相談
小一時間くらい待った。
足音が聞こえてきたから視線を向けると、険しい表情で調査団員たちがダンジョンから出てきた。
みんな入った時よりもかなり汚れている。
「おかえりなさーい。どうでした?」
俺が近寄って訊くと団長は舌打ちをした。
「カウボーイと妖狐と雪熊に同時に出くわしてな。このザマさ」
「ほへー。そりゃあ災難でしたね。お疲れ様です」
妖狐は五感を狂わせる魔法を使う厄介な奴だ。
雪熊は、まぁ名前から分かると思うけど氷雪系の魔法を使う。
普通にフィジカルも強いモンスターだ。
「十人がかりでもやっぱり苦戦するんですね。俺はそんな大人数で戦ったことないから分かんないんですけど」
イチキがうんざりしたように言った。
「大体妖狐のせいだよ。感覚狂わされて間違って味方に攻撃しそうになったりするから大人数だとかえってやりづらいんだ」
「あー確かに」
大人数ならではの悩みもあるんだなぁ。
団長が深くため息をついた。
「これは応援を呼ぶことも視野に入れないとな。まぁとりあえず今日のところは撤退だ」
町に帰り着くと、調査団員たちは団体で予約しているという宿に向かっていった。
団長とイチキを除いて。
「さて、どこで話しましょうかね」
俺が切り出すと、マーヤさんが
「うちのギルドでいいだろう」
と言ってくれたので、ギルドに戻ることにした。
ギルド内に俺たち以外いなくなった後、戸締りをして受付横の六人掛けの席に四人で座った。
俺の隣がマーヤさん。
向かいに団長とイチキだ。
団長がどっかりと椅子に座り直して腕を組んでから俺を見た。
「じゃあ相談事とやらを聞かせてもらおうか」
「うっす。えーっと、俺の……元パーティーメンバー? の女の子の父親が」
俺は昨日ランから聞いたことを話した。
三人とも黙って聞いてくれた。
「……ってな感じで、金が欲しいんですよ」
俺が話し終えると、その場は沈黙に包まれた。
しばらく誰も何も言わなかったが、やがて団長が重々しく口を開いた。
「なるほど。事情は分かった。んー。なるほどなぁ……」
団長は渋い顔でなるほどと繰り返しながら何度も頷いた。
マーヤさんが俺に微笑みかけてきた。
「お前のそういうところはいいと思う。伸ばしていけよ」
「いや、ガキ扱いかよ」
イチキは複雑そうな顔で唸っている。
「ん~。お前ってやっぱりよく分からん奴だよな。人を助けることにも人に害を為すことにも躊躇がねぇ。マジで倫理観どうなってんだ? まぁそういうとこを気に入ってるんだけどさ」
「伸ばすのは前者だけでいいからな」
マーヤさんが釘を刺すように言ってきた。
「俺は自分がその時にやりたいと思ったことをやってるだけなんだけどなぁ。いや、そんなことはどうでも良くて。資金、どうにかなりませんかね?」
団長に改めて訊いてみた。
団長は極めて渋い表情を浮かべている。
「……どうにかしてやりたいのは山々だが、しかしまぁあまりにも額がデカい。3億ゴールドなんか王様にでも頼まない限りは捻出できん」
「ん? いやいや、別に3億全部出せってんじゃないよ。俺も自腹切るから」
「お前が稼いでるのは知ってるけどな、それにしてもいち冒険者の援助なんて雀の涙程度の足しにしかならんだろ。お前、いくら出せるんだ?」
「パッと動かせるのは大体2億6千万ゴールドくらいかな」
「ほらな。そんくらいじゃ……は? に、2億6千万……?」
「時間があれば全額俺の貯金から出せるんだけどさ、急がないといけないみたいなんだよね。いや~さっさと洗浄しとけば良か」
「ちょ、ちょっと待て!」
団長が腕をブンブン振り回して俺の話を遮った。
「お前、どっからそんな金……」
「なんだよ今更。俺が貯金できるタイプの人間ってことくらい知ってんだろ?」
「そんなレベルじゃ……」
「おい。シラネ。どういうことだ。説明しろ」
マーヤさんが威圧的な口調で迫ってきた。
「説明しろも何も。俺がガキの頃からダンジョンに入り浸ってたのはみんな知ってるよな?」
三人とも頷いた。
「だったら分かるだろ。何年もモンスターの素材を売って儲けてきた金さ。まぁ、あとはちょいと不法な金も少々」
三人とも同時にため息をついた。
イチキが訊いてきた。
「念のため確認するが、コメカの間違いじゃなくて?」
前に言ったかもしれないけど、コメカは金の単位だ。
100コメカで1ゴールド。
「間違いじゃない。ゴールドだよ」
「はぁ……。マジかお前。呆れた」
イチキはなんとも言えない表情で俺のことを見てきた。
「シラネ。不法な金とはどういうことだ。一体何をして手に入れた」
マーヤさんが真剣な顔で訊いてくる。
「あー。多分知らない方がいいっすよ」
「いいから話せ」
圧力に屈して俺は話すことにした。
