第39話 姫武将①
槍を大きく振り回し、敵を威嚇していた三吉が大声を上げた。
「大将っ! このままじゃあ、俺ら囲まれるぞ」
三吉に背を預けていた伝八郎。
「もうよかろう。そろそろ引くぞっ」
「よっしゃあ。さっさと囲みを破って退散しようでっ」
「ミナトっ! お前も引くぞっ」
槍を振りながら大声で離れたミナトを呼ぶ。
その時だ。
後方から気勢を上げる声が轟いた。
「やっべえっ敵の援軍かよ」
「大将っどうする!」
後方から上がる威嚇の声がこちらに迫るにつれ、敵軍の動揺が観てとれた。
振り返ると、騎馬十数騎を先頭に槍を携えた兵士たちが一直線に向かって来る。
現れた騎馬隊の軍旗が、追い風にはためいた。
対の双鶴をあしらった軍旗。
黒い鎧の一団が駆けて来る。
「敵か? 味方か? どっちじゃあ!」
三吉が大声で叫びながら攻撃から護りに、槍の構えを変える。
黒い鎧の騎馬隊が速度を緩めること無く突っ込んで来る。
三吉たちの横をすり抜けたかと思うと、その勢いに乗って敵陣に斬り込んで行く。
勢いに押されたた敵軍が、蜘蛛の子を散らす様に押し返さていく。
「無事か?」
馬上から若く涼やかな声が問いかけてきた。
「三人……か?」
「うんんんっ……何と……」
十文字槍を小脇に抱えた黒鎧の武将が呆れた様な声で問い、次いで関心した声でうなった。
「我ら蒲生軍の者じゃ。安心せいっ」
「しかし、危ない所であったのう」
「我らは安土の城下を防衛する為に日野城から出張っておる遊撃隊じゃあ」
「お前たちは、先ほど保護した者たちの連れか?」
その黒鎧の武将は馬の手綱をあやしながら、自分らの素性を宣べる。
そして馬に跨った商人姿のミナトと着物に血を滲ます侍姿の二人を交互に見る。
伝八郎が大きく息を吐き、活かった肩をやっと下ろした。
「ご助力っ。かたじけない」
「我ら徳川家の家臣。永井伝八郎と申す」
「訳あってこの様な恰好をしておりますが、京から三河国へ帰国の途中です」
「おおっそうか。徳川殿の御家中の者であったかっ」
馬上の武将は鎧兜に装着した面貌の隙間の瞳が動いた。
「確か、徳川殿は京・大坂に居られたはず」
「しかし突然、行方がわからなくなったと聞いておったが」
伝八郎が目を細めた。
三吉が伝八郎の後ろ背で、再び槍を握り込む。
「詳細な事情は……まあ、よい」
「何にせよ、我らは徳川殿の味方だ。安心されよ」
馬上の武将は大まかに事情を察したらしく寛大に言葉を返す。
そして気になったのか、顎をしゃくるとか「その者はっ?」と問いかける。
立派な馬に跨る平服姿のミナトに目をやる。
馬の機嫌をあやしていたミナトが黒鎧の武者に答える。
「俺は道中の雇われの商人ですよ」
「商人?」驚いた声色で復唱した。
答えた問い対して「それにしても面妖な奴じゃな」と、いぶかし気な物言いで返す。
三吉が思わず肩を上下させ笑い出してしまう。
「確かに
顔を覆う面貌の奥からも微笑がもれる。
ミナトが戦いの間、顔を覆っていた黒い
「なっ」黒鎧の武者の身体が一瞬、ビクリッと跳ねた様に見えた。
「いや、何でもない……ちょっと見知った者に似ていてな」
「…………」
黒鎧の武者は、馬の手綱を引き馬の身体を反転させた。
「貴殿らのその武勇。千金の価値がある」
「是非とも我が居城に御招きしたい」
「しばし、我が城にて休息されるとよかろう」
◇◆◇◆ 姫武将
蒲生軍の兵を指揮する大将らしき黒鎧の騎馬武者。
三人は、その武将の招きに従った。
伝八郎と三吉には馬が貸し与えられ、騎馬武者の後に付き従い馬を走らせて行く。
蒲生家の御当主といえば、織田信長公の娘婿にあたる。
安土城のある近江八幡に隣接する日野の領地に居城を構え、安土城の警護も任されている織田家の重臣であり、主君、徳川家康とも良い関係であると聞いている。
