第108話 お父さんと呼んだら余計な記号を付けられた気がした日
ハウルスベルクで一番大きく、一番設備が整っている病院が国立の王都病院だ。
王都病院は複数名の治療師――回復魔法を使用できる、国の試験をパスした資格持ちの魔導師たちと通常の医学に精通した人間で構成されており、病床数が四桁もあるいわゆるマンモス病院である。
その影響か国に大きな人的被害、例えば魔獣退治に向かった騎士団が怪我をした時などは真っ先にここに運び込まれる手筈になっていた。
怪我人の数が桁違いなので通常の病院だとてんやわんやどころじゃないけれど、ここなら提携しているので運び込んだ瞬間から適切な治療を始めることができるのだ。
師匠の率いていた調査隊は騎士団ほどの人数はいないけれど、負傷者は二十名を越えていたらしい。
その中にはリーダーである師匠本人も混ざっていた。
一報を受け、先生に許可を貰って早退した私は急いで王都病院に向かう。
ラウも授業中だったけれど、オールスヴァイン学園長は師匠との関係を知っているので気を利かせてくれたらしく、私と学園を出るのが同時になるほど迅速に代理を立ててくれた。
少し目立つものの、他にも調査隊に身内が含まれていた生徒が数名早退したので大丈夫だろう。——今はそれよりも師匠が心配だ。
(殺しても死なない人って感じだったけれど……)
いくら人間よりも寿命が長いとはいえ、怪我や病魔に侵されれば同じように死ぬ。
思えば私は自分が老いて師匠に看取られる想像はしたことがあっても逆はほとんど考えたことがなかった気がした。
それだけ師匠は実力があったし、種族としての寿命もまだまだ残っていたからだ。
しかし初めて師匠に関する悪い知らせを受け取って不安が湧いてきた。
……こういう不安は本来ならもっと早くから感じておくべきものだったのに。
どこか楽観視していたのかもしれない。
胸が苦しくなる。それでも前へ進み、深呼吸をして師匠のいる病室へ入ると――
「おぉ、イルゼ! ついでにラウ! わざわざ来てくれたのか!」
――師匠が笑顔で出迎えた。
めちゃくちゃ笑顔だった。
しかもベッドから上半身を起こした状態でブルーベリーがふたつのったチーズケーキを食べている。ラウの言っていたことそのままだ。
そこかしこに見られる包帯やガーゼは回復魔法が追いつかなかったんだろうか?
気になるものの理由は後で訊ねよう。
今は意外と元気そうなことを喜んで、病室でケーキを食べないでくださいと言って、あとは……と考えている間に頬を涙が伝った。
師匠はギョッとした顔で固まり、隣でラウが「泣いてるイルゼが可愛すぎる! ちょっとスケッチしていいかい?」などと言っている。黙っててほしい。
「すみません、あ……安心したら気が緩んじゃって……」
「そんなに心配してくれたのか、すまんのぅ……ほれ、とりあえず両手両足は付いとるし内臓も無事じゃぞ! ちと血が足りんせいでしばらくは安静にせにゃならんが、こうして美味いものを食えばすぐに――」
ゆっくり近づいてケーキを落とさないようにおずおずと抱きつく。
後ろでラウがソワソワしていたけれど、今抱きつくのは師匠だけだ。
目をぱちくりさせた師匠はケーキをサイドテーブルに置くと、包帯の巻かれた手で私の頭を撫でてくれた。
「本当にすまん、少し油断した」
「詳しいことは後で聞くけど、……お、お父さんが無事で良かった……」
弟子入りしてからずっと師匠と呼んできた。
口調も敬語にしたかったけれど、そこは師匠が断固拒否したのでそのままにしている。そうして何年も経って師匠は師匠だという印象が強まっていったけれど、お父さんと呼んでいた頃のことを忘れたわけではなかった。
今は娘として心配したい。
そんな一心でお父さんと口にすると、師匠はギザギザの歯を覗かせて満面の笑みを浮かべたと同時に目を輝かせた。
「ラウ! 聞いたか! パパ大好き♡ に匹敵するお父さんが無事で良かった♡ じゃぞ! 心のアルバムが一気に二十ページは埋まったわ!」
「クソッ、羨ましい限りです! そのページを半分くらいもぎ取ります!」
「やめんか!」
「……やっぱり似た者師弟だなぁ」
ラウと師匠を交互に見てしみじみとそう思う。
あと師匠は私の言葉に勝手にハートを付けないで頂きたい。
なにはともあれ元気なのは本当みたいだ。強がりでもなんでもない様子を確認してホッとし、両腕を解くとラウがハンカチで涙を拭ってくれた。
それをソッと袋に入れてからポケットにしまったのは見なかったことにしよう。
私が落ち着いたところで、師匠は調査先であるオルブレットであったことを少しずつ説明してくれた。
「これはまだ機密情報じゃが、お前たちなら大丈夫じゃろ。調査隊リーダーとして許可しよう」
「職権乱用……」
当然の権利じゃ、と師匠は腕組みをして言い切る。
「まず結果だけ先に言うと、オルブレットのとある小屋がバンスの潜伏先としてビンゴじゃった。調べに入ったところでバンス本人にも遭遇したぞ」
「……! そ、その、やっぱり本物だったの?」
「儂にはそう見えた。——じゃが……それは魔力の癖や
師匠は頭を掻くとしばらく言葉を探すように思案し、しばらくしてから両目をこちらに向けて口を開いた。
「性格がおかしかった」
「師匠の知るバンスとかけ離れていた、と?」
ラウの問いに師匠は頷く。
そして私のもうひとりの兄弟子、バンス・シェーグハウンドについて話し始めた。
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