【BL】憧れていたヒーローになったけど熱烈なファンに猛アタックされる俺の話

多崎リクト

ヒーロー、未知との邂逅

 平和な日常に突然怪人が現れ、人々が逃げ惑う。それをヒーローが退治し、また街に平和が訪れる。

 そんなおとぎ話のようなことが、この世界では実によく起きている。


「水の戦士ブルー、参上!」


 そう叫んだ男は頭のてっぺんから足先まで、金属製のバトルスーツに覆われていた。水の戦士を名乗るだけあって色はもちろん青い。名前もそのままブルーであった。


「またお前か、ブルー」

「それはこっちのセリフだ、アッシュ!」


 平和を脅かしているのは灰色のマント、灰色の仮面で顔の上半分を隠したアッシュという男だった。ブルーが出動すると大抵この男が悪さをしているのですっかり名前を覚えてしまった。

 向こうもブルーのことを覚えているようだが。


「ブルーパンチ!」

「お前もう少しネーミングセンス何とかならないのか」

「う、うるさい!」


 こうしてからかわれながら攻撃を仕掛け、しばらく戦うといつもアッシュは満足して去っていく。ブルーはいつもアッシュを倒せず、そのせいでまたすぐに戦う羽目になるのだ。

 はたしてこれで街の平和は守れているのだろうか。正義の味方としてこれでいいものか。


 結局今日も傷一つ負わせることもできず、アッシュは消えてしまった。

 街の人々に怪我がないことだけが救いだ。


「…………くそ」


 あの人がいれば、こんな風にはならないのに。

 ブルーの憧れてやまない人。いつだって命懸けで人々を守っていて、ブルーはそんなヒーローになりたいとずっと思ってきた。


 ――炎の戦士フレイム。


 ずっと憧れていたその人は、すっかり腑抜けてしまっていたのだ。








 室田青は幼い頃からヒーローに憧れていた。将来の夢は成長してもずっと変わらず、高校生の頃には担任に呆れられた。

 たしかに世界は平和で、敵なんて存在はどこにもいない。青の望むヒーローはテレビの中にしか存在しなかった。


 それでも、いつか、その時が来た時のために。

 いつか、ヒーローとして戦えるように。そうずっと思っていた。


 それが一年ほど前から変わり始めた。

 悪の組織エタニティ。平和を脅かす存在。そしてそれを倒すもの。ヒーロー──炎の戦士フレイムが現れたのだ。

 ずっと一人で孤独に戦うフレイムを追いかけ、ようやく、二人目のヒーローとして認めてもらうことが出来たのがつい先日のことだった。

 これからは自分がフレイムを支え、共に平和を守っていくのだと思っていたのに……。


「──なんで、また俺だけなんだ!」


 最近、フレイムが仕事しない。

 ……いや、さすがに敵幹部が出てくると戦ってくれるのだが、普段の雑魚や新人のアッシュの相手はもはやブルーしかしていない。ブルーを信頼しているのだとポジティブに考えれば良いのかもしれないが、はたして本当にそうなのだろうか。

 とはいえフレイムの連絡先も、正体も、何も知らないし。応援を呼びたくても呼べない。ヒーローはブルーとフレイムしかいない。

 ブルーは一人で戦うしかないのだ。


 もしここにいるのがフレイムだったらアッシュなんてとっくに倒せているだろうに。それともフレイムはブルーがアッシュを一人で倒せるようになるのを信じて待っているのだろうか。ちゃんと話したこともないし、とにかくフレイムの考えている事がわからない。表情も読めない。これは色違いのマスクであるブルーも同じではあるが。


 雑魚に当たり散らすように攻撃し、一通り倒す。

 周囲を見回すが、今回はアッシュさえも出てこないようだ。怪我人もいないようだし自分の仕事は達成できている。先輩への不満はまだまだあるが、ずっと憧れていたヒーローになれたことは単純に嬉しい。

 本当はフレイムなんて追い越してしまいたいのだけど新人相手に苦戦しているブルーではまだ遠い。


「……もっと強くならないとなあ」


 ため息混じりに呟いてから、物陰で変身を解く。水の戦士ブルーから、室田青という一人の青年へ。

 今日のトレーニングメニューを考えながら、さて帰ろうと顔を上げたところで、目の前に見知らぬ男が立っていることに気づいた。


「ブルーさん、好きです!」

「……は?」


 誰だ?

