第102話 だから『次』があることが嬉しかった日

 ラウとのデートは日が暮れるのと同時に終わり、私たちはタイミングをズラしてイスタンテ学園へと帰ることになった。


 ラウの過去に関しては日を改めて教えてほしいとのことだ。

 今日はとにかく幸せな気持ちだけを持ち帰りたいからと言われた。

 なら実際に伝える時までに私も頭の中で整理をしておこう。……少しでもラウのショックを和らげられるように。


 そうして別れる直前にラウが緊張した面持ちで路地の陰へと入って私に訊ねる。


「君は俺のイルゼになった。俺も君のラウだ」

「は、はい」

「つまり正式にしっかりハッキリ確実に交際しているということでいいね?」

「そうですね、……ちょっと意外です。あなたならここまで来たら有無を言わさず結婚したも同然とか言い出しそうなのに」


 逆だよ逆、とラウはチッチッと人差し指を振ってみせた。


「ここまで来たからこそ余裕が生まれた。だから今は順番が大切だと思ってる」

「なるほど、だから――」

「うん、だから結婚は一週間後くらいかな!」

「――いや、認識を改めるのはもう少し後にしましょう」


 彼にできた余裕はほんのちょっぴりだったらしい。

 せめて卒業までは待ってくださいよ、と言うとラウはしょんぼりするでもなく「つまり結婚の許可が出たも同然じゃないか……!」といたく感動していた。


 実際にOKするかどうかはその時のラウ次第だと思うけれど……。

 想いを伝える段階で自分からプロポーズじみたことを言った手前、私からはなにも言えなかった。まあ仕方ない。

 それよりもまずは師匠にどう伝えるべきか考えるべきかも、と少し嫌な予感がしつつ思考を巡らせているとラウが「イルゼ」と名前を呼んだ。


 はい、と答える前に顎に指を添えて上を向かせられ、唇に軽く触れる程度の口づけをされる。


 普段の口づけとは異なり魔力を触れ合わせることもないため、ここでエリザステラへの穴が開くことはなかった。それなのに大いに慌ててしまったのは、うん、単純に突然の口づけで照れたからだ。

 そんな私の様子を見てラウは嬉しそうに笑った。


「恋仲になってから初めてのキスとしてはロマンチックじゃないけれど――この道を通るたびに思い出せるだろう?」

「お、思ったより計算高いですね……」

「イルゼには俺のことをいっぱい考えてほしいからさ!」


 そんなことをしなくてもかなり沢山考えているのだけれど。

 でもそんなことを言うわけにもいかず、もう行きますよと路地裏から出る。これで彼に頬の色を見られないはずだ。……もう大分手遅れな気がするけれど。


 背後からラウの声がする。


「イルゼ、次のデートも楽しみにしてるよ!」

「……ええ、私もです」


 今回がゴールではなく、今回がスタートだ。

 だから『次』がある。


 それを負担だと感じることなく、ラウと同じように楽しみだと思えることが――今はとても嬉しかった。


     ***


 バンスに関する調査が進む中、イスタンテ学園は平穏を取り戻しつつあった。

 そうやって事件から凡そ二週間が経っただろうか。

 この頃になってようやく先生たちから各クラスに知らされたことがある。


「冬の舞踏会と同時開催ですか……!?」


 ダルキス先生からの報告を耳にし、思わず立ち上がりそうになりながら驚きの言葉を発したポリーナさんはハッとすると耳まで赤くして姿勢を正した。かわいらしい。


 イスタンテ学園には冬に舞踏会が行なわれる。

 これは年末に実家へ帰る生徒たちが多いことを鑑みて、その前に一年の最後まで学んだことを祝って労うために学園が主催するイベントだ。

 毎年豪勢な食事が振る舞われ、音楽も生演奏で大変迫力があるらしい。

 もちろん私を含めた一年生はまだ話にしか聞いていないので憧れのイベントといった認識だった。


 今年はそこで中断してしまった文化祭を同時開催するそうだ。

 ダルキス先生は咳払いをしてから説明を続ける。


「今日の会議で決まってな。普段は学園関係者でのみ開催する舞踏会だが、今年は中断した文化祭を同時に開催し、外からも人を入れることになった。ただし文化祭としては制限がある」


