episode23
“エルメリア”にとってヨハネスは掛け替えのない存在だった。
しかし本音を語り合うには程遠く。
見詰め合うには近過ぎて。
共に過ごした時間は長くも心の内を曝け出すような間柄とも言えず。
ヨハネスの嘆願を振り切る形で断頭台に登った時さえも胸に宿る感情を吐露するようなことはしなかった。
共に生きる未来よりも死こそを救いとして選んだのだ。
だから、彼が何を考え、どう感じていたのかを“エルメリア”は知らない。
知ろうともしなかった。
それがほんの少し、申し訳なくて……。
永遠に語り合う機会は失われたまま、エルメリアとヨハネスは再び死に別れるだろう。
やり直したいとは思わない。
ただ、叶うのならば聞かせて欲しかった。
最後の最後であなたの手を離してしまった“私”を、まだ守ろうとしてくれるのは何故なのか。
(……あなたはけして“私”を魔女とは呼ばない)
その答えが忠義心であるというのなら、もう振り返るのはやめにしよう。
“過去”と共に忘れ去ることを惜しむ必要もない。
あなたの思いも。“私”の思いも。
語らずとも良いものだった。
きっと、それだけの話。
両親への報告を終えたユスツィートが合流すると、ヨハネスは異空間——精霊界のように実在しながらも現世とは切り離された空間——にしまっていたらしい包みを1つ取り出した。
祝いの品らしく丁寧なラッピングが施されている。
「少し早いが渡しておこう」
「ありがとうございます! 開けてみても?」
「もちろん」
受け取ったユスツィートと並び、ラッピングを解く。
外装にあたる木箱は蓋の代わりに結界を使用しているタイプのようで、包装紙を外すとすぐに伺えるようになった中身は幸運を運ぶとされている青い鳥をモチーフとしたガラス製のペアカップだった。
「……あれ? これどうやって
美しい贈り物に喜んだのも束の間のこと。
結界を解くためのスイッチが見当たらない。
ヨハネスの方を見ても笑みを浮かべるばがりで解き方を教えてくれそうにはなかった。
仕方がない。
木箱に刻まれた紋様を隅々まで確認したエルメリアは、少し考えてから結論を口にした。
——この場にはヨハネスとユスツィートしかいないのだから別に隠す必要もないだろう。
「この結界、2人分の魔力を注ぐことによって初めて開閉が可能になるのではないでしょうか」
「えっ。どうやって読み解いたの」
「箱に彫り込まれてる紋様をよく見てください。そうと分からないようギリギリまで崩されてはいますが魔法式になっているんです」
「……あー! なるほど!?」
魔法式の設計思想で言えば婚約指輪のそれと同じだろう。
婚約を祝うために用意されたこのカップは、2人が揃わないと取り出せない仕組みになっている。
「魔力を注ぐと溝が埋まって何が結界の鍵になっているかも分からなくなるように飾りの深さや角度が調整されているのか。うっわ、よくできてる」
「わはは。そう褒めるな」
「……まさかとは思いますがこの箱、ヨハネス様が自ら作られたのですか?」
「うむ。手先の器用な者に掘り方を教わってな」
悪戯に成功した子供のような顔でヨハネスは頷いた。
「幸福というのは存外に脆いものだ。それを忘れないようにしなさい」
叶うのならば末永く、年老いるまで。
2人の運命が分たれることのなきようにとの願いが込められている。
ヨハネスの心の内を表すかのような贈り物を手にユスツィートとエルメリアは一度顔を見合わせた。
「よく心に留めて大切に扱わせていただきます」
「ああ。お前たちなら大丈夫だろう」
心配はしていない。
そう述べるヨハネスの表情はどこまでも穏やかで——。
他の誰に祝われずとも、彼が祝ってくれるならそれで構わないように思えた。
ユスツィートと共に魔力を注いで魔法式を完成させる。
「……うーん。今日ばかりは寒色系の色を持って生まれなかったことが悔やまれるな」
「そうですか? ユースらしくてよいと思いますが」
「それ、2面性があるって言ってる?」
「けして悪い意味ではありませんよ?」
「悪い意味じゃなければいいって話でもない気がするけどなぁ」
カップの青と箱の赤。
完全にユスツィートを表すカラーとなっている。
「婚約祝いが“ユースらしいもの”なら結婚祝いは“エリーらしいもの”を贈るとするか」
「それはいいですね。楽しみにさせていただきます!」
「もう、ユースったら」
「構わん構わん。お前たちの喜ぶ顔を想像しながら贈り物を選ぶ時間は何にも代え難いからな」
「ヨハネス様もあまりご無理はなさいませんように。元気なお姿を拝見できる以上の贈り物もないのですから」
カップを納めるための箱をいつから用意していたかは分からないが、職人に勝るとも劣らない技術を習得するには相応の時間を要したはずだ。
さすがは婚約指輪をあらかじめ用意していたユスツィートの祖父、とでも言っておけばいいのか。
「ところでお祖父様、この箱を商品化するご予定などはないのですか?」
「うむ。一定数の需要が見込めるのではないかとラルシオにも企画書を送ったのだが職人を揃えるのが難しいらしい。魔法式を彫るだけならまだしも、デザインに組み込むとなるとそれを専門に扱う者が必要になるのでな」
「お祖父様が担当する訳には参りませんもんね。あっエリー、君ならどうだい?」
「魔法式を崩すだけならおそらく可能ですが元となるデザインについては相談先が欲しいところですね……」
新商品の開発に話が移ったので思考を切り替える。
休みの日に仕事の話を持ち出すだなんてナンセンスだと思わなくもないが魔法式とその実用化については半ば趣味になっている側面もあるため、3人は前のめりになって意見を出し合った。
休暇中だからこそ許される熱の入りようで、気が付いた時には夕飯の時刻を迎えており使用人を困らせてしまったほど。
企画の草案としてまとめられた書類を手渡されたラルシオが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたのは言うまでもない。
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