三十一話 最後の忠告

 されるがままの麻緒まおに顔を近付ける槍坂。まさか本当に身を委ねるのかこのバカ女。


「んっ…やめっ…」


「あ''?暴れんなよオラ!」


 もう少しで唇が触れ合うかと言ったところで彼女が抵抗を始めた。へぇ、意外だな。観月みづきと同じで顔に釣られるかと思ってたのに。


 さすがに抵抗しているというのなら見て見ぬフリをすることは出来ない。

 俺は麻緒とは違うのだ、そこまで人として堕ちたくはない。

 そう思い槍坂の手首を掴み邪魔をする。


「離せよクソ陰キャが、コイツは俺の女なんだからキスくらい当たり前だろ。フラれた奴は消えろや」


 そう言って睨んできたが俺はその手を離さない。思い切り引っ張ってやると徐々にその手が彼女から離れていく。

 力勝負でもこの程度か、所詮は雑魚狩りしか出来ない小心者だろうな。

 いじめられた過去がある俺は、あれから自主トレに励み 晴政にちょっとした格闘技のジムを紹介してもらったのでこんなヤツに遅れは取らない。まぁ彼のような化け物には勝てないけどね。


「ックソ、うぜぇなテメェ!」


 力勝負で勝てないと踏んだ槍坂はこちらに殴りかかってきたが……遅い。

 もし相手が壱斗いちと晴政はるまさならとっくに地に伏しているところだぞ。

 その拳を避けた俺はヤツが手を引くより早くその手首を掴む。


「あぁクソッ、離せやオラァ!」


 なんとか抜け出そうと引っ張っているが大したことは無い。グイグイ。

 奴の必死の抵抗を嘲笑うかのように握る力を強めると苦悶の表情を浮かべ始めた。


「いつっ、テメッ、ざけんな……」


 握られて痛いのだろう、辛そうな表情を浮かべる槍坂を見ているとなんとも虚しい気持ちになった。ヤツが手を引いたと同時にこちらの手を離すとヤツは勢い余って尻もちをついた。

 先程の威勢を考えるとなんとも切ない気持ちになってくる。あれだけ いきがっていたのに……


「とっとと帰れ、しょうもない」


「うぅっ…チクショウ……」


 呆然としている槍坂を見下ろしながらそういうと奴は血相変えて逃げていった。

 誰彼構わず喧嘩を売るバカほど自分が無敵だと過信する。情けないものだ。


「えっと……ありがと、樹」


「……結局お前は何がしたいんだ?わざわざ俺に近付いてきて、また中学の時みたいなことをしようとしてんのか?」


 なぜか頬を朱に染めながらそう言った麻緒に呆れてしまう。状況が分かってないようだ。

 別に助けに来た訳じゃなく差を見せつけに来たんだ、恋人を見捨てるような女とは違うんだと。

 俺の質問に彼女は気まずそうにポツボツと答え始めた。


「違うんだ、ウチはただ樹と仲良くしたくて……」


「それが独り善がりだって分からないか?」


 どんな理由であれ あの時に俺を見捨てて楽しそうに浮気していた女と仲良く出来ると思っているところが最高に麻緒だな。

 そんなんだから繰り返すんだぞ。


「それは……」


「それにお前、どうしてアイツと付き合おうとした?意味がわからないぞ」


「うっ……」


 あんな男に釣られている時点で学んでない。

 自分が勝てると踏んだ相手にあれだけ情けない姿を晒すような人間を好きになる時点でバカだ。

 どんな姿を期待したのか知らないが、随分と心を開いていたようで。


「それは、あの先輩に昨日助けられて……それでちょっと良いなって…」


「バカすぎる」


 何があったか知らないがあまりのチョロさに呆れ果ててしまい踵を返す。

 もはや話す価値もない、見捨てた方が良かったのかもしれないと思ってしまう。


「あっ……ごめん、樹……」


 その呟きは俺の耳に届くことはなく、くうを切っていく。

 しかし一つだけ彼女に忠告しておくことにした。


「お前がどうしたいのか知らないけど、いつまでもその辺の男に尻尾振ってたらそのうち全て失うぞ」


 友達も尊厳も、あるのか知はらないが純潔も失うことになる。最悪自ら命を絶つような出来事もあるかもしれない。

 実際そういった事例は少なくない。まぁその被害者になりたいのなら話は別だが……


 そんな事を考えながら、俺は彼女の返事など聞かずにさっさと家に帰った。

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