 もしかしてブルーのファンということだろうか。だが、今の彼は室田青である。それに対してブルーと呼びかけるということはつまり、正体がバレたということになる。

 まずい。ヒーローといえば正体は秘密。どうして秘密なのか青は知らない。知らないが、とにかくまずいのだ。

 だってヒーローなのだから。


 どうにかして誤魔化さないといけない。でも、どうやって?


 すっかりパニック状態になった青の両肩に手が置かれる。身長は少しだけ男の方が高い。上から押さえつけられるようで得体の知れない怖さがある。

 一見細身でやわらかな印象のある男なのに、肩に軽く置かれただけの手はびくともせず、青はすっかり動けずにいた。


「先週、ブルーさんが助けてくださって……それから毎日ブルーさんのことを考えてました」

「は、はあ」


 たしかに先週も出動したが、この男を助けたかどうかはちらりとも思い出せない。危険な場所にいたらたしかに助けただろうなとは思う。線の細い美人という見た目だからだ。腕も腰も細いのに、どこにそんな力があるのだろう。


「…………可愛い、ブルーさん」


 うっとりと青の顔を見つめたかと思うと、男の整った顔がどんどん近づいてくる。頭突きされるのかと思ったが、違う。気づけば男の息が唇に触れそうになるほど近づいていて、反射的に突き飛ばしていた。


「な、何するんだよ!」

「好きって言いましたよね、僕」


 唇と唇がくっつきそうになる直前で青に邪魔をされた男は何故か不満そうにしている。


「……好きって、ファンってことだろ?」

「そうです、僕はあなたの大ファンです」

「そ、そうか」


 ファンと言われて悪い気はしない。だが、そう言いながらも距離を詰めてこようとする男の目が怖い。また捕まってはたまらないと後ずさる。本当は背を向けて一目散に逃げ出したくなるような迫力が男にはあるのだが、ヒーローとしてのプライドがそれを許さなかった。

 しかしプライドなんてものは何の役に立たない。結局すぐに壁際まで追い詰められ、逃げ場が無くなった。


 どうしてこんなことになったのだろうか。一般人に襲われるヒーローなんて聞いたことがない。


「ブルーさん、可愛い」

「お、俺は可愛くない」

「すごく可愛いです」


 男の顔がまた目の前にあって、このままではどうなってしまうのか。きっと先程触れそうになった唇が、今度は本当に触れるのだ。いや、それはまずい。

 だが壁際まで追い詰められた青に逃げ場は無い。


 逃げるしかない……どうにかして。何としてでも。

 どんな手を使っても。



「…………変身」


 どうせ正体がバレてるのだ。目の前で変身したところで事実は変わらない。それよりこの状況から一刻も早く逃げ出したかった。

 変身アイテムが反応し、青い光が自身を包み込む。目の前の男が眩しそうに目を細める。


「…………やっぱり、変身した姿も素敵だ」


 うっとりと呟く男を軽く押し返すと今度ばかりは簡単に離れた。一応相手は一般人なので怪我をさせないように気をつけたつもりではある。

 どうしてだろうか、ただの人間なのに、普段戦うエタニティの奴らよりよっぽど恐ろしく感じるのは。

 ブルーはマスクの下で思わず涙ぐんだ。素顔の見えないマスクで良かった。ヒーローが恐怖で泣きそうになっているだなんて絶対にバレたくない。


「………………」


 何か、この男を諦めさせるような言葉を吐くべきだろうか。考えても思い浮かばないし、何より今すぐこの場から逃げ出してしまいたい。正義の味方だって逃げてもいい時がたぶんある。

 こちらを舐め回すような目がとにかく恐ろしい。マスク越しに泣き顔を見られているような、ニコニコしているだけに見えるのに、何か恐ろしいことを企んでいるような男の表情がとにかくおぞましい。


 逃げよう、今すぐ。


 ブルーの能力である瞬間移動を使い、その場から逃げ出した。

 ……まさか、こんなことにヒーローの力を使う日が来るなんて思わなかった。


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