11、

 フェンサリル領から馬車で5日。たどり着いた帝都は予想以上に活気づいていた。


「これが帝都……! 城壁の中に建物がみっしり詰まっているのね」


 緩い円を描いた巨大な城壁。

 その中に広がる街並みは、中央大広場から放射線状に伸びる街路に沿って建物が連なっていて、大きな花冠かかんのようにも思えた。


 中心部には行政官庁や帝国図書館、商工ギルド本部が並ぶ。

 少し離れると市場や露店街、宿泊街、裕福な平民の居住区などがある。


 城壁近く――すなわち円の外側に行けば行くほど、花街やスラム街といった治安の悪い場所が増えていった。


 そして帝都の城門から北に目を向ける。


 空飛ぶ生き物を串刺しにしてしまいそうな複数の尖塔がそびえる真っ黒な城。

 あれがミドガルズ大帝国の最高権力者、皇帝の住まう皇宮ドラウプニル―――。


「めちゃくちゃセンス悪い」


 そう結論付けて渋面を作る。

 隣にいるグナーも苦笑している。


 皇宮ドラウプニルはミドガルズ帝国が建国される前からここにあった謎の多い建造物で、高度に発展した古代文明によるものだと古文書に記されていた。


 前世でその古文書の解読を手伝ってくれたのはゲオルグだった。



『遠い昔にミドガルズの地に存在したとされる神興国が皇宮を作ったようだ、と書いてある』

『神興国かあ、どんな国だったんだろう。ゲオルグにとっては郷土史になるけど興味ある?』

『……ないことはないが、どんなに栄えた文明でも滅びるときは滅びる。そのもろさのほうに関心が向く』


 あのときのゲオルグは、言葉は辛辣しんらつだったがとても楽しそうに調査を進めていた。

 彼は国家を運営することではなく、検証することに意味を見出す人種だったと思う。



 それがまさか皇帝になってしまうなんて、ね。


 やっぱりゲオルグが何を考えているのか分からない。

 そのあたりのことも、会って話ができたらいいな。



 馬車は大広場のさらに先にある十字路で停めてもらった。

 寄宿学校に向かうためにグナーとともに歩き出すと、十字路広場で話す人々の声が聞こえてきた。


「また貴族の取り潰しだってよ」

「一族郎党皆殺し……。これで何度目だ?」

「今度の侯爵家は他国の高官に帝国の情報を売っていたそうだ。それにしたって今上帝は貴族にも容赦がねえよなあ」


 皇帝についての噂話だわ!

 グナーに荷物を預けて、掲示板の前で立ち話をする平民たちの声に耳を傾ける。


「最近、帝都の憲兵が増えたと思わないか」

「皇帝自ら帝国軍の再編を行っているらしい。取り締まりも強化してるって聞いたから、俺たちも変なことを言ったら牢に入れられちまうかもよ」


 なんというか、絵に描いたような権力集中型の皇帝サマって感じ。

 このままだと近いうちに見事な独裁者が完成しそうね。


 でも、私の野望にとっては好都合。皇帝に権力が集中しているということはそれだけ即断即決の土壌があるということ。

 つまり私の論文も即断即決で世に広く流布できるっていうこと。ふふ。


 私の偉大な著書が日の目を見た後で「その政治手法はどうなのかなって思います」みたいなこと言えばいいでしょ。


 ふと掲示板に貼ってある新聞を見る。

 新しい皇帝が発布した法令の数々が記されている。


 内乱や戦争直後に商人や集落民の税を免ずる「戦時下臨時税制特例法」。

 不作や飢饉の年には水車小屋やかまど、森林の利用料を減らす「収穫量促進法」。


 なかには、資産のやりくりがうまくいかない騎士男爵家の借入金に伴う利息を一定額免除する、というマニアックなものもあった。


 これら法令の狙いは分かりやすい。


 農民・庶民の負担を軽くして国の総生産量を増やす。

 また、上位貴族ばかりが優遇されがちだった税負担を、もっとも割を食っている男爵家に還元する。


 領地内の収穫量に応じて課される税を減らすことも、領主としての経験が浅い騎士男爵家を支える意味合いが強い。


 騎士は帝国軍の構成員。


 ――つまりゲオルグが目指しているのは帝国軍の増強でしょうね。


「彼、目的のために法令をガンガン出すタイプなのね。 この調子で論文も出してほしいわ。それにしても、ゲオルグはどこかと戦争でもするつもりなのかしら。もしくはまだ帝国内に敵が潜んでいるとか……?」


 グナーに呼ばれて広場を後にする。


 この国と皇帝の行方にちょっとだけ不安を抱きながら、私たちは寄宿学校へと向かった。



 ◇



 帝都の北西部。

 中央大広場から二区画先に女子寄宿学校(フィニッシングスクール)がある。


 コの字型に建つ教室棟と、庭園を囲んでロの字型になっている寄宿棟の二棟で構成されていて、寄宿棟のエントランスホールには校長先生と寄宿棟監督の先生が待っていた。


「私が校長です。よろしく、フリッカさん」


 ゆったりしたローブのゆったりしたおばさんだ。

 優しそうな人。


 次いで隣に立ついかつい顔をしたおばさんが長いお気持ちを表明してきた。


「寄宿棟監督担任です。門限は絶対厳守、異性との交際禁止、花街・貧民街スラムへの出入り禁止、口喧嘩および暴力沙汰は禁止、淑女らしからぬ態度で学校生活を送ることは禁止、それから」


 こいつはうるさいな。


 いずれにせよ、寄宿学校での生活はかなりの禁欲を強いられそう。

 うまく立ち回っていかないとね。



 2人からあらかたの説明を聞き終え、私とグナーは自室へと向かった。

 グナーには隣接する侍女用の部屋があてがわれている。


「ここまでの旅路でお疲れでしょうから、少し仮眠を取ってはいかがですか。後ほど起こしに伺います」

「そう? それじゃあお言葉に甘えようかな」


 自室に入ろうとしたところで廊下の人影に気付く。

 3人の女性が立ってこちらを睨んでいた。


「ん?」


「あなたが今日入学してきた子爵家の娘ね」

「ここは伯爵以上の子女しか入ってこないのに、子爵なんて恥ずかしくないの?」

「着ているローブもほとんど平民と変わらないじゃない」


 3人の装飾品やローブを見れば、相当爵位が高いことが分かる。侯爵か公爵……あたりかな。


 小娘ごときの戯言は聞く価値もないわね。

 まあ今の私も小娘だけど。


 などと考えながら無視して部屋に入ろうとしたところで、一番偉そうな真ん中の娘が私を指差して宣言した。



学校ここに来たって、あんたみたいな田舎者が結婚できるわけないでしょ」



 イラッとした。


 疲れていたのもある。

 私は無言で一歩ずつ前に進む。


 そして私を指差した女の目の前に立ち、石頭を振り下ろした。



「誰が非モテだ! この馬鹿女!!」



 一番偉そうな娘の体は廊下の先に吹っ飛ぶ。



 入学初日、私はさっそく先生たちにこっぴどく叱られてしまった。

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