第10話 刺繍、完成!

「完成ー! でよろしいのよね? ね?」


 刺繍を入れたタイを広げて、私は喜びの声を上げておりました。

 

 テーブルの上にはたくさんの失敗作、ではないですね、試作。そう、試作なのですよ! ……試作が散らかり、ひとさし指には包帯が巻かれております。

 体質のお陰で治りは早いのですが、この体質で無ければ今頃全ての指に包帯が巻かれていることでしょう。

 私が指を刺すたびに包帯を用意してくれていたアメリィは、途中から頭にたくさん疑問符を浮かべるようになりました。なんでこんなに怪我をするのか、分からないのでしょう。出来る人には分からない、そういうものです。


 そんなアメリィは、隣で席で小さく拍手をしてくれていました。


「え? 血もついてないし目もそろっているし完璧? ふふふ、そう褒められては照れてしまいますわ。私でもやれば出来るということですのね」


 しみじみと感じ入っていると、ヨーツェ様のお戻りの知らせがありました。

 夕飯時には間に合いませんでしたけれど、ここ最近のなかでは随分と早めのお戻り。


 焦ってテーブルを片付けて、完成品のタイを長袖のドレスの袖に隠します。


「おかえりなさいませ、ヨーツェ様!」


 お早いお帰りが、自分で思っていた以上に嬉しかったのか、私は走って彼のもとに駆け寄りました。

 すると、私を見るなりヨーツェ様は顔をしかめます。


 あら、走ってのお迎えなどはしたなかったですね。

 呪われた体質のせいで白い結婚のまま、そばに置いて頂いている身。

 せめてもっと楚々としてたおやかに、お心を癒やしてさしあげないといけないのに。

 こんなことでは、そのうちに枕としての役目すら果たせなくなってしまうかもしれません。


 謳歌エンジョイだけを求めたいはずの私ですのに、ヨーツェ様のこととなるとそうはいきません……。悩ましいことばかりです。


 がくりと肩を落とす私につかつかと近寄ると、ヨーツェ様は私の手を取られました。


「怪我をしているではないか! どうしたのだ⁉」


 大変な剣幕で迫られて、私は、はたと気づきました。

 私はヨーツェ様に捧げられた花嫁。体に傷をつけるなど、軽率すぎました。

 

「申し訳ありませんわ。私ったら、もう私だけの体ではないというのに……」


 反省の弁を述べようといたしますと、周りの使用人や侍女の亡者たちが一斉にざわめきだします。

 なぜかヨーツェ様も真っ赤になってうろたえていらっしゃいます。

 どれだけお怒りが大きいのでしょう。そう思ったときでした。


「あらあ、ヨーツェ。口づけだけで子が出来ないことくらいは知っているはずでしょう?」


 ヨーツェ様の後ろから、豊かな水色の髪と華やかなお顔がのぞきました。

 続いてつややかなデコルテ、主張する胸とくびれ。

 お美しい愛の女神にして、ヨーツェ様のお姉様であるシアーネ様です。


「褒めてくれて嬉しいわ。女は褒められてさらに美しくなるというもの、いくら賞賛を浴びても飽きることなどなくてよ。ふふ、それよりもヨーツェ、あなたが想像するようなことはティナちゃんに起こってなくてよ。でないと、寝る間も惜しんで呪いを解こうと調べ回っていたのが馬鹿みたいじゃない、この私まで付き合わせて!」


「あ、姉上! 俺はただ、ティナが抱える不死の孤独をなんとかしたくて動いていただけだ。それに、ティナの母君とも会わせたかったから」


「ああもう、よろしくてよ。ほら、ティナちゃん。ヨーツェは可愛いあなたの指に傷がついたのを心配していただけよ。それよりも、ヨーツェに話があるんじゃないの?」


 そう言うと、シアーネ様は「あっついあっつい」と胸元を扇ぎながら玄関ホールを抜けていきました。


 口づけ? 子?

