封じられた姫は覇王の手を取り翼を広げる

有沢真尋

【第一部】離宮の姫

第1話

 わたしが生まれた日、王宮お抱えの予言者たちは高らかに告げたという。


「千年に一人の、稀有な運命を持つ姫君。姫が手を取る相手は、世界を繁栄に導く王となるであろう」


 いつもは言うことが真っ向からぶつかる星占術師も、神殿の巫女も、なぜかこのときばかりは異口同音に。

 国内のみならず国外でも、「千年に一人の稀有な姫」が生まれたことを示す兆候が見られたらしい。

 東の大平原で予兆の星が強く瞬いたとか、西の砂漠においてはオアシスが忽然と出現しただとか、南の自由都市では海を越えてきた幸運の鳥が舞い降りたとか。


 正直なところ、それは本当にわたしと関係あるのかな、という話もいっぱいだ。


 でも、噂は風にのって千里を駆け巡り、イクストゥーラ王国の第二子、王女セリスが「幸運の姫君」であるという触れ込みは、はったりではなくれっきとした事実として人々に刷り込まれてしまった、らしい。

 すべて伝聞。

 こういった事情はすべて、わたしが人に教えられただけに過ぎないからだ。


 幼い頃からわたしは人と顔を合わせる度に、「幸福の姫様、ごきげんよう」と言われ続けてきた。かつてはその意味も知らぬまま、「ごきげんよう」とにこやかに返していた。みんなわたしに会えば幸せになれるのね、と。


(……何かがおかしいと気付いたのは、いつ頃だろう)


 幸福の象徴であるはずのわたしは、物心ついたときから極端に人の出入りの制限される離宮に隔離されていた。

 白亜の大理石で作られた離宮はうつくしく、庭には可憐な花が咲き誇っており、女官達は優しく、食べ物もおいしく、欲しいものは不自由なく与えられた。そこに不幸な要素は何一つなかった。


 離宮に勤めるのは、すべて女官だった。

 教師として訪れる者も、警備や力仕事に従事する者も、すべて。

 わたしは、それを不思議に思うこともなかった。そもそもわたしは「男性」の存在について、よくわかっていなかったのだから。


 わたし自身の行動も、当然のごとく制限されていた。離宮の外に出ることを許されなかったわたしは、王宮での様々な催しにも呼ばれることはなかった。


「どうして、わたしはここから出てはならないの?」


 尋ねても女官達は首を振って曖昧に言葉を濁すばかり。

 幼い頃のわたしは、堪らずに逃亡計画をたて、ある日実行に移した。これは半分成功したけれど、結局のところ失敗した。連れ戻されたわたしは、「幸福の姫君」の真の意味を教えられる。


 が、世界を変えるのです、と。


「姫様は、世界の命運を握られているお方。ゆえに、伴侶となる方は時満ちてから厳正に選ばれねばならず、万が一のことがあってはならないのです」


 わたしが選んだ男性が「世界を変える」とされているがゆえに。

 年頃になって間違いのない相手と娶わせる手はずが整うまで、老若問わず、男という男をわたしから遠ざけることになっていたという。

 「幸福の姫君」と呼ばれてきたわたしは、その呼び名ゆえに珍しい鳥のように籠で飼われていただけだった。

 もちろん、それで自分を不幸だと思いこむのは傲慢なことだというのはわかる。


 国外に聞こえてしまったこの予言はいまや、「セリス姫を手に入れた者は世界を征する」と形を変えていて、手段を問わずにわたしを狙う輩も後を絶たないとも教えられた。

 わたしが離宮に隔離されていたのは、警備をしやすくする意味もあったという。

 実際に、離宮は、わたしがわかっているだけでも二つの手に余る数の襲撃を受けていた。そのたびに女性兵士たちが撃退はしてきたけれど、わたしが十五歳になったとき、ついに父王は決断を下した。


「姫を王宮に呼ぶ。伴侶を決めるときがきた」


 こうしてわたしは、王宮に居を移すことになった。

 世界を繁栄に導くという、素晴らしい伴侶選びのために。


「今まで『男性』とは完全に接触を絶ってきたのに、いきなり大丈夫なのでしょうか」


 ため息をつきながらわたしにこう言ったのは、仲の良い侍女のひとり。それがとても大変なことだというのは言葉の調子から伝わってきた。

 でも本当のところ、わたしはよくわかっていなかった。

 そのときの思いは、ただひとつ。


 ──外の世界が、見られる。


 長年親しんだ離宮に、心は残っていた。それでも。

 どんな理由にせよ、外の世界に迎え入れてもらえることに、あたたかな希望を感じずにはいられなかったのだ。

 たとえ、そこで何が待っていようとも。


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