第43話 男装の麗人
特筆することもない日々がしばらく続いた後、珍しい客がやってきた。短く切りそろえられたピンクゴールドの髪に切れ長の目を持つ、すらりとした背の高い女性だ。女性と言っても体つきがそうなだけで、着ているのは襟や袖口に細やかな刺繍の入った涼しげなブラウスと、体型に合っていることからオーダーメイド品だとわかるタイトなスラックスという、貴族の男性に近い出で立ちだった。
「いらっしゃいませ」
ここ数ヶ月で様々な客と接してきたおかげで、店に入ってきた瞬間に僕とユルヤナのどちらに用がある客なのか、なんとなく見分けがつくようになってきた。僕の客は大体僕の顔を見た途端にはっとした表情で駆け寄ってくるので、庶民の店の佇まいに戸惑っている彼女はユルヤナの客だ。
「何かお探しですか?」
僕に見分けがつくくらいだから、ユルヤナにもわかって当たり前だ。きらきらの営業スマイルと高い声で優雅に声をかけると、男装の麗人はほっとした様子でカウンターに歩み寄ってきた。僕は見た目と実際の性別が逆の二人を見て少し混乱したけど、態度には出さない。
「こんにちは。こちらにエルメル様のお弟子様がいらっしゃると聞いたのですが、あなたで間違いありませんか?」
「はい、私です。師匠をご存知ということは、魔導薬のご依頼ですね」
いつ見ても華麗な変わり身だ。昼食を買いに外出した際、降り注ぐ太陽に向かって『ちょっとは加減しろ!』と理不尽にキレていた奴と同じだとはとても思えない。
「ええと、その……」
女性はちらりと僕を見た。怖がらせないように少しだけ微笑みながら会釈することも覚えた。
「彼はこの店の店主です。必要なら退席させますが」
「……いえ、大丈夫です」
失礼にならない程度に改めて観察すると、年齢は僕と同じくらいか少し下に見えた。貴族といっても経済状況は様々だと聞くけど、少なくとも彼女の家は裕福に違いない。特筆することがあるとすれば、何らかの武術を習得している者の体つきをしているのが気になった。
「申し遅れました。わたくしはヘルミネ・デューラーと申します」
「ヘルミネ様ですね。魔導薬剤師のユルヤナ・シルヴェンと言います」
「ツクモ・クライスです。魔導技師です」
互いに名乗り合うと、ヘルミネさんは少し安心したようだった。ユルヤナは上目遣いでちらりと見上げながら訊ねる。
「失礼ですが、どなたからのご紹介でしょうか」
腕の良い魔導薬剤師はどんな場所でも重宝されるものの、ユルヤナの活動範囲は下町一帯のため、噂になったとしても貴族の耳に届くほどではない。彼がこの店にいるという情報をどこから仕入れたのかは気になるところだった。するとヘルミネさんは淀みなく答える。
「オルドリーニ家のルカ様からです」
それを聞いて、僕とユルヤナは顔を見合わせた。ルカのファミリーネームを久しぶりに聞いた気がする。世渡り上手なルカは庶子なりに実家ともうまくやっているので、貴族にも顔が広い。しかし僕と会わせても良いと判断する程度に信用している相手となると限られる。僕は古い記憶を辿った。
「思い出した、デューラー侯爵家。ルカの姉さんの嫁ぎ先だ」
「お姉さん?」
以前、ルカが話していたことを思い出した。確か父親、つまり【将軍】と呼ばれているオルドリーニ侯爵直々の命令で、異母姉の結婚式に出席する羽目になったとぼやいていて、その相手がデューラー家の長男だったはず。
するとヘルミネさんは驚いた様子でようやく僕を直視した。庶子とはいえ貴族の子を呼び捨てにしたのが気に障っただろうかと口を押さえたが
「なるほど。あなたがルカ様が仰っていた『隊長』様ですか」
ヘルミネさんのほうも、何やら納得した表情で頷いた。
「……ええ、まあ」
よそでも僕を隊長呼ばわりしているのか、あの男は。
「ルカ……さんの紹介でしたか。承知しました。ツクモ、奥で話してもいい?」
「うん」
鍛えている様子があると言っても、侯爵家の女性が共も連れずに下町を訪れるなど、明らかに訳ありだ。話の途中で他の客が入ってきた時のことを考えて、ユルヤナはヘルミネさんを居住スペースのほうに案内した。ルカの知り合いということなので、他の客が来るまでは僕も同席することにする。
ユルヤナが聞き取りをメモするためのクリップボードを取り出した時、ヘルミネさんが妙にほっとした様子を見せた。
「どういったお薬をお求めでしょうか。ご病気ですか?」
パッと見た限りでは、ヘルミネさんは血色が良く、僕よりよほど健康的に見える。ユルヤナもそう思っているようで、不思議そうに首を傾げた。
ヘルミネさんは目を伏せて少し考えた後、気合いを入れるように背筋を伸ばすと、まっすぐユルヤナを見て話しはじめた。
「私ではなく、知人のために薬を作ってほしいのです」
家族のための薬を買いにくる客は時々いるが、『知人』というのは妙な言い方だと思った。
「訳あって本人はここに来られないのですが、そういう場合でも作っていただけますか?」
「どんな症状かにもよります。重症や珍しい症状なら、できれば一度、ご本人にお会いして確認したいですね」
ただの風邪やちょっとした怪我程度なら、簡単に症状を聞いてその場で調合済のものを渡すこともある。しかし彼女の深刻そうな様子を見るに、まず一般的なものではないのは明白だった。
「そう、ですよね……」
尤もな返事を聞いて、ヘルミネさんは考え込んだ。
「立ち入ったことを伺いますが、侯爵家ともなれば、専属のお医者様と薬剤師がいらっしゃるのでは?」
「ええ、一応。ただ、彼らに診てもらうと家の者に伝わってしまうものですから」
つまり、内部の人間にこそ知られたくないということか。
「なるほど。ご安心ください、患者の秘密はしっかり守ります」
ね、とユルヤナが僕を見上げるので、同じく頷いた。しかしここのところ平和ボケしていた僕は、今更思い出した。ルカが絡む問題は大抵厄介だということを。
「ありがとうございます。つきましては、その……。薬剤師だとわからないように、変装して来ていただくことはできますか?」
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