第6話 王宮へ(2)
低い声。
この距離にある者以外には聞こえないであろう音量だった。
セリスは目を瞬いて光に慣れようとする。
すぐそばに、ラムウィンドスが立っているのがわかった。
感情の読めない冷えたまなざしをしており、興味がなさそうにセリスを見ていた。
目が合うと、避けるように横を向く。取り付く島も無い態度。
セリスはいままでこのように人に接された経験がなかった。
ラムウィンドスの態度は、かなりこたえた。漠然と悲しいと感じた。
男性とはみなこのようなものなのだろうか、と不安が胸の中に広がっていく。
(いいえゼファード兄さまは違ったわ。怖がってばかりではいられない)
挫けそうな自分を励まし、立ち上がって、ラムウィンドスの方へと向かおうとする。
振動のせいで足腰が立たなくなっていたらしく、がくりと膝から崩れ落ちてしまった。気づいたラムウィンドスが振り返った。
「ひ、姫さまっ。大丈夫ですか」
マイヤが慌てて手を伸ばしてきて、セリスの腰に触れた。離宮で毎日セリスの世話をしているので、とっさに手が出てしまったのだろう。それは今後、王宮での振る舞いとしてはまずいのかもしれないとセリスは直感的に悟った。
「大丈夫、よ」
顔をしかめないように気合を入れつつ、セリスは片手でスカートの裾をつまんで足を踏み出す。
ラムウィンドスが、手を差し出してきた。
「姫、手を」
ラムウィンドスの冷たいまなざしが、全身に注がれているのを感じてセリスは顔を強張らせる。見くびられたままではいられないと、平気な振りをして急いで彼の手の上に手をのせようとした。変に慌てていたせいか、足がすべった。
「きゃっ」
緑の木々が視界から消え、ぐるんと青空が視界を埋める。落ちる。
覚悟した次の瞬間、手を摑まれる。
強く引き寄せられて、間一髪抱きとめられた。
視界には、空が見えたまま。
その端に、白金色の髪、鋭角的な顎や無骨な眼鏡が確認できた。身体を支える力強い腕を感じた。
目が合った。
「……ラムウィンドス……」
助けてくれたのだということはわかったが、ついさっきまでの冷たい態度が頭をよぎり、どう受け止めて良いのかわからなかった。
咄嗟に出てきたのは、
「申し訳ありません」
という言葉だけだった。
それも、喉の奥にひっかかってうまく言えなかった。
ラムウィンドスは、セリスを地面に立たせると、何事もなかったように顔を逸らした。
「謝る必要はない。あなたは今まで、馬車に乗ることも無かったはず」
前を向いたまま、ほとんど唇を震わせず小声で言う。
「それよりも、笑顔を。王族のつとめは人々に笑みをふりまくことだ。ことに、あなたは幸福の姫君。あなたを目にする誰もが、あなたの笑顔を望んでいる。……行くぞ」
乾いた声は不思議とあたたかく、胸の中にあった重いものをさらっていった。
言い終えたラムウィンドスは、すっと
世界が開ける。
周囲で高らかに金属楽器の音が鳴り響いた。
聞いたこともない音量にセリスは肩を震わせたが、ラムウィンドスに言われた言葉を思い出す。
(笑顔、笑顔)
足元には、屋外だというのに真紅の絨毯が敷かれていた。その先に、おそらく父と思われる男性の姿をみとめる。横には、微笑を浮かべたゼファードが立っていた。
目が合うと、大丈夫だよ、というように小さく頷いていた。それを見て、セリスは拳を握り締める。
出来うる限り最上の笑みを浮かべて、踏み出した。
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