訪問者2

 早苗さんから渡されたそれの表紙を見て僕は眉間にしわを寄せた・・・


「共和国にて発足した革命軍に対して鎮圧部隊の編制・・・冗談、ではないのですね」


「ええ世界政府からの要請よ。冗談じゃないわ」


 それを聞いて僕は頭を抱えた。これは手に余る


「この平和な世で革命ですか」


 戦争が終結してから国は手を結び、今まで平和が続いてきた


 特等級のような強大な異能力は危険視されているけど、今だ均衡は崩れていない


 たとえ仮初の平和だとしてもそれを誰もが欲している


 大戦時のようなことがあれば今度こそ人類は滅びかねない


 70年たっても消えない世界中の戦争の爪痕がそれを物語る


 だからこそ世界政府がそれらを管理し、平和を維持している


 復興も落ち着き、安定期に入ったこの「世界」がこれからも安全だと、これからも平和なんだと誰もがそれを疑わない


 だからこそ、この「世界」で革命なんて起きようものがない、そうする理由が思い当たらない


 平和なんだこの世界は


「首謀者は王印序。評議会の一員よ」


「それも一桁台の人間じゃないですか。なんでそんな人が」


 王印序。1等級「断罪」の異能力者


 異能力評議会。その7席


 世界に秩序をもたらし平和を維持する世界政府


 その世界政府から異能力者の管理を任されているのが異能力評議会だ


 現在、世界政府が集めた準一等級以上の異能力者総勢21名によって組織されている


 区分化された異能力、その中でも準一等級以上の異能力者を精査し、その人物が世界に危害を加えるような存在かどうかを判別する


 危険と判断された異能力者をとらえ管理下に置くことで異能社会の均衡を保っている


 管理不能の異能力者を処理するのも評議会の役割だ


 一桁までとなると評議会の枠を超えて、世界政府への発言権をも有している


 そんな人物が革命を起こしたとなると、政府が統制して隠していても市勢に流れるのは時間の問題だ


「異能力者の差別行為を見逃せない。とのことよ」


「差別行為・・・、共和国で何が起きているんでしょう」


「詳しくは私も知らされていないのよ。ただ鎮圧の協力要請が来ただけ」


 何も知らせず鎮圧部隊の協力要請。きな臭いにもほどがある


「詳しいことは南が探ってる。それでここからが本題なんだけど」


「鎮圧部隊に参加しろということですよね」


「・・・ええ、東方当主の判断よ。あなたの異能力を使ってでも止めなければならないと」


 僕の異能力。目視した対象を看破する


 だけではない。この異能力にはまた別の力が存在している


 確かに僕の異能力はこの作戦で役に立つ


 でも参加するとなると少なからず人を傷つけることになる


 僕も東方に組する人間だ。いつかはこういう任務が来るとは思っていた


 けどそれと覚悟は別の問題だ


「もし鎮圧ができなければ日本にも被害が及ぶ可能性があるとのこと。共和国内でおさめないといけないわ」


「しかし・・・僕が参加しても止められるとは限りません」


 これは華蓮を護衛するのとはわけが違う


 議会のそれも一桁の対処となれば多くの人が犠牲になる


「・・・一度考えさせてください」


 とは言ったものの本家からの要請を拒否できる権利を僕は持ち合わせていない


 時が来れば無理やりにでも連れていかれるだろう


「そうね。でも決定が覆ることはないわ、それまでに覚悟を決めときなさい」


 早苗さんは「でもできる限り協力する」とだけ言い、席を立った


「情報は随時、使いの者にもって来させるわ。あなたにも本家へ出向いてもらうかもしれないからその時はよろしくね」


「・・・はい」


 早苗さんは靴を履きながら、背中越しに言う


 そして立ち上がり、不意に僕を抱きしめた


「ごめんなさいね。大人の事情に巻き込んでしまって。気をしっかりと持つのよ。貴樹」


「大丈夫だよ。姉さんもしっかりね」


 早苗さんの声は僕以外には聞こえないくらい小さい


 僕の背中に回したその手は震えている。心配・・・してくれてるんだ、と思う


 それに早苗さんもまだ23歳だ。何度か鎮圧に参加しているとはいえ怖いことに変わりない


 社会でいえばまだ小娘の彼女が議会に参加し、東方本家の人間として日本を支えている


