第2話 舞台稽古と告白と

「ナンパじゃなかった……」


 二日後、塾の帰り道。私はデジタルチョップの二人を前に、そう口にしていた。場所は同じ公園の同じ場所。連絡先を交換するや否や、すぐにグループを作られ、次の予定を聞かれたのだ。それだけではない。メッセージのやり取り内でかなり熱いお笑い愛を語られ、ナンパだったのでは? などと疑った自分を申し訳なく思った。


 そして今日。授業数が少ない水曜の夜に会うこととなった。二人はもう既に練習を始めており、私の姿を見るや、満面の笑みで迎えてくれた。

「めぐみん!」

「来てくれたんだね!」

 メッセージをやり取りするうち、何故か私はめぐみん呼びに。私は彼らを、あーさん、ゆうくんと呼ぶことになった。まぁ、そう呼んでくれ、と言われただけなのだが。


「楽しみにしてたんだっ」

 あーさんこと、背の高い水島朝陽あさひがそう言った。スラリと伸びた手足。モデルでも出来そうなほどスタイルがいい。


「いっぱい練習してきたよ!」

 ゆうくんこと背の低い水島佑也ゆうやが言った。背が低い、とはいえ、男子の平均身長くらいはギリギリありそうだ。ゆうくんの明るさはアイドルっぽい雰囲気がある。


 ま、化粧を落とせば、だけど。


 そう。二人は今日も、


「じゃ、早速見せてもらっていいですか?」

 なんだか偉そうな言い方になってしまうが、仕方ない。私が意見を言う係なのだし。それに、彼らが本気なんだとわかって私も考えを改めた。本気で向き合っている二人に適当なことを言うのは失礼だ。だから昨日、私はお笑いのDVDを借り、見まくった。親からは『勉強もしないでなにしてるの!』と怒られたが、たまには息抜きが必要だからと突っぱねてやった。そして私は、ノートにびっしりと書き込みをしたのだ。ネタの作り方、間の取り方、動き、なにをどうすれば笑いが起きるのかを研究し始めたのである。

 元々凝り性なんだよね、私。

 勉強もこれくらい熱心なら、成績も上がるんだろうな、と自己突っ込み。


「じゃ、よろしくお願いします!」

「よろしくお願いしますっ」

 二人がお辞儀をし、漫才を始める。

 この前見た時より、幾分か声を張っている……のか? いや、でもやっぱりこれは……


「はい、やめやめ~!」

 私は手をパンパン叩いて二人を止めた。

「ぜんっぜんだめ! 声、もっと、出して!」

 運動部さながらのスパルタで迫ると、二人は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに拳を握り、

「はいっ」

「出しますっ」

 と返事をする。

「そう、そのくらい出す!」

 調子に乗って、私も煽る。


 私の煽りはその後も続き、言われるたびに少しずつ変わる二人の漫才。ああ、こんな風に目の前で成長していく姿を見るって、楽しい! 白熱する、私。


「そこの、間、大事に! ああ、そこ、もっとリアクション大きく!」

 昨日のDVD鑑賞の成果も最大限、生かす。

 そんなことをしていたら、あっという間に時間が流れて行った。


「……そろそろ帰ります」

 いつもより早く帰るはずの水曜日、いつもより遅くなってしまった。ただ、何とも言えない充実感に身震いしそうなほどだった。

「めぐみん、ありがとう!」

「うん、なんだかすごく良くなってきた気がする!」

 二人も俄然、盛り上がっていた。

「めぐみん、次はいつ?」

 朝陽に言われ、顔をしかめる。


「あー、私、週末に塾のテストがあるんで、それが終わるまでは難しいです」

 模試を受けなければならないのだ。

「勉強、もし大変そうなら俺たちが教えようか?」

 佑也にそう言われ、ハッとする。この二人、M大……。

「ほ、ほんとですかっ?」

 これはだいぶ、オイシイ話……。

「めぐみん、文系? 理系?」

 朝陽に聞かれる。

「ぶっ、文系!」

「苦手教科は?」

「数学ですっ」

「なら、佑也が得意。な!」

「おぅ、任せろ!」

 佑也が拳を突き上げる。

「あ、でも英語も……」

 私が小さい声でそう言うと、

「お、それなら朝陽が大得意!」

 佑也が朝陽の背を叩き、言った。


 完璧じゃないかぁぁぁ!


「模試って日曜でしょ?」

「そうですっ」

「じゃ、土曜日に待ち合わせして勉強しようよ。図書館でいいかな?」

 佑也に言われるがままコクコク頷いて約束を取り交わしてしまう。私としては、勉強を教えてもらえることも嬉しかったのだが、この二人の素顔が見られることも、楽しみだったのだ。そこそこいい男なんじゃないかと思っている。いや、そうであってほしい!


「勉強が早めに終わったらさ、また稽古つけてほしいんだ」

 朝陽が少し照れたようにそう言うと、

「だよね! めぐみんの指摘、すごく正確だもんなっ」

 佑也も続いた。

「そうですかねぇ? まぁ、そうだといいなぁ、って思ってますけど……」


 ここまでくると、応援したい気持ちしかない。漫才コンテストはプロアマ問わずらしいので、さすがにトップを目指すのは難しいのかもしれない。それでも、舞台で漫才をすることで知名度が上がったり、自信になったりしてくれたらいいな、と思う。


「じゃ、土曜日にまた!」

 朝陽が言えば、

「楽しみにしてるね、めぐみん」

 佑也もそう言って微笑んだ。

「じゃ、また」

 私は、二人の素顔を想像しながら家路についた。


 ……のだが。


*****


「なんで……」

 待ち合わせ場所に立っている二人を見て驚愕する。

 明るい太陽の日差しを浴びた二人は、……。


 見られている。


 沢山の人たちに、見られている……。


 図書館で勉強を始めたはいいが、道行く人たちからの視線が痛い。そりゃそうだろう、帽子を被った青い顔した二人に挟まれてるんだもん、私。

 しかし、そんな見た目とは裏腹に、勉強はめちゃくちゃ捗った。さすがM大だけあって、二人とも教え方がすこぶるうまいのだ。今まで解けなかった問題もあっという間に理解できたし、英語の文法や単語の覚え方も、とてもためになった。


「二人とも、すごい!」

 私はノートを閉じながら二人を絶賛した。これで明日の模試にも何の不安もなく挑めそうだったし、なんならもう、点数を取れる気しかしない!