馬を歩ます騎馬武者の大将が、織田・徳川の同盟国のよしみなのか今の状況を語ってくれる。
本能寺の変直後、明智日向守の周到な計略により安土城の本丸は明智軍の手に落ちた。が、城の警護役を担っていた蒲生軍が二の丸に立て籠り応戦した。信長公の血縁者を日野城に脱出させ、蒲生軍はそのまま安土城を包囲しながら外と内から明智軍と交戦中との事。
助けに来てくれたこの騎馬隊も安土城への敵の補給や援軍を近づけぬよう、遊撃隊として城下で応戦中らしい。
ミナトたちは安土の城下を抜け、暫く馬を走らせ行くと目の前に日野城が見えてくる。固く閉じられた日野城の重い城門が押し開かれた。
騎馬隊の大将に付き従う三人は、共に日野城の門をくぐる。
「明智軍とたった三人で戦った雄姿の働き見事であった」
「未だ敵軍との交戦中で城内は騒がしいが、今晩はこの城でゆっくりされよ」
明智軍を追撃に出ていた騎馬武者が数騎、背中に掲げた馬印をはためかせながら戻って来る。
「御報告でございます」
隊長らしき武将が馬を降り、丁重な言葉で大将武者に報告を始める。
「姫さまっ。お喜び下さい」
「奴らをついに追い払い、我が軍は渡しの麓まで占拠ましたぞ」
「これで、西からの援軍は簡単には近づけません」
「姫?」
「あ、貴女さまは、蒲生の姫君ですか」
あの冷静な伝八郎が思わず声をあげた。
「『蒲生の双鶴』そのお噂は、三河の地まで聞き及んでおりますぞっ」
「いや、お恥ずかしい」
「当家には世継ぎの男子が一人しかおらぬゆえ……」
「我ら姉妹が武将の一端を担っております」
姫と呼ばれた武将はゆっくりと兜を取った。
そして、顔を覆う厳つい造形の面貌をはずす。
そこには絵草子から抜け出た様な美しい若武者の顔があった。
―――戦場に一服の雅が薫る。
「私は、当家の三女。
「以後お見知りおきを」
切れ長な目が細笑んだ。
◇◇◇
「姫様っ。お願いがあるのですが」
馬を降りた伝八郎が直立不動の姿勢で深く頭を下げる。
「馬を御借りしたい」
「我らの仲間と合流し、急ぎ三河の地へ戻らねばなりません」
「徳川殿と当家の仲じゃ。馬を貸すのは問題ないが」と快く承諾してくれた。
三吉がすかさず声を挟む。
「あのう……それとう……」
さすがの三吉とて蒲生の姫様の前では遠慮するのか、腰を屈め声量を抑える。
「これもあれば……お願いしたい」
と酒瓢箪を手に持ち、人なつっこい笑い顔を見せる。
「ふっ。それも用意させよう」
「この辺りの地酒でよいかな?」
「信長公から頂いた酒があるからそれで良いか」
「姫様あぁぁっ」
間髪いれず三吉が己の額を叩き、満面の笑みを浮かべる。
「ミナトとやらは、何か必要なものはないか?」
「では、城下にある店の場所を教えて下さい」
「はぐれた仲間とは、その店で落ち合う事になっていて」
ミナトが千寿から渡された紙を広げ、その店の名を告げる。
出立前に千寿が教えてくれた店だ。
「安土城下で、うちぃが常宿として使っている宿だから、もしもの時は避難場所として使うといい。この木札を見せれば融通してくれるから」
と、さすが千寿。手回しがいい。
「うむ。聞いた事が無い店の名だな……」
「城下にその様な場所が在ったか?」
「場所はどの辺りになる?」
「んっんんんっ」咳払いが聞えた。
姫に付き従っていた隊長が短く咳払いして、小さな声で耳打ちする。
「そ、その場所なら……」
「明智軍も簡単には手を出せぬであろうな」
梓姫は一瞬目を見開き無言になったが、顔を赤らめて言葉を濁した。
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