「……はーい。ゼオルたちのパーティーメンバーとして世界中旅してた時に立ち寄ったとある国がありまして。その国のとある金持ちがすげぇムカつく奴でね。なんかそいつ結構偉い貴族らしいんだけど、そいつがハチャメチャに搾取しまくるせいでどんどん貧乏になるから国の人たちがブチギレてたの。俺も道端でガキが物乞いしてるのとか見たら段々イライラしてきて、そいつの家に忍び込んで宝石やら財宝やら盗んでその辺にぶちまけたんだよ。そん時に自分の取り分としてばら撒かずに持っておいたやつのこと。まぁ他にも色んな事情で不法に手に入れた金がたんまりとあるわけさ」
俺の話を聞き終えたマーヤさんは慎重に言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「こんなこと言っていいのか分からないが……よくやったな」
「はぁ? 何言ってんのマーヤさん。どう考えても褒めちゃ駄目でしょ。犯罪だよ?」
「やっぱお前倫理観おかしいだろ。なんで駄目って分かってること躊躇いなくやれるんだよ」
イチキがツッコんできた。
俺は何度でも同じことを答える。
「俺は善人にも悪人にもなりたくない。俺がその時にやりたいと思ったことをやるだけ。感情最優先。まぁ義賊的な行為は善の心と悪の心を同時に満たせるから結構やっちゃうんだけど」
髭が生え揃った顎をさすっていた手を止めて、ジト目で俺を見ながら団長が言った。
「それにしてもお前金持ちすぎだろ。さては所得税納めてねぇな?」
「ははは。まぁそういうの抜きにしてモンスターの素材を買い取ってくれる買い取り屋がいるのさ。正式なギルドのクエストとしてダンジョンに行った時に持ち帰った素材はちゃんと受付で報酬と交換してるから、その分の税金は納めてるよ。副業として個人で勝手にこっそりダンジョンに入ってモンスター狩りまくって素材売りまくってるだけだからセーフ」
「確定申告してんだろうな?」
訝しむような目を向けてくる団長に俺は肩をすくめてみせた。
団長はため息をついた。
「これまたとんでもねぇ額を脱税してやがんなテメェは」
「見逃してちょ」
「まぁ俺はお巡りじゃねぇから目ぇ瞑っといてやるけど。俺はな。ギルド長さんがどうかは知らねぇぞ?」
あ、そうだった。
やばい。
マーヤさんは立場上、俺の行為を咎めなければならないんだった。
しくじったな。
恐る恐る隣を見てみると、マーヤさんは眉を八の字にしていた。
俺は思わず頬を緩めた。
マーヤさんのこれは、仕方ないなぁの顔だ。
「今回限り聞かなかったことにしてやる。ただし、今後は絶対に許さない」
「寛大なマーヤさん素敵」
「調子に乗るな」
マーヤさんは困ったように微笑んだ。
俺はずいぶん逸れてしまった話を戻して、本題を再開することにした。
「さて、じゃあ話を戻しますけども。俺が払えるのは2億6千万ゴールドくらい。これ以上はマネーロンダリングしてないやつとか、まぁちょっとすぐには使えない金だから無理。そんで、残り4千万ゴールドをどうにかしてもらいたいんだけど、そこんとこどうですか団長さん」
団長は腕を組んで唸った。
「桁が大きすぎて感覚がおかしくなりそうだが、4千万ゴールドもとんでもない大金だ。100万ゴールドもありゃ無人島が買えるってのに。……まぁでも医療設備ってんならもっともらしい理由だし、金を出してくれるやつも多いかもな。その設備ってのは、例の特殊な病気の治療にしか使えないやつなのか?」
「いや、昨日帰りに図書館寄って調べたんだけど、色々応用が利くというか、他の病気の治療にも使えるっぽいよ」
「なるほどな。それなら希望はあるぞ」
団長は嬉しそうに言った。
「あ、ごめんちょっといい?」
イチキが遠慮がちに手を上げた。
「どうでもいいんだけどさ。シラネ、図書館行ったりすんだな。意外だわ」
「なんか失礼だな。まぁたまにしか行かないけどさ。昨日は時間が遅くて利用時間過ぎてて、図書館もう閉まっちゃってたから係の人に土下座して開けてもらったっていう小話もある」
「そこまですんのかよ……。一日待てばいいだけだろうに」
イチキがドン引きしながら言った。
「俺は今急いでんだよ。ランの父親はあんまり悠長にしてられる状態じゃないらしいからな。一日も無駄にしたくない」
団長が満足そうに大きく頷いた。
「よし分かった! お前の心意気を買おうじゃないか。俺の方でもなんとか資金調達してやる」
そう言って大きな右手を差し出してきた。
「お、マジすか。ありがとうございます」
俺はその手を掴んだ。
こうして俺たちは協力して4千万ゴールドを集め始めたのだ。
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