6.シルビアの悩み
冒険者の男と出会ってから数年が経過した。その間、シルビアとフィリップは男との約束を守り続けた。
15歳で成人を迎えたシルビアは、国外の王族と見合いをした。
見合いをした男達は、誰もシルビアの強さを認めなかった。
シルビアが強いと言われているのも、騎士たちが王女に気を遣っているのだと思われている。シルビアの実力を知っているのは、ごく一部の者達だけだ。
結婚したら戦いなどせず優雅に暮らして欲しいと微笑む見合い相手の男達を、シルビアはどうしても好きになれなかった。
何度か見合いをし、時にはシルビアから、時には向こうからお断りされる。そんな日々が数ヶ月続いた頃、ぜひシルビアと見合いをしたいと言い出した男が現れた。
少し離れた国の三男で、結婚後も国に残りたいシルビアの意向を尊重するという。つまりは婿入りだ。
強い姫に是非会いたいと言うので、城中で歓迎の準備をした。
だが、来た相手はとても王族とは思えない無礼な男だった。シルビアを侮辱し、強いなんて嘘だろうと笑った。さらに、面白がって自分の護衛と戦えとシルビアをけしかけた。
シルビアは見合い相手の目の前で護衛を数秒で倒し優雅に微笑み、茶を飲み続けた。
怯えた見合い相手の王子は、腹黒い笑みを浮かべたフィリップに丁重に追い返された。
フィリップは外交を担うようになり、忙しい日々を送っている。
フィリップの提案で多くの仕事が効率的に行えるようになり、優秀な人材を雇う仕組みも生まれた。
取得権益を守りたい貴族達からは煙たがられているが、精霊の加護もあり上手く危険を避けて仕事に邁進している。
そんなフィリップにも、ひとつだけ弱点があった。
「あの国はしばらく貿易を止める!」
妹のシルビアだ。
いつも穏やかに笑うフィリップだが、シルビアの事になると沸点が下がる。シルビアは優雅にお茶を飲みながら、兄に笑いかけた。
「そんな事なさらないで下さいな」
「シルビアを馬鹿にしたんだぞ! 許せるわけないだろう!」
「あの方は逃げ帰りました。優秀なお兄様のお手を煩わせるほどの存在ではございません」
「シルビアはもう少し怒れ!」
「お顔すら忘れてしまいました。だから良いのです。あの程度で怒っていてはお父様とお兄様の評判に関わります。お兄様がきちんと抗議して下さいました。それで充分ですわ」
「はぁー……どいつもこいつもシルビアのすばらしさを理解しない……」
「お父様が持ってくる縁談は全てお断りが可能なものばかりですから、問題は起きませんわ」
シルビアが断れない縁談は持ってくるな。それが父である国王の指示だった。シルビアの評判は他国にも伝わっており、お淑やかな女性を好む王族からの縁談は少ない。
今回の王子も、面白半分で見合いを申し込んだ。国に帰ればフィリップからの丁寧な抗議文に身体を震わせることになるだろう。
貿易を止めれば、王子は廃嫡される可能性が高い。フィリップは報復を望んでいるが、シルビアは興味すらないので報復しなくていいと兄を宥めた。
記憶力がいいはずのシルビアだが、見合い相手の顔や名前を覚えるのは苦手で、先ほどまで話していた男の顔すら忘れていた。
「父上はシルビアを大事に思っているから無理強いはしたくないそうだ。シルビアが嫌がる縁談は断れるようにと……」
「分かっております。お父様には感謝していますわ。もちろん、お兄様にも。最近お茶会に行くと、わたくしに憧れているとご令嬢から声をかけて頂くことが増えましたの。わたくしのように、成人を過ぎても身体を鍛える貴族女性はいないのです。お兄様が今でもわたくしを誘って一緒に訓練をして下さるから、誰もわたくしを止めず……ここまで強くなる事ができました。お父様は何も言わずにわたくしの行動を認めて下さった」
「シルビアは強い。みんなシルビアを認めている! シルビアの方が王に相応しいと言う貴族も多いだろう!」
「あの方達はわたくしを認めたんじゃない……王配として権力を持ちたいだけ……だから、わたくしは早く国外の方と結婚しないと……でも……。わたくしが、強いせいで……」
様子がおかしくなった妹の髪を、兄はそっと撫でた。
「シルビア、それ以上言ったら俺達の師匠を否定することになるぞ」
「お兄様……」
「シルビアの強さには何度も助けられた。自信を持て。くだらない妄言に惑わされるな。シルビアは世界一幸せになるんだ。もっと堂々としていろ」
「あの……考えたのですが……結婚しないというのは駄目でしょうか?」
「難しいが……それもありかもしれん……。よし! 次の夕食会で父上に相談してみよう」
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