第1話 感性の目覚め
サキが料理に興味を持ち始めたのは、小さなきっかけだった。ある日、母親が作った夕食を口にした瞬間、彼女は強烈な違和感を覚えた。いつもと変わらないメニュー、いつもと変わらない味のはずなのに、その日は何かが違った。何が違うのかは言葉にできなかったが、サキの中で何かが微かにズレた感覚があった。
「お母さん、このスープ、いつもと少し違う…」
サキの言葉に母親は驚いた顔をした。「どうしてわかったの?」と母は尋ねた。実は、いつも使っている塩が切れてしまい、急遽、違う塩を使ったのだ。母は軽い気持ちで試しただけだったが、サキはその違いを一瞬で感じ取っていた。
「サキ、ほんとに感が鋭いのね」
母の言葉に、サキは少しだけ誇らしい気持ちになった。しかし同時に、自分が感じ取っているものが、他の人とは少し違うことに気づき始めた。
それからというもの、サキは食材や調味料に触れるたびに、それが発する微かな香りや味わいに敏感になった。彼女にとって、食事はただの栄養補給ではなく、一つ一つの味が紡ぐメッセージのように感じられた。
ある日、サキは台所で母親の手伝いをしていると、一冊の古いレシピ本を見つけた。茶色く色あせた表紙に「ピラフ」と書かれたその本は、どうやら母の祖母が残したものらしかった。興味を惹かれたサキは、そのページをめくり始めた。
「シンプルな材料で、極上の味を引き出す…」
その言葉にサキの心がときめいた。ピラフは、ただの米料理ではなかった。素材の味を最大限に引き出す繊細な技術と感性が必要とされる料理だったのだ。サキはその瞬間、自分が探し求めていたものが見つかったような気がした。
「お母さん、このピラフ、作ってみたい」
サキの瞳が輝いた。母は少し驚いたが、サキの決意を感じ取り、微笑んでうなずいた。
翌日、サキは市場に出かけた。彼女が選んだのは、新鮮な海老と、甘みの強い玉ねぎだった。ピラフの具材はシンプルであればあるほど、その味が際立つ。サキはそのことを本能的に理解していた。
家に戻ると、サキは早速台所に立った。まず、玉ねぎを薄くスライスし、鍋にバターを溶かして軽く炒めた。その甘い香りがキッチンに広がり、サキの心を穏やかにした。次に、海老を加えて軽く火を通し、米を入れて全体に油がまわるように炒めた。
調味料の加減は、サキにとって一番大切な工程だった。塩、胡椒、そしてほんの少しの白ワイン。それぞれの量を慎重に調整しながら、サキは自分の感覚を信じて一つ一つの味を確認していった。
やがて、鍋の中から立ち上る香りが変わった。それは、サキが想像していた以上に深く、豊かな香りだった。彼女はその香りに包まれながら、心の中で何かが満たされていくのを感じた。
そして、仕上がったピラフを大皿に盛りつけた。まるでお山のように盛られたピラフは、黄金色に輝き、まるで宝石のようだった。
サキはその皿をじっと見つめた。これまでの自分の感覚が全て詰まった一皿。彼女はそっと口元に微笑みを浮かべ、そのピラフを一口味わった。優しい甘さと、海老の旨味が絶妙に絡み合い、サキの舌の上で広がった。
「これが、私の極上のピラフ…」
サキはその味わいに満足しながらも、まだまだ追求すべきことがあると感じていた。そして、サキの探求の旅がここから始まった。
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