第15話 進むべき道

 決着をつけよう。彼の言葉には重みがあった。


 鋭い眼光で睨みつけ、獲物を狩る肉食獣のように。


 LEDライトが照らされ、周りはヒノキでできている床や壁。本来なら暖かさを感じるはずなのだが、二人の間には冷ややかな緊張感が走る。


 彼女の母親はあまりの空気感に少し心配をしている。だが、


春樹はるき君、ずぶ濡れじゃん! シャワー浴びないと風邪引くよ」


 マイペースな美月みづきにとっては全て無駄だった。


 ヒリヒリした空気を一気に引き裂き、すぐに日常を取り戻す。


 彼女の行動により、彼女の母親の心配も吹き飛び、浴場へと案内する。


 春樹はるきがお風呂場に行く。中に入ったのを確認した美月は、脱衣所へと行き、声をかける。


「服ここに置いておくね」


 美月みづきは自分が購入した男女兼用の服を置き、台所へ向かう。


 異質な性格をしている彼女だが、常識だけは持っているので、お茶菓子を用意して自室へと戻っていくが、ふと……


「あれ? 春樹はるき君ってなんで私の家知ってたんだろう?」


 教えた覚えがないので、彼女は少しだけ恐怖を覚える。彼自身が悪い人ではないので何もされないだろうが、シャワーから出てきたら聞いてみようと思う。


 シャワーを終えた春樹はるきが、この家に来た本題を話すため、美月の部屋へとやってくる。


「お邪魔します」


「ようこそだよ! いらっしゃい」


 快く歓迎する美月みづきだったが、先ほどの疑問が心の端に残っていたので、早速聞いてみる。


「そういえばさ……なんで私の家知ってたの?」


「あぁ、それね……金髪の男が教えてくれたんだ」


「金髪?」


 彼自身が名前を知らないらしい。


 だが、美月みづきの知り合いで金髪、しかも家を知っている人物は一人しか思いつかない。


 そう翔兎しょうとだ。


 彼に教えてもらったという事実を知り、安堵する。同時に、彼が春樹はるきにコンタクトを取ってくれていたことを知り、嬉しかった。


 春樹はるきが出してもらったお茶を一口すする。その後、言葉をこぼした。


「俺、やっぱり音楽が好きだ。本当は、兄貴のように音楽で活躍したいって夢もあったんだ」


「どうしたの? 急に」


 春樹はるきが本音を暴露したことに今日一の驚きを見せる。まさか、こんな心変わりしているとは思っていなかったから。


『決着をつけよう』などと言われたから、完全に拒否されるものだと思っていた。


 美月みづきの驚きなどお構いなく、話を続けていく春樹はるき


「この思いだけは伝えておきたかった。やっぱり、偽れない。でも……本家の人間からされたことは忘れられない。け者にされた。いや、それだけなら俺もアイツらに憎しみなんて抱かなかっただろうな。アイツらは俺に向かって……俺に向かって……」


 その後の言葉は口にするのも心苦しいのだろうか。春樹はるきの呼吸が乱れていっているのがわかる。


 美月みづきが背中をさすってあげ、春樹はるきも落ち着きを取り戻し、続きを紡ぐ。


「劣性遺伝は神門じんもん家の紋章に泥を塗る。今すぐ別の家庭の子になるか……死ねって言いやがった」


 春樹はるきが放った言葉に美月は衝撃を受けた。


 少し音楽の才能がなかっただけでここまで言う必要はない。それだけ、本家の人間はエリートを輩出することしか考えていなかった。家系の名誉を守ることしか考えていなかったのだ。


 本家が放った言葉で春樹はるきの両親は本家とえんを切ることを決断。こうして本家との関わり合いはなっくなったのだが、今度は結果を出し、世間から注目されている夏弥なつやを本家に渡せとまで言ってくるらしい。彼らの言葉は完全に無視しているが、このまま放置すれば何をされるかわかったもんじゃない。


 それでも何もできないのが現状だが。


 最悪の家庭状況を聞かされ、美月みづきは何も言えず、悲しい顔を浮かべる。


「そんな顔すんなって。お前は何も悪くねぇじゃねぇか」


「でもそんな言葉って……」


「今は気にしてねぇよ。絶縁ぜつえんしたし」


 無理やり笑顔を作り、美月みづきを心配させまいとする。


 彼の心遣いに美月みづきは応えるために、平常心を保っていく。


「ありがとう。話してくれて。でも、なんで急に心変わりしたの?」


「あぁ、それか……あの金髪の男がな、言ってくれたんだ。復讐したり、見返したいなら結果で示って。動機なんてなんでもいいって。そんなこと言ってくれる人、俺の周りにはいなかったから。俺、嬉しくって……もう一度音楽と向き合ってみようと思えてな……感謝してるよあの男には」


翔兎しょうと君……」


 翔兎しょうとがメンバーに入ってから彼には助けられっぱなしだ。歌を作ろうと思ったことも、歌詞を作った時も。宇崎美月うざきみづきがバンドを続けられているのは、銀河翔兎ぎんがしょうとがいてくれるおかげだと、心の底から思っている。


