第387話

 電話をかけるために廊下へ移動する。今ならまだお昼休憩中のはず。所長さん(春さん)も電話に出てくれるだろう。


「ねぇヤヌシ。私も呼んでくれるよね?ブラシも呼ぶんだし」


 電話の前で砂岩が私に話しかける。ずっと無視していたから廊下までついてきてしまった。


「別に呼ぶのは良いけど、そんな頻繁に砂岩の住処から離れて大丈夫なの?」


「大丈夫だよ~。やることはやってるからね!だから私も呼んでよ~」


「分かったから首を絞めるのはやめて!苦しいから!」


「良かった~。それで所長さんに電話するなら少し代わってくれないかな。久しぶりに話がしたいんだけど」


「良いよ。話しが終わったら代わるね。今日は誰が電話をかける番?」


「私です。任せてください」


 フウセンが電話をかける。今日も春さんが電話に出たみたいだ。フウセンは春さんと楽しそうに話している。


「はい、ヤヌシ。春さんです」


「こんにちは春さん。今、大丈夫ですか?」


「問題ないわよ。今日は休みだから」


「そうなんですか。なら所長さんは近くにいないんですね」


「そうね。また私に内緒で話をするつもりなの?」


「違いますよ。所長さんにお願いがあったのと砂岩が所長さんと話がしたいと言っているので。ちょっとだけ代わってもらおうかなと思ったんです」


「あとで電話をかけさせるわね。砂岩ちゃんと話をさせてあげて。それでお願いって?」


 そこはスルーしてくれないのか。まぁ別に春さんに知られても問題ないけど。


「ちょっとうちの田んぼの周りを一緒に歩いてもらおうと思いまして」


「田んぼの周りを?」


「そうです。来年になったら私達で田植えをすることにしてるんですよ。その準備をやろうかと思いまして。今年のうちに田んぼを一度すいておこうかなと」


「田んぼをすく?どういう意味?」


「え~っと。地面を混ぜるって感じですかね。あれだったら後で調べてみてください。所長さんは小さい頃に私の父と一緒に田植えを手伝っていたと聞いたことがあるので最適かなと思いまして」


「たしかに私では役に立たないわね。旦那に頼みたいのはそれだけ?」


「あとは~。・・・。マリモがお寿司を食べたがっているので買って来てもらおうかなと」


「何て?聞こえないんだけど」


 悪いことはしていない。だけど声が小さくなってしまった。別に怒られるわけじゃないのに。


「マリモがお寿司を食べたがっているので来る時に買って来てもらおうかなと」


「なんでそっちを先に言わないの!今回は私も行くわ!あそこのお寿司は美味しいんだから!」


 あそこのお寿司というのは、前に所長さんに買って来てもらったお魚屋さんのお寿司の事だろう。お値段が高いやつ。


「春さん。別に来てもらっても良いですけど、私と所長さんが田んぼに行ってる間はどうするんですか?」


「あなたの家でコタツちゃんと遊んでおくわ。それで良いでしょ?」


「良いですけど・・・。あ、そういえば新しい『守り人』が我が家に来ました」


「何でそっちを先に言わないの!どんな子なの?」


 絶対に私は怒られるような事はしていない。そうだよね?


「陽光の『守り人』で黒い鷲みたいな姿らしいですよ」


「陽光の『守り人』?初めてよね?」


「そうですね」


「ちょっと見てみたいわね。週末にヤヌシちゃんの家に行こうかしら。━━の車で」


「別に構いませんけど安全運転でお願いしますよ」


「大丈夫よ!ヤヌシちゃんも心配性ね~。今から旦那に電話するからそのまま電話の前で待っててね」


「よろしくお願いします」


「じゃあまたね~」


 通話が切れる。私は春さんに言われた通りに電話の前で所長さんからの連絡を待った。少しして電話が鳴りだした。マリモが電話に出る。


「ヤヌシ。所長さんだぞ」


「ありがとうマリモ。こんちには所長さん。すみません仕事中に」


「今日は特にやることがないから大丈夫だよ!それで話って?」


 私は春さんに伝えた事を所長さんにも伝える。


「田んぼか~。ヤヌシ君。本当に田んぼをすくだけなの?他にやりたいことがあるんじゃないの?」


「今回はそれぐらいですよ。しいて言えば水路がどうなっているのか確認したいぐらいでしょうか」


「なら問題なさそうだね。どうやって田んぼをすくつもりなの?」


「『守り人』達に協力してもらうつもりです。今年のうちに田んぼを一度すいておいて来年になったらあと二回はすく予定です」


「『守り人』達の力なら大丈夫か。分かったよ。後はお寿司を買っていけば良いんだね?」


「いつもすみませんがお願いできませんか?」


「もちろん大丈夫だよ!僕達もいただけるなら文句なんてないさ!」


「そう言ってもらえると助かります。そうだ。今日は砂岩がいるんですよ。ちょっと代わりますね!」


 私は砂岩に電話を代わる。砂岩は所長さんと楽しそうに話し始めた。

 あまり長電話にならないようにね。所長さんは仕事中だから。


 近い内にUさんにお願いして田んぼをすく動画を先生達に見てもらおう。先生達なら問題なくできるはずだ。もう二度と田植えをすることはないと思っていたのに。

 もし上手くお米が出来たら両親の仏壇に供えるとしよう。



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