 考えて、気づきました。

 私だけの体ではない、なんて言い方、まるで私が子を宿しているかのようではないですか。


 とんでもない誤解に、頬を熱くして黙り込んでしまいました。

 ヨーツェ様に掴まれたままの指も、なんだかとても恥ずかしいです。


 気まずい沈黙を破ったのは、 ヨーツェ様の方でした。


「ティナ、俺はただお前の指が心配だっただけだ。何も怒ってなどいないから、緊張しないでくれ」


「は、はい。私こそ、おかしなことを言いまして」


「あー、それは良い。怪我の理由はなんだ? 俺に話とは?」


 手を掴まれたまま、ヨーツェ様の顔が近づきます。

 そこでまた私は失敗に気づきました。

 ラッピングも何もしていない! のです。

 だって今まで、誰かに物を贈ったことも贈られたことも、無いのですから。

 それに完成したのが嬉しくて、すぐに見せたくなってしまいました。


「え、ええと、後日で。後日でお願いいたしますわ」


「そんなわけにはいかない。怪我の理由と俺への話というもの、聞くまで離さない」


 私の手を掴んでいない方の手で、がっちりと腰を掴まれてしまいました。

 近いです! くっつき過ぎです! 助けて!

 そう思って周りを見回すと、使用人や侍女の亡者たちは、やれやれと口々に言いながら持ち場に戻ってしまいます。

 アメリィに至っては、親指を立てて「がんばってください」と口の動きだけで言っておりました。

 うう、ひどいですわ。


「あ、あの、手を放していただかないと、取り出せません」


「手を? どちらの手だ? こちらか?」


 そう言って、ヨーツェ様は私の指を掴んでいた手を、すすす、と手首に向かって下ろしていきます。

 ああっ、袖がめくれたら中に隠していたタイが落ちてしまいます。

 袖の中にプレゼントを隠すなど、さすがに呆れられてしまいそうです。


「それとも、こちらか?」


 腰に添えられた手が、背中に向かって上がっていきます。

 ぞくぞくと弱いしびれのようなものが、ヨーツェ様の手に合わせて広がっていきます。


「あ、ちが、あの、いけませんわっ! それ以上は、零れてしまいます!(タイが)」


 私の声が玄関ホール中に響きます。食堂の方にまで届いたかもしれません。

 それだけの大声を上げた私は、思い切りヨーツェ様の胸を押し戻していました。

 私の全力でも、びくともしないヨーツェ様。ただ、気遣ってか、自ら少し後ろに下がって下さいました。

 その時、私たちの間にタイが落ちました。

 袖から零れ落ちたのです。


「……これは、なんだ?」


 タイを拾い上げたヨーツェ様は、刺繍に目をとめ、そっと撫で、それから私の指を見ました。


「お前が刺したものか?」


「はい」


 じっくり見られると恥ずかしくて、小さくなって頷くことしか出来ません。


「俺のタイか?」


「は、はい。何か、出来ることがあればと思ったのですが、私にはそれが精一杯で……」


 言い終える前に、抱きすくめられました。

 目の前に厚い胸板があり、鼓動が響き合い、落ち着く香りがする。それはいつもの抱擁のとおりでしたが、抱きしめられる腕の力が違います。


 苦しいほどなのです。

 痛いほどなのです。

 それでも嬉しいのです。

 強く抱きしめて求められることが、こんなに嬉しいとは知りませんでした。


「ありがとう、毎日使おう」


「ええと、洗った方がよろしいですわ」


「いや、他にもあるだろう。その怪我の様子だと、一回で成功したわけじゃないのだろう?」


 あら、バレております。失敗作、もとい試作があることが。


「とんでもありません。不格好だったり血で汚れていたりと、お見せ出来るものではありませんわ。また作りますから」


「いや、また怪我をされては心配だ。それに、お前が俺のために作ったものは全て欲しい。いいか? お前の全てが欲しい」

 

 強く強く抱きしめられて、耳元で囁かれると、頭がぼうっとして何も考えられません。

 私はただ、「はい」と答えたのでした。



 

「なによ~。零れちゃうーなんて刺激的な言葉を聞いて駆け付けた私たちの身にもなって欲しいわね。ま、ヨーツェもたいがい言葉選びがおかしいから、お似合いだわ。さっさと呪いを解く方法について話すわよ!」


 私たちの抱擁を解いたのは、シアーネ様の言葉でした。

 ふと気が付くと、周りにはシアーネ様をはじめとして、また使用人や侍女の亡者たちが集まっています。

 なんだかとても生温かい目で見られているような気がします。気のせい、ですわよね。

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