26、

 気付けば私は、泣きながら笑っていた。


「『心を決めておけよ』って、もしかしてこれのこと?」

「……そうだ」


 私の手を取った皇帝がばつが悪そうに目を逸らした。


 私はくすりと笑った。

 なんだかゲオルグがかわいく見える。



「皇帝陛下、あなたのプロポーズを受ける代わりにひとつだけ条件がございます」

「なんだ」

「帝国での出版の自由を認めてください。でないと私の論文を多くの人に読んでもらえません」

「……また命を狙われることになってもか」


 ゲオルグの質問は想定内だった。


「あなたの知っているフリッカはそんなことで諦めると思って?」

「いいや。死んでも諦めない奴だ」


 その通り。

 だから私は今、ここにいる。


「出版の自由は過激派が一掃できたら考えようと思っていた。今の帝国には課題が多いが、いずれ行わなければいけない施策でもある。……君がいうなら法整備と合わせて進めよう」


「ありがとう! ゲオルグ!!」



 私は万歳をした。

 ここまで本当に長かった。


 これでようやく論文出版の道が開かれた!



 さっきまでの悩みや不安が全て吹き飛び、私はドレスの裾を広げてくるくる回った。

 それを見たゲオルグがわざとらしく肩をすくめる。


「俺はまだ返事を聞いていない」

「ああ、そうだったね」

「俺の立場が君に不自由を強いる可能性は高い。論文の件だけでなく、皇妃としても命を狙われるだろう。それに」

「それに?」

「俺は45歳、対して今の君はまだ15歳。親子でもおかしくない年齢だ。君の見目であれば身分の高い男からも結婚を申し込まれるだろうし、無理強いができないことは分かっている」

「はあ?」


 プロポーズしておいて今更そんなこと言うの?


「じゃあ私が別の男と結婚するって言ったらゲオルグはそれでいいの?」

「いや、断じて良くはないが」

「なら堂々としてよ。 あなたは分かってないようだからはっきり言うけど……今のあなたが一番格好いいんだからね!」


 恥ずかしいけど、ちゃんと言葉にしようと思う。

 ここで気持ちをごまかしたらフリッカの名がすたる。


「あなたの冷静で合理的な考え方が好きよ。 目つきが悪くて人を馬鹿にしたような視線が好き。だらしないくせっ毛も中途半端に生えた髭も、低くて不機嫌そうな声も男らしくて好き。いつも落ち着いて私を見守っていてくれるから好き。でも一番好きなのは……私がどんなに暴れて世間的に冷たい目で見られても、いつもいつも私に『君はすごい』って声をかけてくれた優しいあなたが好きなの」


 ゲオルグが15年前から私のことを好きだって言うなら、私だってそう。

 殺されて二度目の人生を過ごしてもやっぱりあなたが好き。


「だからあなたと結婚するし論文も出版するわ。私はどっちも諦めたくない」


 これが私の答えだ。




 パチパチパチ、と小さな拍手が聞こえた。

 ヘイムダルと数名の近衛兵がニコニコしてこちらを見ている。


 ぎえ、見られた!


 思わず後ずさるが、立ち上がったゲオルグが私を横抱きにしたためにさらに戸惑うことになった。


「えっ!? なに」


 広大なテューリンゲン邸に鐘の音が響き渡る。

 次いで、邸内からピアノと弦楽器の音色が聞こえてきた。


 ダンスの時間が始まったのだ。



 ゲオルグは私を抱きかかえたまま、楽器が奏でられる方向へと進んでいく。


「ちょっとゲオルグ、どこへ行くの」

「もちろん舞踏会だから踊るんだろうな」

「わ、私踊れないんだけど……!」

「俺がリードするから問題ない」

「あなた踊れるの!?」

「これでも貴族の生まれなんでな。貴族教育なんて唾棄すべきものと思っていたが、フリッカの手を取って踊れるのなら少しは価値があったと考えてもいいのかもしれん」


 ご機嫌なゲオルグに対し、私の緊張は最高潮に達しようとしていた。

 論文発表会ならいざ知らず公爵邸でのダンスなんて……!


「皇妃のお披露目としてちょうどいいだろう。見せつけておけば悪い虫もつかない」

「でも私……こんな人前に出たことないし、失敗したらあなたにも迷惑が」


 かかる、と言おうとした私の唇はゲオルグのそれで塞がれた。


 人生二回目にして初めての口づけだった。



「愛しい妻よ、私と一曲踊っていただけませんか」



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