 ショックを受けた生徒も多いためミスコンは無しになったこと。

 入場者は事前に身元の確認を取っての予約式にすること。

 地区に分けて各場所に見張りの教員を配置すること。


 それらを説明した後、ダルキス先生は「そしてアスカル・ガル・ウォーケン殿下の計らいにより、警備に騎士団を派遣してもらえることになった」と口にした。

 私はムセ込みそうになったけれど、それが目立たなかったのはクラスじゅうがざわめきに包まれていたからだ。


 なんでも犯人があれだけ膨大な魔力を集めたならハウルスベルクという国そのものに害を成す可能性があるため、国としても警戒をするため特別に手を貸す――という体裁で協力してくれるらしい。

 いや、しかしいくら国から認可のある学園、そして国益をもたらしている学園だとしても手を出しすぎではないだろうか。


 ……そう心配したものの、アス様が許可したのなら上手く立ち回ってくれるんだろう。それなら今は素直に文化祭の再開を喜ぼう。


 そう考えてポリーナさんを見ると、とびきりの笑顔が返ってきた。


 今度こそ心ゆくまでポリーナさんと文化祭を回れるかもしれない。

 ミスコンが開催されないのは少し残念だけれど、これは次の機会の楽しみにしておこう。もちろんずっと封印されたままになる可能性もあるけれど、それを嘆くのは実際にそう決まってからでいい。


(バンスの件もその頃には解決してるといいけれど……)


 これは師匠たちにかかっていると言っても過言ではなかった。

 だからこそラウとの交際の報告もまだ先延ばしにしている。本当はサクッと伝えたほうが良いのだろうけれど、下手をすると長期間再起不能になるかもしれないから。

 もちろん師匠が。

 あと、もし師匠が怒りの鉄槌を下したらラウも。


(その時はラウだけじゃなくて私のことも叱ってほしいなぁ)


 悪いことをしているつもりはないけれど、気持ち的に師匠もやるせないだろう。

 だから少しでも感情を発散できるように怒りの矛先を私にも遠慮なく向けてほしい。……ただ、そんなことをする師匠ではないだろうなぁという気もしていた。


 とにもかくにも今は師匠やラウにダメージを負ってもらっては困るので、報告はしばらく様子見ということにしようと話し合って決めた、

 でもフィランティさんにはどこかのタイミングで伝えてお礼を言いたいなと思っている。沢山お世話になったし、確実に今回の件のVIPのひとりだ。


(あと忙しくなる前にやっておきたいことは、……)


 視界にはいつも空席がある。

 ミレイユさんが使っていた机とイスだ。


 ミレイユさんは謹慎中だけれど、噂ではこのまま退学処分になるのではないかと囁かれていた。知らなかったとはいえあんな事件の片棒を担いだのだから、と。


 しかしあれからポリーナさんと一緒に調べたけれど、似たような状況で学園に残ることが認められた前例もあった。

 自分も勉強したいと言う学園外の彼氏に騙されて持ち出し禁止の魔導書数十冊を無断で書き写し、それを利用して彼氏が犯罪を働いたというものだ。

 事件の規模は違うけれど、学園は一度は利用された生徒に温情をかけたということである。


 場合によってはこれを持ち出してミレイユさんが残れるように説得したい。

 そう考えているのは――やっぱり今も変わらず、私はミレイユさんに退学してほしくないからだった。


(でもこれは独りよがりだ。だから)


 そろそろ、謹慎中のミレイユさんの面会に行くべきかもしれない。

 私の気持ちはハッキリとしているけれど、優先すべきは彼女の気持ちだから。

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