シラクラ病院

 移動した。

勝負の場に選ばれたのは町から少し離れた何もない平原。

俺と副団長が向かい合い、傍らには団長が立っている。

そして俺たちを取り囲むように調査団員たちがぐるり。


武器は木剣で、どちらかが負けを認めるか団長が勝負ありと判断した時点で終了ということに決まった。


団長が確認するように言った。

「魔法の使用は禁止する」

俺には関係のないことだ。


副団長はウキウキしている。

「やっと直接対決する機会が訪れたな。小童め、叩きのめしてくれるわ!」

「うん。分かった」

俺は適当に答えて木剣を構えた。


「では……始め!」

団長の合図と同時に副団長が距離を詰めてくる。

流石に速い。

副団長の立場は伊達じゃないな。


すぐに俺の間合いの内側まで入ってきた。

迎え撃つべく振り下ろした俺の木剣は地面を打った。


副団長は俺の攻撃を素早く躱し、滑らかな動きで俺の背後を取った。


「ぬん!」

真後ろから副団長の掛け声と木剣が風を切る音が聞こえてくる。


俺は軽く反動をつけて、勢いよく振り返りながら木剣を振り払った。

一瞬だけ互いの木剣が当たった感触があった。


「……勝負あったな」

団長が告げた。


「シラネの勝ちだ」

副団長の木剣は真っ二つに折れ、片割れが地面に転がっている。


副団長は先の無くなった手元の木剣を呆然と眺めていた。


俺は自分の木剣を確認してみた。


うむ。

特に異常なし。

あ、でもよく見たら若干凹んでるわ。

まぁそんなことどうでもいいか。


「俺が勝ったので、約束通り推薦してくださいな」

俺がそう言うと、副団長は不本意そうに地面を睨みながら

「……はいはいわかりましたよ」

と呟いた。


よし。

やっと話が進む。


それから俺には仮免が与えられた。

これにより俺は後ろ指差されることなく隠しダンジョンに入れることになったのだ。

いぇーい。



 あれから二週間が経った。

4千万ゴールド集めは順調に進んでいる。


団長はツテを頼って色々な人に頼んでくれてるみたいだし、俺の調査活動での報酬もなかなかのものだ。


俺は2億6千万ゴールドで始められることはすでに始めてもらっていた。

この二週間で設備はもう整いつつある。

めちゃくちゃ急いでもらってるのだ。


俺はてっきり設備だけ用意すればいいのかと思っていたのだが、どうやら新しく病院ごと建てるしかないらしい。


設備ってのは結構デカい装置? で、それを置いておけるところがどこにも無かったのだ。


まぁ俺としてはランの父親さえ治療できればいいんだから、治療が終わった後はどっか適当な建物に置いておくっていうのでも極論だが一応スペース問題は解決する。


でもそれだと多分お金持ちたちに出資してもらえないのだ。


彼らはたくさんの人々の助けになるっていう名目のものに対してじゃないと援助してくれない。


だからもう新しい病院を建てて、そこでずっと使ってもらうことにした。


でも、それを踏まえて改めて計算してみても諸々にかかる費用は3億ゴールドを超えなかった。

元々病院を建てること込みの3億だったのかもしれない。


俺はここのところずっと例の隠しダンジョンに籠っていた。

モンスターを狩りまくって素材を売って費用に充てるためだ。


まぁこれは調査でもなんでもないただの金稼ぎなのだが、黙認してもらってる。


調査自体はもう大体終わった。

団長によれば、十中八九ランクはSになるとのことだ。


隅々まで探索して、宝も見えやすい場所にあるやつはあらかた回収した。


分かりにくい位置に隠れてるやつもまだあるかもしれないが、そういうのはあったとしても無視するらしい。


よく分からないけど、多分冒険者たちのやる気を削がないようにするためじゃないかな。


どこかに調査団が回収していない宝が眠っているっていうのはロマンがあるし。


「どっこいしょ。これ、次よろしくね」

「はい!」

俺は隠しダンジョンの入り口の扉の前に、袋いっぱいのモンスターからもぎ取った素材をドサッと置いた。


元気よく返事してくれたのは、最近調査団員になったばかりの新人君だ。

今回一緒に調査するうちになんか仲良くなった。


彼は入ったばかりで、俺と直接揉めたことがあるわけじゃないし、昔のいざこざのことも詳しくは知らないから元々中立的な感じだったのが幸いした。

おまけに彼は非常に人懐っこい。


今は素材をダンジョンの外に運び出すのを手伝ってもらってる。


「シラネの兄貴、訊いてもいいですか?」

新人君が袋を持ち上げながら言った。


「兄貴はずいぶん色々装備してるみたいですけど、やっぱりその装備にも強さの秘密があるんですか?」

