第14話 神殿に潜入

「あのう、そのタイでよろしいのですか? 本当に?」


 冥府と地上のはざまの門の前、ヨーツェ様に横抱きにされながら訊ねました。

 頭を預ける厚い胸板の上、私の目と鼻の先に、私が拙い刺繍を刺したタイが見えます。


「くどい。俺はこれ以外のタイは今後身に付けない」


「でも、地上では貴族に扮して様々なところに出入りするのでしょう? そのタイで……?」


 心を込めて刺しましたし、私の技術から考えたらよく出来た方ではあります。

 でも一級の品からは程遠いのです。


「ティナ、あまりしつこいと口を塞ぐぞ」


「は、はひ! もう言いません!」


 ヨーツェ様の顔が近づいて来たので、慌てて口をつぐみます。

 門番の亡者さん(他の亡者に比べて二倍ほどの身長です)と、門番の亡者犬さん(頭が三つありますがふわふわで可愛らしいです)に思い切り見られております。この場でキスなどしたら恥ずかしさで一度死んで蘇ってしまいます。


「残念。黙ってキスすれば良かったか」


「もう、ヨーツェ様はいじわるですね」


「ふん、冥府の神がお人好しでは人間どもも困惑するだろう」


 そうかしら、と思っていると、強く抱き直されました。

 冥府に来た時と同様、門をくぐるのです。

 地上から冥府へと抜けたときは、反動で再生機能が暴走し、辛い記憶が何度も蘇ってしまいました。

 あの時の苦しみを思い出して、身を固くします。


「不安か? やはりお前はこちらに残った方が……」


「いえ! 大丈夫です! 地上を混乱させた者を許せませんし、自分の呪いは自分で解きたいのです! それに、冥府のお母様のことだって私事わたくしごとです。お荷物だとは思いますが、わがままを聞いて下さいませ!」


 力むあまりヨーツェ様の言葉を遮ってしまいましたが、そんな私を責めることなく、ヨーツェ様はほほえみを返してくださいました。

 

「分かった。なに、お前は俺が守るから安心しろ。お前の願いは何でも叶えてやりたいからな。ほら、目を瞑っていろ。すぐに済む」


 そう言って触れる程度の口づけを額に落とされます。

 言われた通りに目を瞑ると、ヨーツェ様の熱がさらに近く感じられます。


 そして、私は冥府の門を再びくぐったのでした。


 

 * * *


 

「これは、想像以上の事態ですわ……」

 

 ヨーツェ様と私は、タキサニア帝国の帝都の南にある貴族街に来ておりました。

 ルマリツァ神を祀るタキサニア聖教の神殿があり、そこの馬車つき場が見える位置にあるガゼボの椅子に腰掛けております。

 周りには手入れされた花壇があり、さすが寄進の多い貴族街の神殿は豪華であると関心してしまいます。


 ただ、馬車を降りる奥方様方やご令嬢方のドレスを眺めていると、いかな美しい花壇に囲まれていても心和ませることは出来ません。

 

「お前の嫌いなカエル色のドレスが随分と目立つな」

 

「ええ、碧緑砂へきりょくさ――毒の染料のドレスですわ。島国から来た商人が持ち込んだものです」


「あれを身に着けたものがやがて冥府に来る、ということは、高価な流行りのドレスを手に入れることが出来る貴族層を中心にして倒れていくということか」


「初めに王宮に持ち込んだ商人は、神殿からの紹介であったと聞いております。神殿の――マクナレン神官長の悪意がどれほどのものか、改めて感じますわ」


 ぶるり、と身を震わせると、ヨーツェ様が私の肩を抱いてくださいました。


「お前にはおれがついている。案ずるな」


 そう言って立ち上がり、私に向かって差し出してくださった手を取ります。

 自然とエスコートされる形で、神殿に向かって歩き始めました。このようにエスコートされて歩くことなど無かったので、浮足立ちそうになります。


 今は潜入調査中なのだから、ダメだわ。


 そう心に言い聞かせつつも見上げたヨーツェ様の横顔は美しく、見惚れそうになって目をそらします。


「ふふ、このような形だが、夫婦として歩くのは楽しいものだな」


 ヨーツェ様のつぶやきに、私は無言でうなずきました。

 今、口を開いたらまた恥ずかしいことを口走りそうでしたので……。


 ということで、やって参りましたのはタキサニア聖教の特別礼拝。

 特別礼拝とは、神官長が祈祷と演説をする会です。

 本来は、帝都中の神殿を巡り、三年に一度は帝国内の各地域の主たる教会を巡るのがならいのはずですが、近年は寄進の多い貴族街の教会でばかり行われているのです。


 潜入してマクナレン神官長を探るには助かりますが、帝国内の信仰基盤を思うと複雑なところ。


 礼拝堂に入り、マクナレンに見つからぬよう、一番後ろに着席します。

 やはり目に付くのは鮮やかな緑のドレス、ジャケット、帽子……。不死の身ではありますが、見ているだけで胸が悪くなるような気がいたします。


 ふと、黒の上着に金の布を腰に巻いた恰幅の良い男が入って来たのが見えました。

 男性であっても真っ黒な上着を礼拝で着るのは、珍しい。それに、布を腰に巻くのは異国の着こなし。

 帽子を深く被っており、顔は影になって見えません。

 

 さり気なく観察しておりますと、キョロキョロと周りを見回して口にそっと布を当てました。

 そのまま出来るだけ緑の集団から離れるようにして歩き、窓の近くに腰掛けました。


「あの方、碧緑砂へきりょくさを知っているようですわ」


 隣のヨーツェ様の袖を掴み、小声で伝えます。


「お顔は良く見えませんが、あの体格に服装……王宮に出入りしていた商人ではないかと思います」


「有毒性について知っている、と見て良さそうだな」


 私の視線の先を追っていたヨーツェ様が言いました。

 許せない気持ちで男を見ていると、突然、礼拝堂内に低いドラの音が響きました。

 続いて、万雷の拍手。


 壇上に目を向けますと、マクナレン神官長が入ってきたところでした。

 

「お集まりの敬虔な信徒の皆様。ルマリツァ様へ感謝の祈りを捧げ、タキサニア帝国の繁栄を祈りに足をお運びの皆様。祈りの前に今日は、帝国を蝕む災いについてお話ししたく存じます」


 拍手が止むのを待つと、マクナレン神官長は慇懃な態度でそう語り始めました。

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