第37話 峠茶屋

 於義丸一行は峠道を進んでいた。

 峠の頂上あたりにさしかかった所で『だんご』ののれんが風に揺れていた。


「こんな大騒動の中でも商売をしているとは、商売人とは何ともしたたかだのう」

「まだ三吉も戻って来ませぬゆえ、あの峠茶屋で小休止といたしましょう」


 行き交う通行人の姿は数少なく、すれ違う者は皆、背を丸め早足で通り過ぎて行く様子。時折、通り過ぎる甲冑姿の早馬に、荷を運ぶ通行人は慌てて道を譲る光景を何度も見かけた。


 陽の登らぬ時分に山城を出立した於義丸たちであったが、太陽は山向こうから顔を出しきっていた。

 峠茶屋の見晴らし台からは、京の街が小さく見えた。


「於義丸様、お団子でございます」

 

 佳乃が山盛りに積まれた串団子の皿を差し出す。


 於義丸は、無言で首を横に振る。


「少しでもお腹にいれておかねば道中、体力がもちませんよ」


「これを……」


 とミナトが懐から包みを取り出した。

 包みを開くと中から透き通った小さな塊粒が現れた。

 

 その粒をコロコロと於義丸の手の平にのせる。


「これは氷粒か? 冷たくは無いが……」


「うちは伊勢国で旅籠をやってましてね」

「泊り客や旅人の為に作って売ってる菓子です」

「この品。旅の御供として、けっこう人気があるんですよ」


「薬草や果実を煮詰めて固めたものですが、疲れた時や気が晴れぬ時に良く効きます」


 手の平に乗った菓子と笑みを浮かべるミナトと見合わせる。


 於義丸が一粒、指でつまむ。


「於義丸様っ。めったな物は口にせぬほうが」

 

 と佳乃が慌てて口を挟む。


「仮にも父上の御目金に叶った者だ」


「頂こう」と口に放り込んだ。


「うっ……」思わず口をふさぐ。


「於義丸様っ! だ、大丈夫でございますか?」


「う、美味いぞ。これは……」

「これはぁ。何と甘酸っぱくて爽やかな味じゃ」


 ともう一粒、口に入れる。


「他の方々もどうぞ」


 康勝が開いた包みから、一粒つまむと口に放り込んだ。

 

「んっ。これはぁ」と口を左右にもごもごと動かし、変な顔をするとガリガリと噛み割って呑み込む。


「んんっ美味いぞ」

 

 ミナトが、クスリッと笑う。 

 その顔に佳乃がプイッと顔をそむけた。


「於義丸様」

「昔から峠の団子は、力団子と言って使った体力を補う食べ物」

「戦の前は御父上の家康様もよく食べておられましたぞ」

「戦は腹ごしらえが大事と」

「喰える時に喰っておかねば、いざという時に力が出ませんぞ」


 康勝の言葉に於義丸は両手で団子の串を握った。

 そして左右の団子にかじりついた。


 「さあ、あなたたちも。たんとお食べなさいな」


 その様子に佳乃が皿に盛られた団子を皆に差し出した。


「では、我らも力を付ける為に頂こうかな」


 康勝が串をまとめて握ると大口で頬張る。

 

「新太郎殿も」

 佳乃に勧められ鳥居の新太郎も一串、手を出す。


「伝八郎殿もほら」

 永井伝八郎は佳乃と目を合わせず串を摘みあげた。

  

 すると、遠くから呼ぶ声が聞える。

 三吉が峠道を急ぎ足で登って来るのが見えた。


「おおーい。俺にもっ俺にも団子を食わしてくれー」


 と遠くから呼ぶ声が聞えた。


 ◇◆◇◆


 「そろそろ、出立いたしましょうか」


 山盛りの団子を食べ終え、茶を飲み干した康勝が刀を握る。 


 目の前の竹林が揺れ、男たちが十数人現れた。

 手に鍬や鎌、竹槍を持った野良着姿の農民や村人。

 

