第220話
私がキッチンでホットプレートを洗っているとドタドタと足音が近づいてくる。その足音は一人分ではない。野菜の収穫が終わって帰ってきたのだろう。
「ヤヌシ君!大量よ~。外で軽く洗ったけど、ここでもう一度きれいに洗うわ!」
「オモチにお願いしましょう」
「任せて~!」
「オモチさん良いの?」
「良いわよ~!一か所に集めてちょうだい!」
「助かります。━━チーフ!流しの中に野菜を全部入れましょう!」
そもそも何の野菜を植えたのか覚えていないんだけど・・・。ニンジンと玉ねぎくらいしか覚えていない。
「はいはい。オモチちゃん、水洗いした後に水気を切ることはできる?」
「どういう意味?ちょっと良く分からないわ~」
「実際にやってみるわね。・・・。こんな感じ!できる?」
「簡単よ~。任せて!」
「ありがとう!はい。これで全部よ。お願いね!」
バシャバシャと音がする。オモチ式洗浄が始まったみたいだ。
「すごい・・・。オモチさんがいれば家事が捗りますね」
「そういうレベルの問題じゃないでしょ?でもこれは見ていて飽きないわね」
「そう?こんなの簡単よ~。それよりもあたしは野菜を切りたいわ!」
「そうなの?なら一緒にやっていきましょ!今日はあまり切る物がないけど」
前から分かっていたけど春さんとオモチは仲が良さそうだ。
「それで何が収穫できました?恥ずかしいですが何を植えたか覚えていないんですよ。花壇の方の花は覚えているんだけど」
「本当?なら今、花壇に植えられている花は?」
「朝顔ですよ。紫陽花の次に植えると決まっているので」
「それは━━ちゃんがそうしていたの?」
名前が分からないが話の流れだと私の母の名前だろう。
「そうですよ。そうだ!聞いてくださいよ!私もやりたいことが出来たんです!」
「本当!?良かったじゃない!で、どんなこと?」
「米作りをしようと思います」
「「え?」」
キッチンが静寂に包まれる。確かに目が悪い私が米作りをすると言ったら驚くだろうね。
「そうよ!あたしたちみんなでお米を作るのよ!」
「そうだ。ヤヌシの知識と俺達の力があれば絶対できる!」
オモチとメッシュが話に入ってくる。メッシュ。やる気になってくれたんだね。
「何の話ですか?」
「そういえばあの時、先生はいませんでしたね。あとで説明しますね」
「分かりました。でも楽しい話という事は理解できましたよ」
「ヤヌシちゃん。本気なの?」
「えぇ本気ですよ。初めは小さく作るつもりですがいずれは昔みたいにやってみたいものです」
「ヤヌシ君・・・。良いじゃない!私も手伝うわよ」
「ありがとう。でもこれに関しては私と『守り人』達でやってみたいんだ」
気持ちはありがたいけどUさんも仕事があるからね。これは私と『守り人』達でやってみたい。
「なら買い物も自分で行くって事ね?」
「え?」
「え?じゃないわ。それなら自分で必要なものを買いに行くのかと聞いているのよ?」
「それは・・・」
買い物はお願いしようと思っていた。私はここから・・・。
「ヤヌシちゃんがここから離れたくないのは知っているわ。でもね。ずっとここに引きこもっているのは良くないと思うの。旦那はあなたの意志を尊重しているみたいだけど私は違うわ。━━ちゃんに代わって言ってあげる。引きこもるのはやめて外に出なさい」
確かに母なら言いそうだ。春さんは私の事を思って言いづらいことを面と向かって言ってくれた。だが急展開すぎて考えがまとまらない。
「すみません。少し考えさせてください」
「そうね。別に今すぐに答えを出す必要はないわ。でもこれはあなただけの問題じゃないの。タワシちゃん達のためでもあるのよ」
「ん?ちょっと話が分からなくなってきました」
「この子達は街に行ってみたいと思っているわ。でもあなたの事を思って言い出さないだけ。みんな、あなたの事を思っているのよ」
本当?ちょっと違う気がするけど。
「そんなことは」
「タワシちゃん。少し黙っていてね」
やっぱり違うね。春さんが『守り人』を外に出る理由に使う気だ。それはずるいよ。
「あの~。お昼ご飯の準備をしませんか?」
Uさんが申し訳なさそうに話に参加してきた。
「そうね。そろそろ━━達も帰ってくるだろうし。この話はまた今度ね」
「・・・。分かりました」
「なぁ先生。どういうことだ?」
「少し黙っていなさいメッシュ」
空気を読む先生。ありがとうございます。
「ん?ミカン達が帰ってきたわよ~。あたしのテリトリーに入ってきたわ」
「本当?ならお昼ご飯の準備を急がないとね。ヤヌシちゃんはリビングでホットプレートを温めておいてね」
「分かりました」
私はホットプレートを持ってリビングへ移動した。ホットプレートを温めていく。
「ヤヌシ。大丈夫ですか?」
先生が私に話しかけてきた。
「大丈夫ですよ。あれは春さんの優しさです。みんなが言いづらいことを言ってくれたんですよ」
「言っておきますけど我々は・・・」
「分かっています。でもトウキとかは街へ行きたがっていると思います。先生も全く興味がないというわけじゃないでしょ?」
「それは・・・。そうですね。興味が全くないとは言えませんね。昔なら全くないと言い切っていましたが、あなたと関わったことで興味が出てきました」
みんな自分の眼で見てみたいと思っているはずだ。たぶんね。
「この話は一旦やめましょう。とりあえずお昼ご飯と作っていきましょうか」
今まで避けてきた現実を急に突きつけられて少し動揺してしまった。でもいい加減向き合わないといけないのかな。タワシがこの場所に来なければ私はずっとここに引きこもっていただろう。
私はホットプレートの前で今後の事を前向きに考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます