王子にキスなんて許されないから、代わりにクマに。

 精一杯の気持ち込めて。

 私のこの心が、エリオス様に少しでも伝わっていたら嬉しい。


「……わお。クマのぬいぐるみとキスなんて、初めてだよ」


 エリオス様は、相変わらずなにをしても笑っている。


「貸して」


 そう言ってエリオス様はぬいぐるみを奪っていったかと思うと、同じようにクマの鼻を私の唇に押しつけた。


「んん!?」

「はは! お返し」


 ええっ!? エリオス様、すごく嬉しそうに笑ってるけどこれって……


「か、間接キ……」

「え? ……っあ」


 気づいた瞬間、エリオス様の耳はピンクローズみたいに染まり始めた。きっと私の耳は、レッドローズだろうけど。

 私たちはそれ以上なにも言えず。

 でも目が合うと、お互いにふにゃっと笑っていた。

 照れるエリオス様は、七歳も年上だけど本当にかわいい。

 エスコートしてもらえるなんて、本当に幸せ。




 そのデビュタントボール当日。


「用意はできたかな、フィオ」


 部屋まで迎えに来てくれたエリオス様を見て、私は思わず拝みそうになった。

 いつもは豪奢な服だけど、今日はシックなタキシード。

 深い銀髪になんてよく似合うの……!

 今日の主役はデビュタントだから、華美にならないように気を使ってくれたに違いない。


「……わお」


 ん? 今なにに驚いたの?


「エリオス様、今日はエスコート役を買って出てくれてありがとう! とっても……その、素敵です」


 だめ、顔が熱くなる。

 だって、ずっとずっと大好きだったお兄さんにエスコートしてもらえるだなんて。

 私ったらなんて幸せ者。


「フィオも…………かわいいよ。そのハニーゴールドのドレスも、元気なフィオーナによく似合ってる」

「本当? このドレス、エリオス様の琥珀色の瞳に合わせて選んだの」

「僕の瞳に? ありがとう。嬉しいよ」


 エリオス様の喜ぶ姿を見るだけで、心が豊かになれる気がする。

 私が頬を緩ませて微笑むと、エリオス様は小さく「ゎぉ」と呟いて。

 会場へと向かうと、私たちは笑顔を振りまきながらファーストダンスを楽しんだ。

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