新人君は俺のことを兄貴と呼ぶようになった。


最初は先輩と呼んできていたが、どちらかと言えば俺の方が後輩なので先輩と呼ぶのはおかしいということになり、呼称は兄貴となったのだ。


新人君の質問に俺は首を横に振った。

「いや、これはどっちかっていうと防御のため。俺は魔法攻撃食らったらダメなタイプの人間だから」

俺は今結構厚着している。

なるべくマナが直接肌に触れないようにするためだ。


首にはネックウォーマーをしているし、作りがしっかりした黒い手袋もしている。


本当は顔全体を覆った方が安全なのだが、俺は戦闘時には集中して五感を研ぎ澄ますから邪魔なのだ。


「あ、うちの先輩方もそんなこと言ってましたけど、魔法がダメってどういうことなんですか?」

「教えなーい」


「もー。兄貴ったら守秘義務なんだから~」

「なんだそれ。秘密主義の間違い?」

「あ、それっすね。ミスりました。ははは」

ちょっとアホだけど、新人君はいい奴だ。


「っていうかいい加減町に戻ったらどうです? もうずっとダンジョンに籠ってるじゃないですか。こんなとこに一人で籠るなんて正気じゃないっすよ。そもそもなんで無事なんですか?」

「結構頑張ってるからな」

「頑張ってるから無事ってなんすか」


「まぁでも確かにそろそろ町に帰ってもいいかもな。病院がどんな感じになってるかも気になるし」

「もう大体完成してますよ」

「マジかよ。やっぱ魔法ってスゲーな」

魔法による建築は爆速で終わる。

設計する時間の方が長いくらいだ。



 そんなわけで久々に町に帰ってきた。

まずは自分の家に戻ってシャワーを浴びた。


新人君には先に持ち帰った素材をギルドに運んでもらった。


俺は着替えてギルドに向かった。

いつもだったら、あの素材たちは買い取り屋のジイさんのとこに持って行って買い取ってもらうのだが、今回はそれをやったらすぐにバレるし、マーヤさんに釘を刺されているからちゃんとギルドで売る。


ギルドに着くと、受付のツキヨさんからうんざりしたような顔を向けられた。


居合わせた冒険者たちも俺のことを憎たらしそうにジロジロ見ている。


まぁジロジロ見られるのもコソコソなんか言われるのも慣れてるから別にいいんだけど、今日は特に見られる。


ズボンのチャックでも開いてるのかと思って確認してみたが、社会の窓はバッチリ閉まってる。

不思議に思っていると、新人君が寄ってきた。

新人君は気まずそうに苦笑いを浮かべていた。


「一旦外に出ましょうか」

「え? まぁいいけど……」

新人君が報酬を持っていないことが気になったが、人目のないとこで話した方がいい気がしたからギルドから出た。


「病院に向かいながら兄貴が気になってるであろうことを説明しますねー」

「おう」


「まず、さっきギルドの人たちが兄貴のことガン見してたのはですね……」

そう言って新人君は説明してくれた。


どうやら俺があまりにもたくさんの素材を持ち込んだせいで、ギルド内の報酬用の金が枯渇したらしい。


そして他の冒険者が報酬を一時お預け状態になっているみたいだ。

そりゃ睨まれもするだろう。


まぁ普通はこんなことあり得ないんだけど。

そもそもこの周辺にはそんなにランクが高いダンジョンがないから、高価な素材を持ち込まれること自体が少ないし。


今回はギルド協会? とかいうところが緊急措置として資金援助してくれるみたいだけど、その金が届くまでは俺も冒険者たちも素材を売れないらしい。


「こんなの異常事態っすよ。兄貴が頑張りすぎたせいですね。まぁでも別に兄貴が悪いわけでもないですよ。気にしないでいいと思います」


「うーん……。その金が早く届いてくれないと俺としても困るんだよなぁ」


「明日には届くみたいですよ。と、言ったところで到着です。ここが新しく始まる病院っす」

新人君は目の前の白い建物を指差した。


「おぉ! なかなかいい感じだな」

結構ちゃんとした病院だ。

『シラクラ病院』と書かれた看板がある。


名前は俺と団長の名前から取った。

団長の名前はクラーキだ。


最初は『シラネ病院』にさせられそうになったが、俺が断固として拒否した。


俺の名前なんて付けたらそれだけで悪い評判が立つだろう。


その後は病院の中を案内してもらった。

俺は病院自体にはあまり興味は無かったので、新人君の説明はほとんど聞き流した。


でも肝心の例の設備についての話はちゃんと聞いた。

実際にその設備を見てみたが、なんかごちゃごちゃしててよく分からなかった。

まぁ動いてくれるのならなんでもいいか。

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