※この小説は「欧州の旅の果て」の修正版です。実は、パソコンの操作ミスで編集中に保存できなくなり、新しいページで再開した次第です。文言や表現を一部修正しております。もう一度読み直していただければと思います。

トラベル小説

　朝８時に朝食。シャトーホテルのレストランはビュッフェスタイル。皆、朝寝坊なのか、お客は私たち以外に一人しかいなかった。バカンス前だがら、そんなもんだと彼は言っていた。９時には出発するということで、ゆっくり食べているわけにはいかなかった。

　ホテルを出てまもなく高速道路に入った。フランスには、ところどころ料金所があったが、ベルギーには料金所がない。制限速度は１３０km。日本なら速いと思うスピードだが、全く速く感じない。時々、右車線を８０kmほどで走っているクルマがいたが、いずれも白髪の老人だった。右側はゆっくり走るクルマ。左車線は制限速度で走るクルマとしっかり棲み分けができているようだった。３０分ほどでルクセンブルグに入ったが、その３０分後にはドイツに入った。

「ルクセンブルグって小さいね」

「そうだね。大阪と同じくらいだよ。でも、お金持ちの国で、ヨーロッパで一番治安のいい国なんだよ」

「いい国なんだね。住んでみたい」

「冬はマイナス２０度になるよ」

「ナニそれ！　寒いの嫌い！」

「そう言うと思った」

　１１時にSAで休憩。トイレは有料だった。でもきれい。有料なので、掃除をする人がしっかりいるからだ。

　ドイツに入ってから彼の運転は無口になった。時速２００kmで走り始めたからである。３車線の中央を走っているが、他のクルマも１８０kmから２００kmで走っている。アウトバーンなので速度無制限だという。私もクルマにしがみつきながら、じっと前を見ていた。横の景色は視界に入らない。前だけしか見えない。ちょっと恐怖を感じる。と思っていると、左側の追い越し車線をポルシェが抜いていった。すると彼はそれについていきだした。徐々にスピードがあがる。メーターをちらっと見ると２５０kmになっている。

「無理しないで」

　とささやくように言ったら、スピードをゆるめ中央車線にもどった。

「怖がらしてごめんね」

　と言うと、また無言で２００kmで走り続けた。

　１３時にスイス国境。ここには検問所と料金所があった。軽い食事をとる。

「スイスはEUに入っていないからね。チェックがあるし、高速代をまとめて払うんだよ」

　ここからは１２０km制限なので、彼の運転にも余裕がでてきた。先ほど血走っていた目もおだやかになっている。

　１５時にツェルマットの手前の駅、テッシュに到着。ここまで８００km走ってきた。渋滞がなく順調だった。日本だと大阪と東京を往復した距離とほぼ同じだ。駅の隣にある巨大な駐車場にクルマを停め、ボストンバッグひとつで電車に乗車。電車は狭い谷の単線をゆっくり登っていく。線路ぞいに流れている川は白濁している。氷河の氷がとけると、この色になるとのこと。１５分ほどで、ツェルマットに着いた。登山電車に乗り換えるのだが、その前にダウンジャケットを買ってもらうことになった。山の上にはまだ雪が残っているということだ。それで、お店で選んでいたら、みな大きすぎる。肩幅がいいと袖が長すぎる。困った私を見て、店員さんが別なところに連れていってくれた。すると、そこにぴったりのサイズがあった。私が喜んでいると彼は笑っている。

「それ、子ども用だよ」

　と言われ、私は不機嫌になった。でも、結構な値段だった。スイスは物価が高い。

　１６時半に登山電車に乗る。ふもとには雪がなかったが、３つ目の駅のあたりから雪が見えてきた。行き先は終点のゴルナーグラート。標高３０８９ｍ。少し息苦しい。ホテルまでの坂道が、すごくきつい。ホテルの標高は３１００ｍ。富士山の８合目まで一気に登った感じで、高山病の危険性があると彼は言っていた。

　チェックインして、部屋に入るとそこはジュニアスィートといわれる素敵な部屋だった。本当は、山がきれいに見える部屋だということだが、今日は雲しか見えない。山らしきものは見えなかった。部屋に入るなり彼は

「頭が痛い。高山病かな？　早いけど寝る。アイちゃん、悪いけど一人で夕食とってね。下の売店でサンドウィッチを売っているし、カップラーメンもあるから」

　私は心細かったが、ホテル探検のつもりで下へ降りてみた。レストランはビュッフェ形式になっていて、ほしいものを注文して最後に会計をするシステムみたいだ。パスタとかもあって、一人でも食べられそうだが、言葉はわからないし、一人で食べてもつまらないので、レストランはあきらめた。

　売店に行くと、巨大なチョコレートがガラスケースに入っている。世界一の大きさのチョコレートと書いてあるようだ。マッターホルンの形になっている。スイスといえば、チョコレートと時計が有名だということを思い出した。そのチョコレートの小さいやつを売っていた。ものは試しにひと箱手に取った。サンドウィッチを見つけたが、日本のものと違ってパンが厚い。それに茶色のパン。量は多いし、食欲はわかない。するとカップラーメンを見つけた。韓国の辛いラーメンだ。日本のじゃないけれど、カップラーメンには変わりない。それを買うことにした。さて会計だ。現金にしようか、カードにしようかと迷った。彼から

「現金を見せるとスリにねらわれるよ」

　と言われたのを思い出し、カードにした。店員さんは少ない金額でもいやな顔をせずにカード処理をしてくれた。サインをするように言われたので、タブレットにサインをした。いつもより変な字になってしまった。すると店員さんはプラスチックのフォークを渡してくれた。左の方を指さし

「 Hot water . 」

　と言ったように聞こえた。ホタオタと聞こえたので、最初は何かと思ったが、そこに行くと給湯器があった。登山客用にお湯が無料で使えるのだろう。私は振り返り、教えてくれた店員さんに

「サンキュー」

　と言ったら、にこやかな顔をしてくれた。自分一人で買い物をして、現地の人と会話ができた。ちょっとうれしかった。