第53話 今生の別れ

 静寂の覆う戦場の中で、親衛隊長の腕がピクリと動き、再起動を始めた。


「魔女の生き残りが、まだ二人もいたとはな」

 親衛隊長は呟きながら、腕の銃の残弾を確認していた。

「残り一発か……。ネザン様もお一人では寂しかろうて。どちらがお好みか」

 親衛隊長は薄笑いを浮かべながら、クラヴィスとツァローニに交互に銃口を向けていた。まるでどちらを撃ち殺すかを楽しんでいるようだ。

「こっちだな」

 ボソリと呟いたその瞬間、動きを止めた銃が火を噴いた。

 

 一発の銃声が、静まり返っていた戦場を切り裂いた。

 フォノンはすぐさま音に反応し親衛隊長に向かって行った。大斧を力任せに降り下ろす。鈍い音を立てながらメタルレイスの頭がぐしゃりと割れた。親衛隊長の目から赤い光が消えていった。


 撃たれたツァローニの肋骨の下の辺りが、真っ赤に染まった。ツァローニはその場に倒れ込んだ。

「コイツ。命を弄びやがって!」

 フォノンは怒りに任せて何度も何度も大斧を振り下ろし続けちゃ。

 親衛隊長の頭部はすでに粉々になっていたが、フォノンは攻撃を止めようとはしなかった。

「お師匠様!」

 クラヴィスは血だまりの中に横たわるツァローニの元に駆け寄り抱き起こした。

「……」

「ああ。お師匠様! 死なないで」

 クラヴィスは慌てて傷口を手で押さえるが、脈を打つたび流れ出す、どす黒い血は止まる気配がなかった。

「あなたに、まだ話していないことがあるの。お母様の死に関することよ」

 ツァローニの口の中には内臓から逆流してきた血が溜まっていた。口から溢れる血液とお腹からの出血で、ツァローニの服が真っ赤に染まってゆく。

「そんな話はもういいの……そうだわ、砂の中に埋めればきっと元気になるわ! 香を焚いて、呪文を唱えれば……」

 クラヴィスは涙を流しながら、杖を使って近くの地面を狂ったように掘り始めた。

「土にお願いするときは……毒素の分解のとき……だけよ……。勉強不足ねぇ……」

 ツァローニの呼吸が途切れる。

「うう……」

 クラヴィスは泣き続けながら、地面を掘る手を休めようとしない。

「これは私の……最後の授業よ……」

 クラヴィスは穴を掘るのを諦めると、ツァローニカの傷口を必死で押さえた。クラヴィスの眼から流れ続ける人間のやさしさが止まらない。

「キテラはお父様を愛し交わった。そして、あなたを身籠った。人と交わったキテラは……魔女の力が弱まって……寿命が人間のものに……戻ったの」

 ツァローニは荒くなった呼吸を整えるように何度も何度も大きな息をしたあとに、痛みに堪えながら話を続けた。チノは涙を浮かべてフォノンにしがみついた。フォノンは何も言わずにチノを抱きしめた。

「私はあなた……に謝らなくてはいけないの。魔女狩りが起……きたときの話よ。魔女の首に懸賞金が掛けられて……あちこちで魔女が……密告……されて……裁かれ散っていった話は聞いたわね。ウウッ……」

 ツァローニは、話の途中で嘔吐すると、そのまま意識を失った。

「ツァローニ! ツァローニ!」

 クラヴィスは、ツァローニの身体を軽くゆすった。ツァローニの顔の上に、クラヴィスの涙がボタボタこぼれた。クラヴィスの願いが天に届いたのか、ツァローニは意識を取り戻した。


「何処まで話した……かしら……」

「もう喋らないで。真実なんてどうでもいいの!」

 クラヴィスの傷口を抑えたところから脈を打つたび溢れてくる血が止まらない。ツァローニの顔や唇が紫色に変わってゆく。二人を取り囲んでいた仲間達は、誰一人として口を開くことができなかった。

「いいから、聞きなさい。キテラはあなたのお父様と結婚してはいた……けれど、あやかしの森で私と一緒に暮らしていた……の。魔女の義務を……果たすのは姉さん……のほうが適任だと言って、私をかばってワザと国に捕まった。裁判の後どうなるか……を知った上でね。あやかし森の魔女が……双子であったことは誰も知らなかったの。だから私はここま……で生きることができた……の。私が悪いのよ、私が……」

「なんで、こんなことばかり起こるんだ」

 ニックは目にいっぱいの涙を浮かべながら言った。

「あなたは、最後の魔女……になるかもしれない。自然と人とを繋……ぐ血を、決して絶やして……はいけない……」

「もう、しゃべらないで。お願いだから……」

 クラヴィスはツァローニの手を握り締しめるが、ツァローニには握り返す力も残っていなかった。ツァローニは、ガタガタと全身を震わせ始めた。

「あなたは……ルキアのことが大……好きなのでしょ? 言いた……いことはわかるわね?」

 クラヴィスはこくんと頷いた。

「あなた達が、どんな道を……選んでも、戦いを避けては生きられないの。生きる……ことは戦争なの……よ」

 ツァローニの呼吸がだんだんと、大きく荒くなっていく。さっきよりも一段と顔色が悪くなり、傷口を抑えていた手が更に冷たくなってきた。

「あとは……自分の心を信じ……」

 想いを伝えることができて安心したのか、ツァローニは、最初で最後の愛弟子の腕の中で、穏やかな表情のまま静かに息を引きとった。


 クラヴィスは、ツァローニの亡骸を寝かすと、前に垂れた黒髪で自分の顔を覆うようにずっと俯いていた。


 ルキアはクラヴィスに近づくと、羽織っていた上着をツァローニの亡骸の上にかけた。仲間達はツァローニの死を見届けると、二人の傍から静かに離れた。

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