第8話 閑な道
時刻は正午に差し掛かるも、まだ体調不良が続いているのかお腹がすいてはいなかった。
「そろそろお昼にしない?」
夏海からの提案に苦言をせず、了承し、どこに行くかを決めるため、携帯で良い店を探していた。
「ねぇ、こことかどうかな!?」
夏海が提案したのは今いるショッピングモールをでてから少し歩いたところにあるメイドカフェの目の前にあるイタリアンのお店だった。その店の写真を見てみると妖花はふと思う。
『なぜここに建てようと思ったのだろう、雰囲気が違うような…』
そんなことを考えつつ、そのお店へと行くため2人はショッピングモールを出て、目的地まで歩き始めた。
他愛のない話をしつつ、少し歩いた時不意に力が抜けて膝から崩れ落ちる。
「あっ、危ない!」
夏海が私の腕を掴み、転けることは避けることができた。
「あ、ありがとう夏海」
「本当に大丈夫なの!?やっぱり具合が悪いんじゃないの!」
「いや、少し立ちくらみしただけでなんともないよ」
急にどうしたのだろうか、だるさはあるもののそこまで悪化してないと思っていたのに。
「流石に心配だよぉ。あと少しでお店には着くから、ゆっくりでいいから行こう」
「あ、うん。ありがとう」
寒気がすごい。何かが私の中に入り込んでいるような、そんな何かが私を見透かしているような、そんな寒気。
「あっ、こっちから行ったほうが近道なんだってー」
夏海は優しく、近道を指してそこに向かって私の手を引っ張って歩いてくれる。
「わかった、近道していこうか」
そう言って私は夏海に連れられながら近道へと入っていった。
「うわー、この道人気がないね…」
「そ、そうだねまるで過去の世界と今の世界を行き来するための道みたい」
この道は一本道で古い家が立ち並ぶ小道だった。家と家に挟まれた道は薄暗く、少し肌寒い。賑やかだった街は歩くにつれて嘘のように静かになり、私たちをこの道へと誘っているかのようだった。
「あっ、光が差し込んでるよ」
真っ直ぐの道に一筋の光が差しているのを見つけ、私たちは早歩きをしてその光に向かって行った。
「やっとでれた」
「うん、そうだね」
細い道を出るとそこは大通りになっていた。
シーンとした大通りには誰一人として人はいなかった。この道だけ妙に時代が古く、江戸時代に建てられていたような木造の家屋が立ち並んでいる。
「この道、誰もいないね。お店も一つも空いてないし」
夏海はそう言うと、妖花は辺りを見渡す。
たしかにお店はどこも空いてはいなかった。
「本当にその通りだね…」
不気味な雰囲気が漂う中夏海は携帯を見て固まっていた。
「ねぇ、どうしたの夏海。携帯を見つめてさ」
「え…」
夏海の反応がおかしかった。いつもならすぐにこちらを向いてくれるはずなのに今回は全く私の話を聞いていないようだった。
「な・つ・み!本当にどうしたの!?」
肩を叩くとやっと夏海は我に帰ったかのようにこちらを見ている。
「こ、これは一体…ねぇこれをみてみてよ!」
夏海は持っていた携帯をこちらに向け、液晶画面に映っているものを見せてきた。
それをみて妖花は唖然とする。
「な、なによこれ…どうなってるの!?」
携帯の画面には今私たちがいる場所がどこなのかを示していた。
その場所は自分たちがGPSでどこにいるのかを指しているはずが今液晶画面には太平洋の海の中を指していた。
「なんでこんなところを指してるの?」
「わからない、携帯の不具合の可能性はあるかもしれないけどそんなことほとんどありえないはずだし」
よくみてみると絶対にあってはならないことが起きていた。
「ねぇ、夏海。今私たちがいるのはショッピングモールを出て少し歩いた場所にあった小道を抜けた先よね?」
「そのはずなんだけど…」
「よくみて、なぜだかはわからないけど携帯が圏外を指している。私の携帯も確認するね」
そう言って妖花は自分の携帯を取り出し電波の場所を見てみるとやはり圏外となっていた。
「やっぱり私の携帯も圏外みたい」
「本当にどうなってるんだろうね」
「わからない、トンネルに入ったなら圏外になるのも納得が行くんだけど、そう言うわけではなさそうだし」