「こ、こいつらか? 怪しい奴らは」

「ああっ間違いねえ。こいつらだ」


「とっ捕まえて、奴らに引き渡すぞ」


 康勝、直勝、三吉の三人が於義丸を護る様に素早く三方に展開する。


「何だ何だお前ら。物取り強盗の類か?」


 康勝の脅しの声にたじろぎつつも竹槍の先をちらつかせ、ジワジワと囲みを狭めていく。


「この旗印が見えないか? 儂らは御用商人だぞっ」

「御上の品を襲うなど大罪じゃあ」

「さっさと立ち去れ」


「これ以上近ずくと容赦はせんぞ」


 伝八郎が肩越しに横に並ぶ。


「康勝。相手は村人だ。斬るなよ」


「ふんっ」判っている。といったふうに鼻息を鳴らし、太刀を一閃。

 左右に二度振り袈裟に斬り下ろした。

 

 腕ほど太さがある青竹が見事に斜め袈裟に斬り落ち、ザザリッと男たちの前に倒れかかった。


 さらに康勝は偉丈夫な体を大きき広げると刀を構えた。

 その姿は竹槍を持つ男たちを威圧し、張った大声が武器を構える男たちを後ろにオロオロと退かせ、地面に尻もちをつかせる。

 

「おいっ。ちょっと待ってくれ」


 と農民たちの間から一人の男が声を出した。


「あ、あんたぁ……伊勢国の旅籠の若い衆じゃないか?」


「ほらっ俺だよ。あんたの所の旅籠によく泊まらせてもらってる」

「俺だ俺っ。近江国で行商人をやってる者だよ」


 男は頭にかぶって顔をした手拭をとって顔を見せた。


「あっ。金物売りの人っ」


 この会話に竹槍を持った男たちが、怯えながら声を上げる。


「だ、誰だこいつら? し、知り合いか?」 


「ほらっ俺が言ってただろ」

「伊勢国で美味い飯を喰わせる旅籠の若い衆だよ」


「お、おぅ。今度、俺らにも一緒に行こうと言ってた旅籠のかあ?」


「おう。そうだっ」と行商人の男は大きくうなづいて見せる。


「しかし、旅籠の若い衆が何でこんな所に居るんだ?」


 ミナトが厳つい男たちの間を通り抜け、男の前に進むと右手を差し出した。


「あんたが言ってたた安土城の話しを聞いてから、俺も新しい商いを始めようと思って、近江国や京都に商いにやって来たんだ」


「そうしたらこの騒動に巻き込まれてしまって、この在り様だよ」


「今、知り合いの商人を頼って伊勢国に戻ろうとしてる途中なんだ」


「かあっ。そりゃあついてねえな」


 行商人の男が立ちあがったのを見て、地面に座っていた男たちも服の土を払いながら、やっと立ち上がる。


「俺らもな。日銭を稼ぐ商売人だ」

「侍どもが勝手に戦なんぞ始めやがって。こっちは飯の食い上げだあ」

「それで俺ら、落ち武者狩りだ」

「逃げて追いつめられた侍どもは、無法で何しやがるかわからんからな」

「村を護る為に、村人総出で落ち武者狩りに出てるんだ」


「織田の殿様が天下を取って、やっと戦が終わろうとしてるのに、奴らまた戦を始めやがった」

「こっちは、迷惑がかかってたまったもんじゃないぞ」


 行商人の男は愚痴をこぼすと、だだただ腹に溜まった嫌気をはきだす。


「よし。わかった」

「おいっ誰か。この兄ちゃんたちを安土城下の入り口まで案内してやってくれ」


「この辺りは村ごとに落ち武者狩りの奴らが出張ってからな」

「俺らの地元で、あんたらに他所の国衆に難があったら大変だ」

「他の村の者に出会ったら、俺の名を出すといい」


「ありがとう」

「今度、うちの旅籠に泊まった時は美味い飯を作って御礼するよ」


「おお。兄ちゃん、それはいいね」


「商売は、皆が得する『三方良し』だろ」


「がっははは。商売人の心意気。良くわかってるじゃねえかぁ」


 と男は満足気に大笑いした。

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