 とんでもない重圧の中でしっかりと立っている彼女は、僕の知る誰よりもたくましい


「・・・この件が始まればあなたは本家に戻ることになるはずよ・・・きっと今のような生活はできなくなると思うわ」


「・・・いいんだよ。ここまで隠れ続けてこられたのが不思議なくらいだし。幸せはもう・・・満喫できたよ」


 この会話は東方の一部の人間にしか聞かれてはいけない


 誰が聞いているかもわからないのに早苗さんは、姉さんは、僕を気遣って言葉をかけてくれたんだ


 高校を卒業したら必然的に戻るはずだった。それが少し早まっただけだ


 文句は・・・いえない


 僕らは抱擁をやめてまた本家と分家の関係に戻った


 玄関を開けて流れてくる夜風はとんでもなく冷たい


「華蓮のことは何も聞かないんですね」


「ええ。あの子はあの子で元気にやっているのでしょう?被害届がないのはその証拠よ」


 そう言って早苗さんは近くに待たせてあった車に乗り込んだ


 華蓮については僕に一任されている。それくらい信用されているということだ


「おやすみなさい。早苗さん」



「ええ、おやすみ貴樹君」


 車のテールランプが見えなくなるまで見送った後僕は家に入った


「早く寝るんだぞって言ったじゃないか」


 玄関で華蓮が少しすねた顔をして座っている


「なんか難しそうな話してたし・・・よく・・・わかんなかったけど。あんたいつもと声違ったから」


 たぶん華蓮は部屋に引っ込んだ後すぐ出てきて、僕らが話しているのを廊下で聞いていたのだろう


 顔を合わせるのは嫌だけどそれでも話は聞かないといけないと思ったようだ


 姉さんが家に来るときのほとんどは華蓮にも話があるときだから


 大体は重要で嫌な話なんだけど


「もう一回風呂に入って温まってきたらどう?風邪ひくよ?」


「そうするつもり。何の話してたの?最後にはハグまでして」


「はあ、聞いてたんでしょ?」


「・・・」


 華蓮は僕の顔をみてむっとしながら風呂場のほうに向かっていった


 自分ではわからなかったけど、人の感情に敏感な華蓮だ。僕の様子がいつもと違うとそう感じとったんだろう


 華蓮が聞き耳を立てていたのはわかってる


 難しい顔をして会話を聞いていたのもわかってる


 わからないと言っていたがそんなことはない、あれでもなかなか頭はいい


 いつも僕に対して横暴な態度をとってるけどこういう時は心配してくれる


 護衛を言う名の世話係には嬉しい限りだ



 僕はこの件に華蓮を関わらせたくない


 きっと華蓮の異能力なら明日には方がつくだろう


 意図的に暴走させられ自我もないまま、すべてを破壊しすべてを殺すという形で


 何が起きたのかもわからないまま敵は息を引き取っていく


 特等級の対処は例外はあるものの特等級にしか務まらない


 革命軍は異能ではなく天災によって壊滅した。そういう風に落ち着くだろう


 世界政府が指揮してるんだ。もしかしたら要請が入るかもしれない


 いやもう来ているのかもしれない。多分当主が止めてくれているんだ


 まだ十五の少女にこんなことを背負わせるのはあってはならない


 きっと華蓮は悲しむ。自分が人を殺したということを自覚して


 最悪壊れてしまうかもしれない


 華蓮の異能力は過度なストレスでも暴走する


 きっと大事なひとすら傷つけてしまうだろう


 僕はそんな華蓮を見たくない。華蓮にそんなことをしてほしくない


 いや、させない


 名ばかりであっても僕は華蓮の護衛だ


 それにあの日、守ると決めたんだ。僕を頼り、泣きついてきたあの日に



 覚悟を決めよう。この件は僕で終わらせる



 僕はリビングの片づけをした後、自室に入りベットに倒れこんだ


 今日はいろいろとあり過ぎて疲れた


 渡された資料は明日にでもじっくり読むことにしよう


 明日は龍見さんに放課後の事を謝罪して、できることなら仲良くなろう


 放課後は今日帰れなかった分あの手のかかる幼馴染に何かお詫びでもしようかな


 早苗さんにも話さなくちゃいけない


 まだ見ぬ明日の予定立てをしながら、僕は眠りに落ちた

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