たいしたことはしていません みなさんのおかげです
那須儒一
第1話 始まりは酒場から
異世界へ転生して三日目。
僕は剣も魔法も使えないまま、王都の片隅で周囲を観察していた。
隣の店主は商売で王国と揉めそうで、
城下では王女の護衛同士が派閥争いを始め、
教会は帝国の間者を疑ってピリピリしている。
ーーどこもかしこも不穏だ。
っと、他人の心配より自分の心配をしないと。
いい加減まともな食事と寝床に預かりたいものだ。
僕の知ってる異世界転生ってもう少し、優遇されたり、転生後の導線がある程度、整備されてた気が…。
内心愚痴をこぼしていると、エプロンを着けているミント髪の少女に目がいく。
両手いっぱいの袋詰めのリンゴ。ぬかるんだ足元。北西からの風。
予想通り彼女はバランスを崩し、持っていたリンゴが一つ地面にこぼれ落ちる。
ニュートンみたいな閃きそこ得られなかったが、それを予測して落ちるリンゴをキャッチする。
「はい、落ちましたよ」
僕はリンゴを袋に戻そうとするが、
「ありがとうございます」
少女はミント髪を揺らしながら、お辞儀をしようと頭を下げる。すると、再びリンゴが落ちそうになり彼女の持つ袋を押さえた。
「っと、危ない」
「わわっ、ホントにすみません」
「これ、どこまで運ぶの?手伝うよ」
「えっ、いいんですか。すぐそこの酒場までですけど。うーん、どうしよっか……そうだね、願いしようかな」
「了解」
僕はそう言って、近くの人に紙袋を貰い、それに何個かリンゴを詰めて半分だけ僕が持つ。
「ありがとうございます。助かります。見かけによらず親切ですね」
見かけによらずって、俺はどんな見た目してんだよ。
そう言えば異世界にきて自分の身なりや顔つきなんて気にしてなかったな。
「っと、自己紹介がまだだったね。僕は
笑顔で軽く一礼する。
「ふーん。変わった名前ですね。
なるほど、この世界は平民は名前だけしか持たないのか。
「ま、辺境のしがない
「ふーん。私はミリア」
「ミリアさんですね。よろしくお願いします」
そうこう話していると暗めの木材を基調とした酒場まで辿りく。裏口から厨房に入るとキッチンの長机にリンゴを袋ごと置いた。
「タクトさん。ありがとうございました」
「いえいえ、たいしたことはしていませんよ」
「あの、もしよかったら、ここでご飯を食べて行きませんか?」
「お誘いは嬉しいのですが、生憎持ち合わせが無くて」
「それなら安心してください。サービスしますので!もうすぐ、お店を開けるんでカウンターで座って待ってて下さい」
「ありがとう。それならお言葉に甘えて、いただくよ」
僕は言われた通りにカウンターに腰掛ける。
しばらくするとすぐに、キッチンからミリアがカウンターに立った。
「お客様。何を召し上がりますか?」
僕の前にさっとメニューが出された。
異世界の文字だが不思議と読める…。
「そうだな。そらならお勧めにあるミートパイを一つ頼むよ」
「かしこまりました」
そう言って彼女はキッチンに消えていった。
しばらくすると、数名の団体が酒場に入ってきた。
右肩に
「いやぁー、今日も疲れた。おーい、ミリアちゃん来たぞー!」
髭面に白髪混じりのオールバックの大男がドカっと椅子に腰掛ける。
それに続き他の騎士たちも腰を下ろす。
全員、腰に曲刀を携えている。
「はーい、少しお待ち下さーい」
ミリアはそう言って彼らに
再びキッチンに入ったかと思うとすぐに僕の前に立った。
「うちの特性ミートパイです」
彼女は笑顔で大皿に乗った熱々のミートパイをカウンターに置く。
「凄い大きさですね。でも、美味しそうです」
ミートパイにナイフを入れると、サクサクと子気味の良い音が鳴る。キレイに切り分けて口に頬張る。
「うん。美味い!」
「へへっ、そうでしょ」
ミリアは自慢げに鼻を鳴らす。
そのまま少し、彼女と談笑していると大きな足音が背後から近付いてくる。
「おい、テメェーなにもんだ。うちの看板娘のミリアちゃんに色目なんか使ってんじゃねぇぞ」
さっきの大柄の騎士、まだそこまで飲んでいないのに既にベロベロに酔っ払っている。
「色目なんて使っていませんよ。それより大丈夫ですか、立ってるのがやっとじゃないですか」
「貴様、なんだと。優男のクセにこの俺を
「ちょっとダグラスさん。他のお客様に絡まないで下さい」
ミリアがダグラスと呼ばれた大男を制す。
それでもダグラスは収まらずこちらに掴みかかってくる。
「おい、ダグラス。やめねぇか」
気付くと一人の騎士がいつの間にかダグラスの腕を掴み隣に立っていた。
鋭い切れ目に、暗い紫の長髪。立ち振る舞いでわかる。彼が頭だ。
「団長、すんません」
ダグラスはおずおずと元の席に座る。
「うちの者が迷惑を掛けたな」
「いえいえ、お酒の場ですし大目に見ましょうよ」
「そんで、お前さんは何者だい?ダグラスを前に物怖じしないなんて、そんな奴はバカかアホだ」
「どっちも似たようなものでは?」
「随分と軽口だな奴だな。
この世界の転生者という扱いがどうなってるか分からない。そもそもそんな概念が存在するかも怪しい。面倒事に巻き込まれないように素性は隠して適当にあしらうか。
「いえ、しがない旅人です」
「そうか…」
切れ目の青年はそう言うと、瞬時に曲刀を抜き僕の首元で止める。
「きゃっ!」
一瞬遅れてミリアが小さく悲鳴をあげる。
曲刀が抜かれた瞬間、酒場のざわめきが吸い込まれたように消えた。
「くっくっく。やっぱお前、おもしれー奴だな」
切れ目の青年は何故か分からないが突然笑いだした。
「名前はなんていう?」
「タクトです」
「そうか、俺はリーンだ。よろしくなタクト」
そう言って切れ目の青年は隣に腰掛ける。
「もう、リーン師団長、驚かせないでくださいよ」
ミリアが息を切らして怒る。
「わりぃ、わりぃ」
「タクトさん、びっくりしてたじゃないですか!」
「いやいや、コイツはそんな玉じゃないぜ。コイツ、俺の太刀筋を目で追ってやがった。しかも、寸止めするのを分かってて避けなかったんだよ。ふてぇ野郎だ」
「それは買い被りすぎですよ」
そういえば、確かに不思議と目で追えてたな。
ただ、目では追えても体が反応出来なかっただけだけど。
「お前さん、どっから来た?」
「そうですね、西の辺境から来ました」
「西の辺境っていったら、
っと、適当に話すとボロが出そうだ。慎重にいこう。
「ま、なんにせようちのバカが迷惑を掛けた。今日は俺の奢りだ。たんと飲もうぜ」
「何言ってるんですか、今日は既に私がタクトさんに奢ってるんです。またの機会にしてください」
「なんだ、そうだったか」
なんか、こっちが話す間もなく勝手に盛り上がってるな。
そう思っていると小樽いっぱいの酒が目の前に並べられた。
「ま、飲めや」
リーン師団長が笑顔で酒を差し出す。
そう言えば酒なんて何年ぶりだろう。
「では、お言葉に甘えていただきます」
僕はリーン師団長と乾杯して…あれ、急に目の前の視界がぐらつき真っ暗になった。
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