第6話 6日目 逆さマッターホルンを求めて 修正版

※この小説は「スイスを旅して」の修正版です。実は、パソコンの操作ミスで編集中に保存できなくなり、新しいページで再開した次第です。文言や表現を一部修正しております。もう一度読み直していただければと思います。


トラベル小説


 朝にレストランに行くと、やたらざわついていた。メインホールがK国人の団体に占領されていたのである。同じアジア系人種として恥ずかしいぐらい大声でしゃべっている。周りのお客は、皆しかめっ面をしている。近くに座るのは気がひけるので、サブホールで食べることにした。食事を取りに行っていた妻がもどってきて

「クロワッサン、全部取られていた。ハムも残り少ししかないの。K国人がもってちゃった、自分の分だけ取ればいいのに、仲間の分までとるからなくなっちゃうのよね」

 とぼやいていた。レストランのスタッフも補充をしなければならないので慌てている。でも、クロワッサンだけは追加ででなかった。K国人は悪気でやっているわけではない。皿に食べきれないほどのせるのが彼らの流儀であり、残すのが礼儀だと思っているのである。それも文化である。

 8時に電車に乗る。例のK国人の団体もいっしょだ。あいかわらず大きな声で会話をしている。K国人に知り合いがいるが、一人一人はいい人なのだが、集団になるとどうしてあんなにうるさくなるのだろうか? 熱狂しやすい国民の気質なのかもしれない。日本人がおとなしく見える。

「昔の日本人の団体旅行もああだったのかしらね」

 と妻がぼやいた。かつてベルギーに駐在していた時に、日本人の団体旅行者がぞろぞろ歩いているのを見て、あまり近寄りたくなかった。ベルギー人の同僚が

「 Europeans travel individually or with families . Group trips like this usually done by retired elderly people . Japanese people are strange . 」

(ヨーロッパの人間は個人か家族で旅行します。ああいう団体旅行はリタイアした高齢者がするんですよね。日本人は不思議ですね)

 と言っていたのを思い出してしまった。

 今日はゴルナーグラートまで行く。逆さマッターホルンを見るために下りのハイキングでリッフェル湖まで行こうと思ったのである。

 登山鉄道が走り出した。ツェルマットの街を抜けると雪景色が始まる。マッターホルンは今日も雲の中である。ラック式の鉄道なので、ゴトンゴトンとゆっくり登っていく。以前泊まったアパートメントホテルはこの鉄道沿いにあった。でも30数年前のことなので、それがどこかはわからなかった。

 帰りに降りる予定のRotenboden駅周辺は雪だらけだった。目的のリッフェル湖あたりもまだ深い雪で水面は見えない。逆さマッターホルンは無理か、と思った。

 終点のゴルナーグラートに着いた。その上にあるホテル&レストランまで登る。標高は3,089m。ちょっと息苦しい。展望台まで来ると、雲が流れてマッターホルンの山頂付近が見えてきた。そこにいた登山客が歓声をあげている。どんどん晴れてくる。30分ほどでマッターホルンの全容が見えてきた。妻は足の痛みを忘れてカメラのシャッターをさかんにきっている。そこに、

「日本人の方ですか?」

 と聞いてきたカップルがいた。

「そうですよ」

 と答えると、

「山をバックに写真を撮ってほしいのですが」

 というので、言われるがままにその人のカメラで写真を撮った。10枚ぐらい撮っただろうか、傑作だったのは二人でハートマークを作り、その中にマッターホルンを入れるという構図だった。若いゆえにできるポーズだ。お返しに、こちらも二人いっしょの写真を撮ってもらった。二人で並んでバックに山をいれるというふつうの構図だ。でも、二人いっしょの写真は珍しい。貴重な写真となった。

 その後、妻は土産店で買い物。そこに世界最大のチョコレートというのが表示されていた。マッターホルンの形をしたチョコレートだ。でも、3つあるし、北海道のチョコレート店でこれより大きい物を見たことがあるような気がした。まぁ、そういう細かいことを言っても仕方がない。

 私はテラス席でコーヒータイム。するとセネガにある湖が見えた。雪におおわれてはいない。(あそこならば、逆さマッターホルンが見えるかも)と思い、まだ買い物をしたい妻を無理やり引っ張り、下りの電車に乗り込んだ。そこに、先ほど写真を撮り合った日本人カップルがいた。

「また会いましたね」

 と私が言うと、

「そんな気がしていました」

 と言いながら、名刺をくれた。金山さんという青森で民宿を経営しているとのこと。夏のシーズン前に好きな山歩きをしたくてスイスに来たという。同じ東北の人間ということで、山の話で盛り上がった。

 金山夫妻は途中駅で降りていった。ツェルマットのハイキングコース全踏破をねらっているそうだ。いつか青森に行った際は、会ってみたいと思うお二人だった。

 ふもとまで降りてセネガに行く地下ケーブルカーに乗る。斜度45度で登っていく。30数年前にも乗ったことがある。セネガの駅から見ると、下のライ湖にマッターホルンが映っている。200mほどの砂利道を勇んで駆け降りた。妻は

「私はゆっくり降りるから先にいってて」

 と、あたたかい言葉をかけてくれた。足が痛い妻には悪いと思いながら、速足で坂道を下り、湖のほとりに三脚をたてる。湖面はやや波立っている。風の影響だ。逆さマッターホルンはピンボケになってしまった。それでも、おぼろげにも見られたことで満足だった。一時はあきらめたのだ。

 後からやってきた妻がなぐさめの言葉をくれた。私が落ち込んでいる時には、やさしい妻である。30分ほど、湖ごしにマッターホルンを見ていた。近くでは子どもたちのにぎやかな声が聞こえる。湖の周りが公園みたいになっている。これはこれでいい景色だ。

 さて、セネガの駅まで登ろうと思ったところ、そこにミニケーブルカーを見つけた。4人乗りのケーブルカーだ。それも無料。30数年前にはなかった。足が痛い妻を連れて、それに乗った。

「下りる時もこれで来ればよかったね。ごめんね。気づかなくて」

「仕方ないわ。これもトラベルよ」

 いつもはこわい妻だが、たまにやさしい時もある。だから30数年続いている。

 おわびに気持ちで地下ケーブルカーを降りてから、ケーキを食べにカフェに入った。フルーツケーキとストロベリータルトを注文した。私はケーキがあまり好きではないが、この店のケーキは甘さがほどほどでおいしかった。そこから見えるマッターホルンがすごく大きく見えてとても印象的だった。

 ホテルにもどると、部屋のテラス席からブライトホルンとクラインマッターホルンがあざやかに見える。マッターホルンの左側にそびえたつ山だ。なかなかいい部屋だ。夕食はステーキだった。何のことはない硬めのステーキだった。付け合わせのポテトはおいしい。

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