 別のことを考えていると、春樹はるきが急に送った歌の感想を話す。


「でもよ、あの歌はないな。ストレートに想いを伝えすぎ。ちょっとダサいよ」


「悪かったね! あれでも一生懸命考えたんだけどな……」


 自信作だったため、春樹はるきけなされてショックを受ける。だが、あれが彼の心を変えるきっかけにはならなかったのだから、妥当な評価だとは思う。


 春樹はるきが手を伸ばしてくる。


「俺が音楽をやるとしたら、あの男と一緒にやりたい。だから、しょうがなくお前のバンドに入ってやるよ。あくまで俺が認めたのはあの男であって、お前じゃねぇからな!」


 照れ隠しの言葉だと美月は勘づいていたが、手を取り、「大歓迎だよ。よろしくね」と彼のメンバー入りを了承。話がまとまり目的を果たした春樹はるきは自宅へと帰っていった。


 

「おはよう!」


 扉が開かれ、翔兎しょうとが練習のために美月みづきの家にやってきた。早速部屋に上がるが……部屋の中に淡い赤髪の人物が見えて翔兎しょうとは目が点になる。


「なんでコイツがいるの?」


「なんでって、お前がここに来いって言ったんだろ?」


 翔兎しょうとがぶつける疑問に、春樹はるきが冷静に答える。


 急な進展についていけない翔兎しょうとに、美月みづきが状況を説明してくれる。


春樹はるき君はねメンバーになったんだよ」


「『なったんだよ』じゃねぇんだよ! 昨日今日の出来事だぞ! 展開が早すぎるだろ!」


 翔兎しょうととしては、今の状態は結果オーライだが、まさかこんな早くことが進むとは思わなかった。


 だが、事実は事実だ。一回話を整理して目の前の現実を受け入れていく。そして、いつも通り練習に入る。


美月みづき、ギター貸してくれ」


「いいよ!」


 翔兎しょうとの言葉に当たり前のように反応していく美月だが、春樹はるきからしたら異質な光景だったらしく、「お前、自分の持ってないのかよ」とつい言ってしまった。


「悪いか! 買う金がないんだよ」


 美月みづきからギターを借り、練習を始めようとしていくと春樹はるきへと悔い気味に反論し、ギターを構えて弾き始める。


 毎日練習しているので、確実に上手くなっているが、スムーズに変更できないコードがあり、初心者のいきを出てはいない。


 あまりにつたない演奏を見て、春樹はるきは思わず笑ってしまった。


「なんだよ!」


「いや、俺もそんな時期があったなって思って。懐かしいなと思ってな」


春樹はるき君って何か楽器やてたの?」


「あぁ、一応ドラムをな。まぁ、兄貴のやつを借りてただけだから、自分のは持ってないんだけど」


 彼の言葉を聞いて、美月みづきは歓喜した。嬉しさのあまり、二人の手を取っていた。


「どうしたんだよ」


「これで、これでバンドができるよ!」


 美月みづきの言葉に翔兎しょうとは首を傾げ、春樹はるきは「なるほど」と言った。


「バンドってのは五人必要なんじゃないのか?」


 翔兎しょうとにとってのバンドとは、ボーカル・ギター・ベース・キーボード・ドラムの五つのパートが揃ってのものだ。むしろ、一般的にバンドと聞けば大多数の人がそれを思い浮かべるだろう。


 翔兎しょうとが発した言葉に春樹はるきは呆れながら、言葉を紡ぐ。


「マジで素人なんだな……まぁ、説明してやるよ。バンドって言っても一概にいろ色々な型があるんだ。で、その中の一つにキーボード・トリオってものがあるんだよ」


キーボード・トリオとは、キーボード、ベース、ドラムのパートで構成されてるバンドの形式。だが、ベース部分をギターに変更しているケースもある。


 その場合、キーボードを担当する者がベースの部分を補わないといけないのだが、次世代の星と呼ばれていたピアノ奏者──美月であればベース部分をカバーするのは容易いだろう。つまり……


翔兎しょうと君がギターをマスターすれば……」


「バンドはできるってことか」


「そういうこと!」


 一年。やっとの思いで念願が叶う美月。これで憧れのOCEANオーシャンに近づける……そう思っていたのだが……


「悪い、俺自分のドラムセット持ってないんだわ」


『えっ!』


 春樹はるきが意外な言葉を発し、二人は驚きを見せた。


「なんで! ドラムやってたんでしょ? どうして!」


「兄貴の借りてただけだし、第一、叩けるっていっってもちょっとだけだし……宇崎うざきが期待しているほどのことはできねぇよ」


 ここでも立ちはだかる壁。しかし、美月みづきが耐え、乗り越えてきたものに比べれば今回の壁は低い。なぜなら、楽器がないだけだから。


 こうなればやる行動は一つだった。


「じゃあ、ドラムセットを買いに行こう!」


 思い立ったらすぐ行動。それが宇崎美月うざきみづきという人間だ。 


 いつもの無鉄砲さに翔兎しょうとは呆れ、春樹はるきはついていけなかった。 


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