何か嫌な予感がする。まだ何かが起こったわけではないが、妙な胸騒ぎがする。
まだこの道に来て3分も経っていなかったが、ここに来てからなんだか体が重い気がした。
「この道はやめない?たしかに近いのかもしれないけれど何か嫌な、言葉に表せないけど嫌な感じがあるの」
妖花がそう言うと夏海は大きくうなづきながら答える。
「私も同じことを考えてたよ!自分で提案したけどここまで人がいないと何か心配になるもんね、それに携帯の調子もおかしいみたいだし」
二人の意見が一致したことでわたし達はきた道を戻ろうと後ろを向いた時ふと何かが動いたような気がした。
「な、何か動いたような…」
「そういうのやめてよ!早く行こ!」
小走りで道を移動していくもなかなか元の道へ戻ることができない。
「あ、あれ?こんなに遠かったかな」
「あと少しのはずだよ、そんなに距離は歩いてないはずだから」
夏海は首筋から汗がゆっくりと垂れていることも気にせず足早に進んでいく。
「あっ、やっと道を抜けるよ」
その言葉の通りに外の日差しが道の出口に向かって差し込んでいる。もうすぐ出口のようだった。私は一刻も早くこの道から出たかった。そして日差しの差す出口に向かい、今いる通りを出ることができた。
「やっと抜けたよ。なんとか戻ってこれたね」
「…。」
私は夏海に話しかけるも返事がない。
「ねぇ、夏海聞いてるの?」
そう言いながら後ろを振り返る。
「え?」
そこには誰もいなかった。
夏海の姿もなく、人の姿もない。
そして自分がいる場所がどこなのかを察する。
「この道って…」
先程までいたはずの大通りの道へと戻ってきていた。
「なんでさっきの道に戻ってきているの?たしかに私は夏海とともに早歩きでショッピングモールがある道の方へと向かったのに」
何が起きているのか理解はできていなかった。ただ、妖花は「恐れ」と言う感情を抱いてはいなかった。
「これはあの影の仕業なの…それとも別の何かの仕業なの」
どちらにせよ、ここでじっとしていては何も始まらないだろうと思った妖花はもう一度小道へと入っていった。
「今度こそ、出られるはず」
何の確証もないが、何か行動を起こさずにはいられなかった。
「はっはっはぁ…」
汗をかきながら走り続け、また道に光が差し込む。
「あと少し…あと少しで到着するはず」
そう言いながらまた光の差す方へと向かっていっていた。
差し込む光が大きくなるにつれて希望と不安が入り混じっていた。そして光が目の前に広がった時、その小道を抜け出していた。
「で、出られたかな?」
荒い息を吐きつつ、深呼吸をしたあと、汗を手でぬぐいながら周りを見渡してみる。
「やっぱりダメか…」
やはりそこは先程までいた大通りだった。
不安が募る。嫌な汗をかいてしまう。
「本当に一体何が起こったんだろう、なんで戻ってきてしまうの。それに妙に寒気がする」
寒気を感じていた時、コツコツと何かがこちらに向かってくる音が聞こえ、物陰に隠れる。
妖花は息を殺してこちらへ向かってくる何かを目で捉える。
そこには笠帽子をかぶった男がこちらへと向かってきていた。笠帽子の男は和装を着ており、まるで江戸時代にいた旅人のような風貌の男だった。
「人だ!」
人が目の前に現れるだけでこうも落ち着くとは思ってもいなかった。
どんな人物なのかわからなかったが、今のままではこの道に閉じ込められたままだと思った妖花は意を決してその笠帽子の男に話しかけた。
「あの、すみません」
返事はない。
その間も男はコツコツと音を立てながらこちらに向かってくる。
「あの、笠を被ったお方、話を聞いてもよろしいですか」
やはり返事はない
妖花は少し考えたあと、その笠帽子の男の目の前に立ち尽くし、通さないようにする。
「あの、話を聞いてもいいですか!」
そうすることでやっと妖花のことが目に入ったのか顔を上げこちらを鋭い目つきで見つめている。その目つきに体がこわばったりしたがそんなことを気にせずに質問をする。
「ここがどこだかわかりますか」
