第2話 甘くないぞ、出産育児休暇②

「さて、相談ってことだったけど、具体的には何について聞きたいんだ?」


隆人兄ちゃんの職場に来て驚いた。


五階建てのビルというのは別に驚きでも何でもない。


地方都市だし、県内一の乗降客を誇るターミナル駅の近くでも、高層ビル何てものはほとんどない。


ただ、それが自社ビルだと聞いたらどうだろうか。


リノベーションされているとはいえ、間取り的に古い建物だとは思う。それでも何億くらいするの?ってな感じだ。


聞くところによると、隆人兄ちゃんは中小零細企業を相手に、様々なコンサルティングを行っているらしい。契約している企業だけでも三十社を超えているとのこと。


コンサルティング業ってそんなに儲かるのかと思っていると、不動産投資もしていて自社ビルもその一環で購入できたそうだ。何でも、利益率が高い業種のため、税金対策をしていると必然的に所有不動産も増えることになったらしい。


個人の所得控除と同じように、うまく経費を使わないと税金をいっぱい支払わないといけないんだって。庶民の代表みたいな俺には、まったくわからない世界だった。


「えーと、その、実は何を聞いたら良いのかあまりわかってないんだけど。とりあえず、双子が生まれるし、ちゃんと生活できるかどうかが不安で。ネットとか雑誌で調べても保険とか所得控除とか、色々あり過ぎてよくわからないし。」


歯切れの悪いことを言う俺に、隆人兄ちゃんはどんな反応を返すのだろうか。


お金のプロ(たぶん)として、情けない奴だと思われるか。それとも、そんなくだらないことにいちいち俺を巻き込むなと怒られるだろうか。


遥香は「知らないことは専門家に聞くべきでしょ。間違った知識は不幸しか生まないって、ユキさんも言ってたじゃない。」って言ってくれたけど、何となく頼りない自分を見せてるようで恥ずかしかった。


「だろうな。」


「え?」


「この国に限ったことじゃないけど、税金とか控除とか、各種社会保険制度とかわかりにくいものばかりだからな。逆にいえば、誰でもわかるようなものなら、俺たちみたいな職業や資格なんて不要になる。だから、光太郎のその言葉は当たり前のものだと思うぞ。」


優しい。


無知な俺に対して隆人兄ちゃんは何て優しいんだ。


「だけどな、おまえも家族を支えなきゃならないんだから、ちゃんと理解しておく必要はあるぞ。まあ、俺がしっかりとレクチャーしてやるから心配するな。」


「ありがとう。でも、隆人兄ちゃんのクライアントって、俺みたいな庶民はいないよね?畑違いのこと押しつけてたりしない?」


「ほう、なかなか鋭いとこつくね。確かに俺の仕事のメインは、中小企業の経営者や資産家へのコンサルティングだ。その関連で登記や会計記帳、決算なんかの法務的アドバイスもあるから、司法書士や行政書士の資格も取った。ただ、会社を経営する上でプレイヤーとの二刀流というのはかなりしんどい。だから最近ではそういった士業資格のある者を雇用したり、コンサルができる人材を育成するようになったんだ。結果として、今は関節的な管理しかしていない。」


「むむ。要するに、プレイングマネージャーだと経営に専念できないから、現場を任せられる人たちを従業員として雇ったってことかな。」


「正解。なかなか頭の回転が早いね。」


「え、そ、そうかな。」


「ああ。ちゃんと俺の話を集中して聞いてるし、普段から世の中のことに耳を傾けてる証拠だと思うよ。」


隆人兄ちゃんにからかうような雰囲気はない。


あ、そうか。


たぶん、遥香の前だから、ちゃんとコイツは頭を働かせてるんだよって気をつかって言ってくれてるのか。


そうか、そうだよな。


何もわかりませんじゃ、カッコ悪いしね。


ありがとう、隆人兄ちゃん。


「で、光太郎は今回の相談が俺の本業とは畑違いだと思っているようだけど、実はそうじゃないんだ。」


「と、言うと?」


「今年になってから、個人向けのコンサルティングも受け付けるようになってね。光太郎のように、家庭におけるファイナンシャル・プランニングも行うようになった。まあ、メインは対面じゃなくて、ネットによるやり取りだけどな。」


「そうなんだ。」


「ああ。ただし、他の大多数のファイナンシャル・プランナーとは違うところがある。」


「違うところ?」


「そう。光太郎はファイナンシャル・プランナーはどんな職場で働いている人だと思ってる?」


え?


ファイナンシャル・プランナーが働いてる所?


隆人兄ちゃんみたいなのは珍しいタイプだよね。


だとすると・・・




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