第14話 夢みたいに
彼女を「再発見」するのが怖かった。そうなることで知らない彼女を知って愛するのだろうか。私は彼女と結局結婚したいのだろうか。考えを変えよう、私は他の人と結婚できるのだろうか?
少なくとも結婚するということを考えた時、メリットとデメリットの均衡という観点で見れば彼女と結婚をした方が良いのだろう。愛だけはがすべてではないけれど、それでも愛が始まりにある、と頭が子どもな私はそう信じていた。
でもそれは完全な答えじゃないんだろう。事実、昨晩私は彼女に挿入なりキスなりしていなくてもカップルみたいなことをしていた。あの時みたいにゴムを使うこともあるかもしれない。
「ふー、さっぱりした。こうなると服洗濯したくなるよね」
「せっかくだし、コインランドリーでも行く? 俺も替えしてるけどそろそろ限界ってとこだし」
「流石に自分の分は私が払うよ」
「なんか悪いね」
「それは私がする話。あああった」
洗濯と乾燥含めれば1時間かかるようで、3時間の一時外出には間に合う計算だ。真夏の東京。待ち時間用のカフェがあるようで、警察は怖かったがスパ銭あがりで汗を吹くわけにもいかず入ることにした。
「ここで朝にする?」
「うわ、ラグジュアリー感。コーヒー1杯何円よ?」
「……400円」
「ええ、ぼったくりとまでは行かないけど普通に牛丼食べた方が……」
私も内心ではそう思うのだが、口に人差し指を付ける。
「やめな、1杯なら奢るから、まあ元からそのつもりだけど。後なんか必要? デザート系とか」
「ああー、じゃあ2人で食べる? このパフェ」
「流石にパフェはキツイ。重すぎる」
「まあ私も最近あんま食べてないし」
「あ、パンケーキとか? シェアできるでしょ」
一通り注文を終えた私はジャズ調のBGMに身を委ねていた。
「洋楽好きなの?」
「よく聞いてた。流石にレコード持ってるわけじゃないけど、公式アカとかから。君は? なんだか前話してたじゃん」
「別に聴いては無かったな。そもそも趣味がさ」
「そっか」
「みんなが聴いているものを聴いて、見てる動画を見て。あんまり楽しい人生じゃなかったかもね。あなたは?」
「洋楽ばっか聞いてる陰キャだ」
「そう、でもあなたはいい人じゃない。『都合が』とかじゃなくてね」
到着したコーヒーをすすりながら、静かに、それでも分かりやすく流れる時を過ごす。その過ごし方はある程度上手くなったけれども、やっぱり誰かといた方が楽だ。
時間の感覚というのは1人だけで生まれないのかもしれない。もし心音とかそういう時を知れない状態で、真っ暗な部屋に置いてけぼりされたら多分気が狂ってしまう。しかしもう1人いればきっと自らを保っていられるのだろう。
「フォーク止まってるよ? あと20分ぐらいしたら終わっちゃうみたいだし、それまでには行こうよ」
「ごめん。ちょっとぼーっとしてた。頂きます」
パンケーキを食べ終え、私たちは椅子に座って乾燥終了の時間を待っていた。
「楽しいね。デートみたい」
「デート?」
「ほら、私パパ活してたってか今もやってるけど。それで高級ディナーだとか連れられたこともあって、でもまあ……お察しだよね」
「嫌な事なら、わざわざ言わなくて良いよ」
「別にそういう訳じゃないよ。ただ、金銭感覚ぶっ壊れるし、海外旅行できなくなくて、目標もないし。人生って何なんだろうねって。そんなことはきっと誰だって持ってるけど」
彼女に向かって「生きてりゃいい」は美辞麗句でしかない。そんな言葉はただの罵倒より重いナイフになる。だから私は無言でその場を切り抜けるしかなかった。洗濯物を袋にまとめて私たちはネカフェへと歩き出す。
時刻は既に昼を迎えており、私と彼女は1、2時間滞在してから清算をして出ていく事にした。ずっといたらマークされるかもしれないし、何もしないでお金を取られるのは気が進まなかったのもある。しかしその分の料金はしっかり請求されるのは痛かった。
「別れるの? 昨日みたいに6時集合とか」
「してほしい?」
「……いや」
「なら一緒にどこか行こうよ。まあ意外と行く場所なんて無いんだけどね」
私と彼女は傍から見ればカップルみたいな恰好で、その時を過ごす。仮に彼女が私に嘘をついていて、私と彼女の姿を発見したらなんて思うのだろう。軽蔑するだろうか、それとも祝福するだろうか。いずれにしても良い結果は得られないことは想像できる。
そしたら彼女との関係は結局なんだろう? 結婚はしたくないけれど、他に異性ができるのもなんとなくいい気がしない。わがままな関係。彼女の言葉が思い出される。
家出を始めた時の彼女の「夢」という発言。今の私にはそれが「結局無駄なことには変わりないけれど」というニュアンスのように今の私には感じられた。夢だからそんなわがままな関係さえ渇望できる、ということ。
じゃあどうすれば? 私たちの関係はどうやったら上手くいくのだ。早急的な解決を目指すなら私は死ぬべきなのだろう。私たちの願うこととその現実が扉みたいに別物のような気がする。いや、私が甘すぎた。将来のその全て、それを捨てる勇気があればそもそも彼女以前に結婚する必要が無いから。
「その人についての悩み事?」
「え?」
「図星みたいね、適当に言ったけど。それで?」
「まあ、俺とその子が結局どうこうしなきゃいけないことだ」
「私はその子にはなれないのね」
彼女はいじらしく、私を糾弾するかのような目つきで私を眺めた。でも実際、私がしていることは親からすれば浮気だろう。もし関西の方で彼女が誰か彼氏ができていて、セックスをしていたら私は本当に何も思わないのだろうか。
――多分怖くなる。結婚する気もないはずなのに、彼女を求めるそれ自体は捨てきれないということだ。けれども私は昨日、彼女と恋人だって言われてもおかしくないようなことをした。
それはきっと彼女にとっては卑怯で、すぐにでも彼女に電話したくなった。私は彼女に謝らなければならない。けれども私からは彼女に連絡することはできず、走り出した心と照り付けた太陽が私に下を俯かせた。
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