妖花は傘帽子の男へと投げかける。男はブツブツと小さな声つぶやいている。妖花は耳を研ぎ澄まし、その雨音よりも小さな声を聞きいる。
「なぜここに人がいる。女?男?それとも少年?少女?」
何を言っているのだろうか、言っている意味がわからなかった妖花はもう一度男に質問をしてみる。
「あの…何が言いたいんですか?」
上目遣いで聞いてみると、また男はブツブツと何かを小さな声でつぶやく。
「この声は女性…?幼女…?いや少女か…?」
「あの、私は中学生なので少女ではありますけど…」
妖花がそう発した直後男は妖花の肩を掴むと、グッと妖花は笠帽子の男の方へと引き寄せられる。
「きゃっ」
「危ないよ、少女。危ない、危ない」
そう言いながら、妖花を自分の背後へと引き寄せると自分の腰に手を当てている。
「あの、どうかしたんですか」
「少女。目の前に何か見えないか?」
「目の前…?」
男の言う通り、目の前を見ると何もそこにはなく、あるのは道だけだった。
「あの、何も見えませんけど…」
そう伝えると笠帽子の男は少し間を取ったあと
「そうか、ならいい。気にするな」
低い男らしい声で呟く。
笠帽子の男は何か納得した表情をすると
「少し目を瞑っていなさい」
とだけ伝える。
私は言われるがまま目をつぶっているとほんの数秒の時が流れ、また男の声が耳に入ってくる。
「もう目を開けていいよ、少女」
その言葉通り目を開けると
「あれ!?ここって…」
目の前には人々が歩いている。
見たことのある光景がそこには広がっていた。
そう、戻ってきたのだ。小道に入る前にいた道へと戻ってきていた。
ガヤガヤとしているこの通りを見ると安心した気分になりフッと力が抜けていく。
「戻ってこれたんだ…それよりも助けてくれたあの人はどこにいるの」
そう思い辺りを見渡すもそれらしい人物は見当たらなかった。
「あの人は一体何者だったの、もしかして夢…?」
そんなことを思うほど夢のような体験だった。目を開ければ現実へと戻ってきていたのだから無理はない。
そんなことを思っていると聞き覚えのある声が聞こえる。
「いたいた、おーい!」
そう言いながら近づいてくる人影に安心感を覚える。聞き馴染みのある声が聞こえ、妖花はその声の方向へと走り出す。
「はぁっ、やっと見つけた。無事でよかったよー!」
「夏海こそ、本当に心配したんだよ!?」
あの声の主は夏海だった。夏海は尋常ではない量の汗をかきながら妖花のことを涙目で見つめている。
「こっちのセリフだよー!一緒にあの道を出てすぐに妖花が消えちゃったんだもん。びっくりしたよ」
夏海の言い分からやはり夢でもなく現実だったと理解した。
「私はその….」
先ほどの出来事を口に出そうとするも何か喉に突っかかる違和感を覚える。
「どうかしたの?何か見たりした?」
夏海は不思議そうな顔でこちらを見つめる。
急にどうしたのだろうか、いつもみたいに声を出したいのに出すことができない。
出そうとしても声帯を奪われたかのような感覚になり、どうも声が出ない。
「な、なんでもない。わたし達走ってたでしょ?だからそのまま人多くて見失っちゃって」
ほかのことを言うときはスッと声が出てくるのに。あの時のことを言おうとすると何をどうしようとも声が出せず、違和感が邪魔をする。
「そ、そうだったんだ!?それはたしかに怖かったから仕方ないのかもね!」
「う、うん…」
時計で時刻を確認するとあの時からさほど時間は経ってはいなかった。夏海の顔を見ると心配そうな顔でこちらを見つめているので妖花は笑顔を返す。
「なんとか抜け出せたことだし、目的地までは歩いて行こうか」
作り笑顔が酷く自分の心が痛む。
「え、でも…」
夏海はやはり心配そうな顔をしていた。
おそらく夏海は気づいているのだろう、私が嘘をついていることに。
「もう…」
二人はその道に背を向け、また歩き出した。
2人がその道の方に顔を向けることはなく、ただ何かが通じ合っていたからこそもうそのことに触れることはなかった。
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