33.義兄降臨!

「ほんとに大丈夫かな?」


「安心するニャ。六花りっか様の術は完璧。今のお前は『三つ目兎』以外の何者でもないニャ」


 そう。今の俺は兎だ。小柄な椿つばきちゃんでも、身長90センチ(幼稚園児と同じぐらいの背の高さ)の黒猫又でも、易々と抱っこ出来ちゃうぐらいの小さな白兎。


 リカさんからGOサインが出るまでは、ずーっとこの姿のままだ。異界出身とはいえ、俺の種族は『人間』だから。野良妖狐さん達からもきちんと理解を得られるように、超慎重に紹介をしてもらうことになっている。


「このあたりに来るはずニャ」


 椿ちゃんは俺を抱えたまま木陰に身を隠した。目の前には広場。その中心には輪入道の大五郎だいごろうさんの姿があった。そわそわとしていて落ち着かない様子だ。


 他のみんなはいつも通りの日常を送っているように見えるけど、よくよく見てみるとその表情は硬い。原因は分かってる。端的に言えば妖狐さん達のことが怖いんだ。


 妖狐さん達は強いのは勿論、物凄く気位が高いそうで所謂『無礼討』もざらにあるのだとか。いくらな妖狐さんだって言っても、そんな通説がある以上みんなが不安に思うのも無理はない。正直なところ俺も怖い。


「来たニャ!」


「っ!?」


 広場が光に包まれていく。眩しい。必死に目を凝らしていると、光の向こうに4つの人影を捉えた。


 三角耳にふっくらとした尻尾。間違いない。妖狐さんだ。2人は着物姿で、2人は作務衣姿……あれ? 黒い着物の人、尻尾の数おかしくないか!? 背中が白いもふもふで埋め尽くされてる。宝●みたいだ。


「ははーっ!!」


「よっ、よくぞお越しくださいました!」


 里のみんなが一斉に座礼をし出した。リカさんはその必要はないと言ってくれてるけど、座礼を解く人は誰一人としていない。完全なる委縮ムードだ。


かおる様、ご無沙汰しております」


 切り出したのは大五郎さんだった。緊張した様子で続けていく。


「未だ成果をあげられず、申し訳ございません。今しばらくお時間を――」


「不要だ」


 黒い着物の宝●風の妖狐さんが応える。……薫さん!? リカさんの弟さんじゃないか!! マジか。今日会うことはないと思ってたのに。こっ、心の準備が!!!


「うひゃ~! 弟君、六花様に瓜二つだニャ」


 たっ、確かに似てる。リカさん(青年期)って感じだ。俺よりも少し年上の19~20歳ぐらいに見える。長い銀髪、切れ長の目、金色の瞳、すっと通った鼻筋、薄くて形のいい唇。輪郭も顔のパーツの配置もリカさんとほぼ同じ。だけど、物凄く近寄りがたい。ピリピリしているというか。とにかく何か怖くて。ふわふわなリカさんとは対照的な印象だ。


雨司あまつかさの次期君主はこの僕だ。兄上など最早不要」


「恐れながら、陛下は――」


「あんなもの貴様を失脚させるための方便に決まっておろう」


「そんな……」


 大五郎さんは首を振る。左右に。力無く。「気の毒にニャ~」と思わず零す椿ちゃんに、俺も静かに同意する。


「代わって果たしてくれるそうだよ。私やお婆様の夢を」


 誰かが切り出した。『いい天気ですね』と言わんばかりの能天気な声で。あれは……リカさんだ。


「この里のみんなの心の在り方を参考に、雨司の精神を改めて……恵まれない妖や人間達のために、自活を前提とした支援をしてくれるんだって」


「っ! ならば猶更なおさらです。常盤ときわ様には、何としても雨司にお戻りいただき――」


「不要だ」


「しかし」


「僕では力不足だと言いたいのか?」


「滅相もございません。私はただ――」


「消えろ。目障りだ」


 まさに取り付く島もない。大五郎さんは何か言いかけて、口を噤んでしまった。悲しそうな顔。見ているだけで胸が締め付けられる。


「……失礼致します」


 大五郎さんは深々と頭を下げると、ガラガラと控えめな音を立てて去って行ってしまった。薫さんはそんな大五郎さんを一瞥いちべつして小さく溜息をつく。


「何もあそこまで言わなくても」


「僕は昔からあの者が好かぬのです」


「? どうして?」


「要らぬ世話を焼くからです」


「ふふふっ、それは薫のことを思ってのことだよ」


「故に好かぬと申し上げているのです」


「ん~?」


「もう良いでしょう。時間の無駄です。さっさと案内してください」


「……は~い」


 リカさんは小首を傾げつつも、ゆっくりと歩き出した。あの方角は畑か。


「弟君、きっついニャ~」


 大五郎さんは雨司時代、リカさんの『お目付け役』をしていたらしい。そのせいか、少々口煩いところがあるのは否めない。リカさんは基本的には素直に従って、都合が悪いとのらりくらりとかわしたりしてるけど……薫さんには難しかったのかな。もしかしたら、深刻な『ライン越え』があったのかもしれない。


「お前はホントに懲りないニャ」


「えっ? 何が?」


「アイツらの尻尾ばっかり見て。椿の話、ろくに聞いてなかったニャろ?」


「いや、今のは――」


「じゃんじゃがじゃーーんッ!」


「っ!?」


「そんな尻尾愛好家な優太ゆうた殿に問題です! 六花様と弟君、位が高いのはどっちでしょーか?」


「えっ? えっと……数も多いし薫さん?」


「こんの未熟モンがぁっ!!!」


「なふっ!?」


 ネコパンチを喰らった。~~っ、痛っ!! このラブリー全振りなうさボディーには堪える。ふわっふわな両手で、痛むデコをぐーーっと押さえ込んだ。


「まったく、こんニャの基礎の基礎ニャぞ」


「さっ、さーせん」


「仕方ないから教えてやるニャ。しっかり覚えるニャ」


「あ、あ゛い!」


 椿先生が教えてくれた内容をまとめるとこんな感じだ。


・妖狐は神様から一定の評価を得ると妖力&位がUPする(=天昇てんしょう)。


・一尾、二尾……九尾と天昇すると『天狐てんこ』に。


・天狐になった後は、天昇するごとに


・最後の一本が消えた時、『空狐くうこ』とかいう最上位格の妖狐になれるらしい。


「なるほど。薫さんは1周目で、リカさんは2周目ってことか」


「そう。因みに弟君は『七尾の狐』、1周するには後2回天昇する必要があるニャ」


「あ。1周目と2週目って、どう見分けるの?」


「安心するニャ。2週目のヤツなんて滅多にいない。大五郎の話じゃ、現存する天狐は六花様と六花様のお婆様だけらしいからニャ」


「へえ~、やっぱリカさんって凄いんだな」


「ぐふふっ、六花様『空狐』にならないといーニャ?」


「何で?」


んニャぞ~?」


「っ!!!」


 リカさんのお尻から尻尾が消える。あのふっくらとした尻尾が。


「……はっ! いやいや! OK! OK! 天昇したら妖力もアップするんでしょ!? だったら、里のためにも空狐になってもらった方が――」


「よく言うニャ~」


「うっ、嘘じゃないってば!」


「あぁ! むぎ~」


 広場中に能天気な声が響き渡る。案の定リカさんだった。ポメラニアンみたいな見た目の妖・麦君が、リカさん目掛けて駆け寄っていく。



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