第40話 検証に心躍らせる美女にお姫様だっこされた日
私たちは転移後にはぐれないようお互いを特殊な紐で繋ぐ。
この紐はマジックアイテムの一種で、居場所を把握しやすくなるだけでなく装着者に物理的な干渉はしないという代物だった。
つまり誤って首に巻きついたりといった事故が起こらない。
転移先がまた空中だった場合、ただの紐だとそういった事故が懸念されるため便利な品物があって良かったなとホッとする。
ただしこのマジックアイテム、離れすぎると切れてしまうそうなので普段通りの警戒は必要になりそうだ。
そうして私、ラウ、師匠、フェラルダさんの四人で穴をくぐり、同時に身を躍らせると――また空中に出た。
ただし前回よりやや低い位置のようだ。
「わっ、わ、わ……!」
「ほらほら、大丈夫よ。体の力を抜いて」
落下による重力の負荷に息ができないでいると華奢な腕が私を抱きとめる。
フェラルダさんだ。彼女は私を横抱き――つまりお姫様だっこし、衝撃を散らすように徐々に減速しながら降下していった。
そして落ち着いて地平線を見渡せる位置にぴたりと留まる。
そんな私たちをラウが「俺がやりたかったな……」と恨めしそうな顔で見ていたけれど、無害且つ女性同士だからか異常と言えるほどの反応はしていない。
「わたしたちが出ると穴が閉じたわね、目視で凡そ二秒といったところかしら。ほらメモってちょうだい!」
私が慌ててメモしようとするとフェラルダさんは「頼んだのはあっちあっち」と笑いながらラウたちに視線をやった。
ラウはしぶしぶメモを取っている。
師匠に対しても不遜なラウだけれど、どうやらフェラルダさんにはあまり逆らえないらしい。単に私を抱っこしてる影響かもしれないけれど、なんにせよラウが大人しくしてくれていると調査が進むのでありがたい。
「さて、どう? 同じ場所に出た?」
「高度は異なりますね。位置は――周りがあまりにも似た景色すぎる。少し目印になるものを探してみよう」
ラウは足元に目をやって言う。
地表は鬱蒼とした木々に覆われていて細かなところがまったくと言っていいほど見えない。それが地平線の先まで続いている。
樹海はその中だけでなく上空でも迷子になる可能性があるんだな、と私はこの時初めて知った。
私たちはしばらく同じような景色の中を飛び、ラウが太陽の位置から進む方角を微調整しながら進んだ。星も見えないのに器用だなと思って見ていたけれど、どうやらコンパスの役割りをする魔法も併用して使っているらしい。
最初に迷い込んだ時もセーブしつつ使っていたんだろうか。
そういう余裕を持てることが少し羨ましかった。私も精進しよう。
「あっ、この辺りは見覚えがあるぞ」
「……? あまり変わらない風景に見えるのに凄いですね!?」
「俺のイルゼメモリーと一緒に記憶されてるからね、ほら、あの木々の隙間にチラッと見えるのがイルゼが自分からラブラブ恋人繋ぎを希望してくれた場所だよ!」
してない。
記憶の改変はやめてほしいけれど、たしかにそう言われると見覚えがあるような気がしてくる。たしか真っ暗闇の空間に入る手前だったはずだ。
ただ、なんとなくあの時よりも植物が育っている気がした。
ひとまずここを起点に更に細かな位置を割り出し、初めに私たちが拠点にしていた小屋を目指す。
巨木のせいでひたすら見づらいものの順調に近づいているのがわかった。
そしてようやく小屋のある場所に辿り着き、目の前に降り立った――のだけれど。
「い、いくら即席だったとはいえ劣化しすぎじゃ……!?」
ラウが建てた小屋は素人が作ったものだったけれど、隙間風もなくしっかりとしていた。しかしあの日ぶりに見たその姿はボロ屋だ。まさにボロ屋だ。
朽ち果てた……とまでは言わないけれど、壁が苔や菌糸類に覆われて大変なことになっている。
「あっ、そういえば戻った時に時間がほとんど経ってませんでしたね。こちらの一日があっちでの三十分程度で、今こういう状態になってるってことは……」
「転移のたびそれだけの時間が進むタイプじゃなくて、俺たちが不在の間もしっかりと時間は経過してるってことが確定したな」
ラウがカリカリとメモに書き込みながら言う。
あの時はまだはっきりしなかったけれど、目の前の小屋が朽ちたおかげで明確になったわけだ。
「――私たちが転移した瞬間にその分の時間が一気に進む可能性もあるけれど、どっちにしてもこの世界の利点がひとつできましたね」
「おっ、さすが俺のイルゼだ。もう活用方法を見つけたか!」
「か、簡単なことですって。こっちを開墾して田畑を作って、マメな手入れがなくてもそれなりに育つ作物を植えておけばハウルスベルクの自給率を上げられます」
菌糸類の力が強いので魔法でのサポートが必要になりそうだけれど、元の世界で十五時間ほど待っているだけで約一ヶ月分の成果を確認できるので試行錯誤が捗りそうだ。
そう言うと私たちの中でもっともワクワクし始めたのはフェラルダさんだった。
「試行錯誤! 最高の言葉よね、胸が躍るわ!」
「こっちに残って検証するとか言い出すんじゃないぞ、研究関連のことになるとフェラルダは周りが見えなくなるからのぅ」
なにか前科があるのか師匠が両耳を垂らして面倒くさそうに言う。
第三者をここに残して私たちが戻るのはまだ未検証で危ない。
そして試すとしても他の検証が済んでからになるだろう。
フェラルダさんは「わかってるわよ~」と笑いながら小屋の壁についた苔やキノコを小瓶の中に採取する。
その直後に「……でもこれ、早く口に含んで調べてみたいわね」とぼそりと呟いていたので、師匠の小言がなぜ必要だったのかなんとなくわかった気がした。
さあ、なにはともあれまずは小屋周辺の植生と土壌の検査だ。
そしてそれが済んだら――この世界における不思議なところのひとつ、魔力が乏しいという点の確認を含めた魔力の回復検証と実証実験である。
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