第45話 呪術師
「ええ。その通り」
カーリーは口角をわずかに上げながら、僕に頷いてみせる。
下弦の月みたいな笑み。
「私ならあなたの望みを叶えられますとも、導き手」
彼女がラットのマジックミラーを解呪してくれるなら……。
そうなれば、ラットは誰にも見つからないまま永遠に1人で過ごす運命から逃れられる。
僕らもラットのことを見られるだろう。
また会える……。
今、ラットを救うにはカーリーに頼るしかない……。
「この者の呪術は外法と呼ばれるものだ」
冷たい声が僕を引き戻した。
ヘルがじっとりとした目で僕を見ている。
「呪術をよくする者は、いずれ自らを対価に差し出し破滅する。そのような命の流れを私はいくつも見てきた」
「ほほ……あなた、呪術にお詳しいのですか?」
「私が知っているのは死のことだけ」
ヘルはまったく温かみのない眼差しをカーリーに向ける。
「ただ、この者の扱う呪術は死に近しい。だから、私でもわかる。……とは言え」
ヘルは僕に視線を戻しながら、続ける。
「この者の呪術を用いるかどうかはあなたが決めること。好きにすればいい」
「外法と呼ばれる類の呪術……」
ヘルにそう言われて、僕は思い出す。
ロインの力を強めるために、いくつもの首を掻き切っていたカーリーの姿を。
……その中には赤ん坊もいた……。
「……赤ん坊を生贄に捧げるような、そんな呪術師に頼らないとラットは救えないっていうのか……」
「ほほ……ご覧になっていたのですか?」
カーリーが頬を赤らめる。
「これはお人が悪い。盗み見しておられたとは。……お恥ずかしい」
「いや、盗み見したくてしたわけじゃ……」
「きっと、マジックミラーを使われていたのでしょうね? 私、まったく気づきませんでした」
と、カーリーは熱っぽい視線を僕に向けた。
「……ほほ、言ってくださればもっと間近でお見せしましたものを。……私、導き手がお望みなら、もっとすごいものをお見せできるのですよ?」
「そんな、赤ん坊の首を切るようなところ見たいわけないだろ!」
僕が思わず強い口調で言うと、カーリーは小首を傾げる。
「おや? 呪術の生贄として命を捧げることに抵抗がお有りで?」
「……あんなこと、許されるわけないじゃないか」
「ほほ……許せなかったのなら、なぜ止めなかったのです?」
「それは……だって……」
その隙に、ダンジョンの先へ進んだのは僕だ。
赤ん坊が殺されるのを見捨てて……。
カーリーがわかったように頷く。
「ご自分の都合を優先したからでしょう? いいのですよ。人はそういうものなのですから」
「やっぱり、あそこで止めておくべきだったんだ。そうすれば罪のない命が失われることもなかった……」
「ほほ……赤子を救って己の心を守るのと、自分の利益を追求するために赤子を見捨てるのと、どちらも自分の都合でしかありません」
「なに?」
「自分にとって不快な光景を見たくないという都合を優先すれば赤子を助けるし、先に進むという都合を優先すれば赤子を見捨てる。どちらも自分の都合で行動を決めること、決定することに変わりはありません」
……人を助けるのも、人を見捨てるのも、どっちも自己中心的であることに変わりない。
この呪術師はそんなことを言ってるのか?
と、カーリーが唐突に問いかけてきた。
「ほほ……そもそも、私が生贄に捧げた赤子がなにかご存じですか?」
「なにか……? どこかから誘拐してきた赤ん坊ってこと? それとも奴隷商人から買い上げたのか……」
「あれは、とある村娘から買い上げたものです」
「……貧しい村娘から金にものを言わせて……それともどこかに養子に出すとか騙して連れ去ったのか」
僕の答えに、カーリーの口は半月状の笑みを形作る。
「ほほ……ドラマチックなことをお考えになるのですね。小説家になられたらいかがです? 事実はもっと簡単。その村娘は以前ゴブリンに攫われたことがありましてね」
「それがどうした」
「ほほ……私が買い上げた子はその村娘がゴブリンに犯されてできた子ですよ」
……凌辱の結果の子……。
僕は言葉を途切れさせる。
だから、カーリーが一方的に話し続けた。
「ゴブリンに孕まされて生まれた子はゴブリンになります。長ずればいずれ人を襲い、殺し、奪い、犯すゴブリンになる。誰からも愛されない忌子。ほほ……私が買い上げたのはそのような望まれぬ、それどころか憎まれる赤子ですよ」
親からも周囲からも望まれなかった命……。
哀れで、害を撒き散らすに違いないと決めつけられた命……。
……だから、なんだ。なんだっていうんだ。
「……だったらなんだ。ゴブリンの赤ん坊だから殺してもいいとでも言いたいのか!」
「ほほ……いえいえまったく違います。よろしいですか? 人間の赤子でもゴブリンの赤子でも、その命を糧とすれば誰かに力を与えられるのは同じということ。命は平等なのです。皆平等に価値がある。他者に力を与えられる糧としては、そこに貴賤は無いのです」
「なにを言ってるのか、わからない……」
「ですから、私の呪術を外法だなどと毛嫌いせずにお受け入れください、導き手。あなたも、助けられなかった命が尊いから悔しいとか、下賤だからどうでもいいとか迷わずにただ受け入れなさい。私達は皆、誰かの命を糧にして生きている。その命に上下はない、と。そう、それが赤子を糧にしようと、ネズミを糧にしようと、全て同じ事なのです」
「人の命とネズミの命が同じだって?」
「ほほ……人の肉を食らおうとネズミの肉を食らおうと、どちらも腹が膨らむことに変わりはないでしょう?」
僕は胸が悪くなってきた。
眉間に皺を寄せて、呟く。
「……ひ、人が人の命を糧にするのはだめだろ……。そんなことになったら……人同士で殺し合うのを認めたら……僕らは誰も、人を信じられなくなっちゃうじゃないか……。……好きな人とだって、隣り合って生きていられなくなる……」
「ほほ……でも、そういうものでしょう? 人は人から奪って糧にして生き、人と争って殺す。そうやって生きている。人の営みというものですよ」
カーリーは大きく手を広げた。
「ですから、あなたも難しく考えることはない、導き手。誰もがやっていることです。私の呪術を利用して、あなたの望む結果を受け入れてください。あなたはラットを救いたいのでしょう? なんと尊い願いか……! その願いを叶えるためなら、私を旅の仲間に加えることなど安いもの。そうでしょう?」
僕は躊躇い、一旦唇を噛んだ。
人を平然と生贄にする、この邪悪な少女と一緒に行く……?
どこへ? 地獄へ?
……でも、ラットを救うためなら……地獄だって……。
「……どうすればラットのマジックミラーを打ち消すことができる?」
僕はそう尋ね、カーリーはくっくっと笑い声を漏らす。
「……僕の命を捧げればいいのか?」
その横で、ヘルはいつものように冷たい目を僕に注いでいた。
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