雪花火奇譚

冬野ゆな

第1話 放課後の生徒会室(前)

「ねえ、どうするの?」

 夕暮れの赤が、教室にいる二人の女子生徒の顔を照らした。

 赤い光が照らしてなお、顔が青ざめているのがわかる。

「どうするって言ったって……」

 二人の声はいまにも泣きそうだった。

「だってもう、私たちだけじゃどうにもならないよ」

「お、お祓いに行くとか……」

「お祓いっていったって、どこに行けばいいのよ」

「近所の神社とか……」

 自信のない声が返す。

 気まずい沈黙が二人の周りに満ちていた。どちらともなく、互いから目を逸らしていた。

「……ねえ。いちかばちか、生徒会長に相談してみる……?」

「生徒会長って、あの……同じ一年の……?」

「うん。うちの生徒会長って、学園周りの変質者とか、危ない場所とか……、生徒から情報集めてるでしょ。それで、幽霊とか、オカルトとか、おかしなことでも、相談乗ってくれるって……」

「そういう話はあったけど……」

「お寺とか神社とか紹介してくれるかもしれないし、相談するだけなら……」

 だんだんと二人の声は小さくなっていったが、それ以外に方法はなかった。




 *




 真冬の澄んだ空はまだ明るかったが、日の落ちるのが早いのを感じさせた。

 授業を終えた生徒達が帰路につく声と、部活動に向かう生徒達の声が微かに混ざり合う。そんな廊下を、彼女は一人、制服姿で歩いていた。

 落ちかけた日差しが差し込む廊下で、彼女だけはその光に染まらないようだった。長い黒髪を揺らす、白く雪のような肌。整った顔立ちに、どこか涼し気な空気を纏う。廊下を歩けば誰もが振り返るような容貌だが、教室棟から離れるにつれて少しずつ人の声も遠のいていく。彼女が向かう先は、自分の城。この学園において、彼女が自分の部屋と言うに相応しい場所。生徒会室だった。

 静かな廊下の先にある生徒会室は、鍵が開けっぱなしになっていた。

 扉を開けると、既にいる先客に目線が吸い込まれる。

 真ん中のテーブルを挟むように置かれた左右のソファ。そのうちの左側のソファに陣取った男は、仰向けに寝転んだまま視線を向けてきた。

「よう! お疲れさん」

 独特のイントネーションで、人好きのする笑みを向けたのは三白眼でボサボサ髪の男だった。

「……ちょっと。夏樹さん。そこで寝ないでくださいよ」

 氷華は眉間に皺を寄せた。

「別にええやんけ、オレとお前の仲やろ?」

 日向夏樹。氷華と同じクラスの男子、と言えばそれまでだが、彼自身は生徒会に微塵も関係は無い。それなのにこうして勝手に生徒会室を我が物顔で使ってくるのには理由がある。

「そんな仲ではないです」

 氷華が部屋の中に入ってくるのにあわせて、夏樹は体を起こしてソファに座る。

「だいたいあなた、五時間目から教室にいなかったでしょう。ここをサボり場所にするのはやめてください」

「つれないなぁ、そう言うなって。それに、ここだって本来はお前の部屋じゃないやろ」

 氷華は視線を逸らした。

 本来この部屋には、生徒会長以下、副会長や書記といったメンバーが集っているはずだ。しかし現状、生徒会の仕事は「生徒会執行部」という名の、副会長をリーダーとした別組織が運営している。そして実際にここに居るのは、生徒会長である氷華と、まったくの部外者である日向夏樹の二人きり。本来の「生徒会」の役割がまったく果たされていない。

「私だって生徒会の仕事くらいしてますよ」

 氷華は一番奥に置かれた会長用の少し大きな机へと目をやった。窓から入るオレンジ色の光を背に、誰もいないレザーチェアはぴくりとも動かない。少なくともそこには、執行部からの書類がある。

「最後の承認だけな」

 夏樹は反対に、テーブルに置かれた箱へと視線を向ける。

「お前が生徒会長になっとるのは完全な不正行為やろ? オレも手伝ったるから、早いところ――」

 おもむろに箱に手を伸ばす。

「こいつを片付けて、生徒会長の座から下りてもらうぞ」

 氷華はぐ、と声に詰まった。

 答える代わりに隅に置いてある棚へと足を向けると、ガラス戸を開けて中からクッキー缶を取り出した。

「……まあ、夏樹さんもそう慌てずに。おやつ食べます?」

 パコッと音を立ててクッキー缶の蓋を開け、テーブルに載せる。

「お前な……」

 あからさまに部屋の延命をはかっているのはバレバレだ。

「うちから持ってきたクッキーなので悪いやつではないはずですよ、多分」

「それ高いんじゃ……。というか懐柔しようとするんじゃねぇよ!?」

 そうは言うものの、蓋の開けられた中身に目をやる夏樹。ジャムの入ったものやパイ風のもの、そしてクッキーだけでなく色鮮やかなメレンゲも入っている。

「いまなら紅茶とコーヒーのどちらかもついてきます」

「ここにいったい何を持ち込んどんのや……というか懐柔するなって言っとるやろ!?」

 夏樹がクッキーを一枚取ろうと手を伸ばしたしたところで、突然、ノックの音がした。

「あの……すみません」

 二人は互いに目を合わせると、氷華はすぐさまクッキーの缶を元通りにして、夏樹は制服と髪を軽く整えたあとに、姿勢を正し、ソファに転がったスマホを手元に戻す。

「はい。ちょっとお待ちくださいね」

 氷華は言ってから、声を整えるようにしてから何事も無かったかのように扉を開けた。

 扉の向こうにいたのは女子生徒が二人だった。

 どちらも、扉が開いたこと自体に驚いているようだった。戸惑ったようにお互いを見て、そして無言のままだ。

「なんの御用でしょう?」

 氷華が微笑むと、二人の生徒はどちらが先に話し出すか迷っているようだった。

「オレは一旦出た方が良さそうか?」

 現実的な悩みをひっさげてやってくる生徒もいる。内容によっては自分はいない方がいいと判断するくらいには、デリカシーは持ち合わせていた。

 しかし氷華が答える前に、生徒の一人が叫ぶように言った。

「あの……、会長って、オカルトみたいな相談でも大丈夫って、本当ですか……!?」

「……」

 氷華と夏樹は目配せをした。

 無言のまま、褐色の瞳は「居てください」と言っていた。夏樹はその色を読み取って小さく頷くと、立ち上がって自分の場所を空けた。氷華の荷物と一緒に奥の方へと片付ける。

「……どうぞ。お入りください」

 二人を通すと、氷華は廊下を見回した。他にだれもいないことを確認して扉を閉めた。

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