「めぐみんが頑張ったからだよ」

 佑也が頬杖を突いてそう言うと、朝陽もまた

「ほんと、めぐみんすごい」

 と褒めてくれる。

 でも、私……


「ううん、二人がすごいんですよっ。私、感動しましたもんっ。勉強できるってこともすごいんだけど、二人のお笑いに対する姿勢とか、ほんと、感心しちゃう!」

 、コンテストで優勝を逃したとしたって知名度は上がるはず! 青い双子のデジタルチョップ、売れる気がしてきた!

「そ、そう?」

 苦笑いで照れる佑也と、少し不思議そうな顔をする朝陽。あれ? 私、なんか変なこと言いましたかね?


「で、コンテストって、いつなんですか?」

 ちゃんとした日程、知らないんだった、と気付いた。今更だけど。

「ああ、えと、来週の土曜」

「一週間後!」

「そうなんだよね、もう一週間しかない」

 心配そうに俯く朝陽に、私は力一杯言葉を掛ける。

「大丈夫ですっ。二人は絶対、よ!」

 それは、確信だった。


「そう……かな?」

 首を傾げる二人に、私は大きく頷いた。注目は集めるよ。だってだもん。だからあとは、あの漫才を練習通りに見せることさえできたら……。


「見に来てくれる?」

 朝陽に言われ、目をぱちくりさせる。

「え? コンテスト……ですか?」

「そうだよ、めぐみん見に来てよ!」

 佑也も前のめりでそう言ってきた。

 私は、コンテストっていうものは一般人が見られると思っていなかったので驚いて、

「見に……行けるんですか、それ?」

 と訊ねた。

「一般審査があるんだよっ。是非参加して、デジタルチョップに一票入れてほしいな!」

 佑也が目をキラキラさせてそう言ってくる。

 なるほど、それなら清き一票を入れようじゃないか!


「わかった! 行く! えっと、友達誘ってもいいのかな?」

 どうせなら身内票を増やしたいと思ったのだ。しかし、

「あ~、関係者の参加は出場者に対して二人だけなんだよね」

 と言われる。確かに、身内ばかりが参加したら知り合いが多い出場者の勝ちになってしまうもんね。

「わかりました。じゃ、一番仲のいい子ひとりだけ連れて行きます!」

 私はガッツポーズを作って二人にエールを送った。少しでも力になれたら……。単純に、そう思っていた。だって私が育てたようなもんだし? なんてのは言いすぎだけど。


「ね、これからまた少し、稽古つけてよ」

 佑也がお願いポーズでそう言ってきた。

「おい、めぐみんは明日模試なんだからっ」

 朝陽が窘める。

「だぁって、俺もう少しめぐみんと一緒にいたい」

 口を尖らせてそう言う佑也に、思わず、

「へ?」

 と、変な声を出してしまう。


 なにそれっ、え? 変な意味じゃないよね? 一緒にいたいとか、ちょっとした口説き文句じゃないっ。


「ばっ、なに言ってるんだよ! そんなの、俺だってもっと一緒にいたいよっ」

 顔を赤く……いや、青いからわかんないんだけど、多分赤くしてるっぽい感じで朝陽が言う。私は完全に照れてしまい、

「や、やだなぁ、もぅ。変なこと言わないでくださいよぅ」

 と誤魔化した。


「……いや、この際だからハッキリさせようよ、朝陽」

 急に真面目な顔になり、佑也が朝陽に向き直る。その言葉を受け、朝陽もまた、険しい顔で佑也に対峙した。

「お前、本気なんだな?」

「もちろんだ」

 なんの話か分からない私だけが置いて行かれている。え? 兄弟喧嘩? まさかね?


「めぐみん」

 佑也が真剣な眼差しで私を見る。

「え? なにっ、どうしたんですっ?」

 青い二人があまりに真面目な顔をするので、ちょっと怖い。

「コンテストで優勝したら、俺と付き合ってほしい」

「へぁっ?」

 慄く私に、更に朝陽が

「俺も、真剣にめぐみんのこと思ってる。俺と付き合ってほしい」

「えええっ?」

 まさかの展開に、私はただただ口をあんぐりと開けていたのである。


「来週、俺たち絶対に優勝するから」

「その時は、めぐみんからの返事を」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 シンクロしてるしっ。


「わ。わわわ私?」

「もちろん」

「もちろん」


 双子は好みも似るって言うけど、まさか二人から同時に告白されるなんて思ってもいなかった私、焦る。朝陽はクールで恥ずかしがり屋。佑也は明るくて素直。どっちもいい人だとは思うけど……。


「さぁて、そうと決まれば練習だなっ」

 朝陽が大きく伸びをすると、佑也も、

「んじゃ、ここからの一週間はめぐみん抜きで頑張りますかねぇ」

 と肩をコキコキ鳴らす。

「めぐみん、会場で会おう」

「デジタルチョップのこと、よろしく頼むね」

「あ……はい」


 なんだか大変なことになってしまったような……。

 私はふわふわした足取りで帰路についた。


 そして翌日の模試は、予想以上にめちゃくちゃのだった。



(続く)

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